ムカつくあいつ
【side:爆豪】
あいつの第一印象は、最悪だった。
学校からの帰り道、不意をつかれて敵に襲われた。ヘドロみてぇなそいつは、“個性”を取り込もうと俺ごと飲み込む。誰が取り込まれてやるかと必死に抵抗するも、かなり不味い状況にあった。
そんな時、あいつが現れた。スーパーの袋を持った俺と同じくらいの男が、俺が抵抗する為に発動している“個性”から逃げ惑う俺のクラスメイトを庇いやがった。
防戦一方だったが、この状況をどうするべきか試行錯誤しているように見えた。こいつの“個性”は何か分からねぇが、俺の爆破を受ける度にスピードが落ちていることに気がつく。俺に構うんじゃねぇと目で訴えるも、俺に危害を加えず助けようとしていたのか、ヘドロ野郎に不意をつかれ、やつも取り込まれてしまう。
ヘドロ野郎の中で、何となくだが相手の思考が伝わってきた。俺の“個性”と相性が悪いくせに、この状況をどうするべきかと考えている。
ーーーあいつが一瞬だが、周りに広がっていた炎を消した。
自身の生命を危ういこの状況で、機転を効かせた行動力をプロヒーローも称えている。クソデクのこともあってか、俺は最悪の一日を過ごした。
俺を助けようとしたあの目が気に入らねぇ。同じ歳くらいのくせに、何かを悟っているあの顔が気に入らねぇ。
どうにもならないこの感情をぶつける対象は既にいなかったが、もうあんなエアプ野郎に会うことも無いだろう。
「………カツキくん?」
「あ゛ぁ!?……てめぇ、あの時の…」
「雄英」一般入試実技試験当日に、またあいつが目の前に現れた。ここにいるということは、俺と同じ雄英を受けるという事だ。何故か髪色が変わっているが、そんなことはどうでもいい。
顔見知りなだけで、馴れ馴れしく下の名前を呼んできやがった。挙句の果て、へらへらと俺を挟んでデクと喋りやがる。
プレゼントマイクの説明を軽く聞き流しながら、エアプ野郎の試験会場を盗み見ると、何の偶然だか知らないが、俺と同じ試験会場の番号が記されている。
ーーー俺とライバルだぁ?上等だクソが。完膚無きまでに叩きのめしてやる。何人たりとも俺の前を歩くことは許さねぇ。
試験会場でも、あいつは人命を優先していた。お人好しはデクと同じか、それ以上か。自分と同じ受験生を助ける意図が、全く理解できなかった。
試験終了間近、バカでかい仮想敵を目の前にして逃げ惑う受験生。ポイントにならないなら、こんなモノ無視すればいいだけの話だ。俺は足元を爆破して、奥に見えたポイントのある仮想敵を倒しに向かう。
その最中、逃げ遅れた受験生を助ける為に、俺がバランスを崩させたあのバカでかい仮想敵を、あいつが“個性”で受け止めたのが見えた。
あの時、俺を助けようとした時と同じ周りへの被害を考えた行動だ。
ーーああ、やっぱり俺はあいつが気に食わねぇ。
勿論、俺は入試を一位で合格した。敵ポイントとは別に、救助活動ポイントとやらが記載されていた。不意に俺はエアプ野郎のことを思い出す。入試で人命救助をしていたあの行動は、無駄ではなかったのだと安心する。
「……は?何で安心してんだ俺は。アイツなんかどうでもいいンだよクソがッ!!!」
合否通知をベッドに投げつけ、俺はイライラしたまま合格した旨をババアに報告しに行った。
「…ヒーロー科、A組……ここか」
「はよ入れや、エアプ野郎」
「うぉっ、…勝己!」
「名前で呼ぶなっつってんだろクソが!!」
入学式当日。やはりあいつも合格していて、しかも同じクラスだった。宜しくなと差し出された手を払い除け、エアプ野郎を押しのけて教室へ入る。
俺の後から教室に入ったあいつは、後ろの席の髪が二色に分かれた半分野郎と話していた。不意に聞こえた“お揃いだな”と言う言葉。髪色分かれてんのがお揃いなだけで、何故へらへらと笑いかけているのか理解できなかった。
あいつの名前は風間空悟と言うらしい。名は体を表すというが、本当にエアプ野郎じゃねぇかと鼻で笑う。
個性把握テストでも、風間は俺の勘に触りやがる。俺に怯まず、当然のように話しかけてくるあいつが本当にムカつくが、何故かクソデクにしていたように直接的に爆破して、ぶちのめすことが出来なかった。
デクがボールを投げようとした時、隣にいた風間が「消太さん」と呟いた。確かあの担任の下の名前だ。こいつは担任をも下の名前で呼ぶのか。
風間と担任は、顔見知りなのか親しげなやり取りだった。…本当に意味がわからねぇ。
戦闘訓練は、最悪だった。あのデクに負け、半分野郎には敵わねぇかもしれないと思ってしまった。ポニーテールの言うことに納得してしまった。
半分野郎と戦うあいつを見て、あいつの方が先を行っていると思ってしまった。普段はヘラヘラとしているくせに、戦闘になった時のあいつの表情が目に焼き付いて離れない。
あいつが時折見せる、遠くを見る表情。
俺たちに壁を作っている、そんな雰囲気。
ーーーああ、あいつが視界に入っている訳じゃねぇのか。俺が、あいつを自然と追ってしまっているのか。
気に食わねぇから、追うのか。
気になるから、追うのか。
俺は、この感情の名を知らない。
「まあ、俺は勝己の個性も好きだし、今のままでも親しみやすいけどさ」
「!…ちっ…そういうとこがムカつくんだよ」
「え……わ、悪い」
“個性”をかっこいいだの、派手だのと羨ましがられることはあるが、好きだと言われたのは初めてだった。親しみやすいと言われ、悪い気はしない。
それに、初めて会った時から下の名前で呼んでくるが、こいつは俺に気があるのだろうか。半分野郎と親しげにしているが、名前で呼び合っている様子はない。俺だけが、名前で呼ばれている。それも、悪い気はしなかった。
ただ、ムカつくことには変わりはねぇから突き放しておく。何より、俺に気があるくせに、半分野郎と仲良くするつもりなら、それ相応の対応ってもんがある。男から好かれることに寒気さえするが、風間は例外だ。譲歩してやる俺の寛大さを思い知ればいい。
それよりも、半分野郎もあいつの事が気になるらしい。戦闘訓練の後から、あいつに対する態度が変わった。クラスの奴らが言うには、あいつの事を綺麗だと言ったらしい。
「…は?“も”ってなんだクソが…!!」
ああ、ムカつく。救助訓練で発散できるかどうか分からないが、この感情をぶつけられる何かが欲しかった。
そんなことを考えていると、白昼堂々この雄英高校に敵の集団が乗り込んできた。モヤ野郎のせいで倒壊ゾーンに飛ばされたが、当然、襲ってきた雑魚共で心置き無く発散させてもらうことにする。
クソ髪と俺に宛てがわれた敵は三下ばかりで、特に苦戦することもなかった。俺で楽勝なら、風間は大丈夫に決まっている。なんたってエアプ野郎だからな。
「轟少年、風間少年を頼む…!」
「…風間…ッ…!」
「……は……ぁ…っ…、は……っ」
ーーーてめぇは、エアプ野郎じゃなかったのかよ
「…しっかりしろッ!…血が、止まらねぇ…ッ」
「……とど…ろ…き……」
あいつの首には締め付けられたような痕が、あいつの白い肌に浮き出ている。口元は赤く、半分野郎が腹部を抑えているが、血が止まらなかった。
酸素を取り込もうとする呼吸が、絶え間なく続いており、ヘドロの時以上に苦しそうに顔を歪めている。
「……ンで、てめぇが………」
ーーーそんなにボロボロになってやがる。完全に癪だが、俺より強いだろうが。俺よりも先を見てたんじゃねぇのか。なんで、お前が、今にも死にそうになっとんだ。
「ッ…わかった、我慢しろ…」
「……ゔッ…ぁ゙、ぁあ゙ッ…!!」
半分野郎が止血するために、腹部の傷口を炎で焼いて塞ぐ。風間は皮膚が焼ける痛みに顔を歪め、半分野郎の胸に顔を埋めて腕を掴んだ。
ーーーその光景に、チクリと胸が痛む。
オールマイトが半分野郎に預けた意図が分からねぇ。俺よりも、あいつが適任だと思ったのか。確かに傷口は塞げないかもしれないが、俺ならあいつを守ってやれる。
ーーー俺がこの場にいたら、あいつにあんな怪我なんて負わせてねぇのに。
半分野郎のに縋り付くあいつが、脳裏に焼き付いた。気を失ったあいつの顔は、青白い。
ーーーああ、やっぱりてめぇはムカつく野郎だ。
起きたら一発爆破してやる。殴るだけじゃ足りねぇ。何やられとんだと喝を入れてやる。
「ッ…死んだら殺すぞ、風間」
また、へらへら笑って、俺の名前を呼びやがれ。ムカつく野郎だが、それくらい許してやるよ。
ーーーだから、死ぬな。
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