ただ強くなりたいと


【side:守形】

僕の家族は、至って普通だったと思う。

お父さんは金融関係のサラリーマンで、お母さんは専業主婦。休日には公園に連れて行ってもらえたし、大好きなヒーローのおもちゃも買ってもらえた。

お母さんは少しだけ身体が弱かったけれど、それでも幸せな日常を過ごしていた。



ーーーそんな日常は、突然崩れ去る。


お父さんが借金を抱えた。その時、僕はまだ幼くて、事の重大さが分かっていなかったけれど、お父さんが抱えた借金は膨大だったらしい。

それは、理不尽な借金だった。会社の金を横領したと罪を被せられ、会社をクビになった挙句、それを立て替えるための借金を抱えた。


「俺は横領なんてやってない…何もしていない…それをアイツら、俺の“個性”を疑いやがった…!!」

「…ごめんね、守形…」


お父さんはその日から人が変わったように荒れ始め、お母さんは日に日に窶れていった。


お母さんが病に倒れてこの世を去ってから、お父さんは僕の“個性”を使って、社会に復讐するようになってしまった。

ーーー僕の夢は、そこで閉ざされてしまった。僕の手は、汚れている。僕はもうヒーローにはなれない。


僕がいるから、お父さんは道を外れてしまったんだと思う。だから、僕の手でお父さんの辛い日々も、僕の人生も終わらせよう。


あの日、監視の厳しいお父さんが珍しく鍵を閉め忘れた。僕は外に逃げ出して、ボロボロのマンションの屋上に向かった。




ーーーあの時死ぬはずだった僕は、今生きている。



「最高のヒーローになろう、守形くん」


空悟にぃは僕を救ってくれたヒーローで、僕の大切な家族。僕の閉ざされてしまった夢を取り戻してくれた人だ。

彼は僕と同じように自殺をしようとしていたけど、何故かこの世界と彼の世界が偶然繋がってしまい、死のうとした僕を咄嗟に空悟にぃが助け、消太さんに命を救われた。


僕と空悟にぃは、恐らく僕の“個性”のせいで身体が融合してしまっている。だから、お互いの思考も伝わるし、感情も共有されている。

でも、痛覚だけは違ったようで、空悟にぃの痛みは僕には伝わってこない。



ーーー視界が、霞んでいく。


「…しっかりしろッ!…血が、止まらねぇ…ッ」

「……とど…ろ…き……」

「《やだ…っ…空悟にぃ…死んじゃ、やだ…っ…》」


あの大きな怪物“脳無”には僕の“個性”が通用せず、身体の自由が効かないまま、空悟にぃと消太さんを傷つけた。僕の手で、大切な二人を殺してしまいそうになった。

空悟にぃを覗き込む轟くんが、悲痛な表情を浮かべている。僕にはこの状況はどうすることも出来ず、何も出来ないまま真っ暗になりつつある空間で、消えそうな彼の命の灯火を抱きしめていた。


「《僕を…独りに、しないで…っ…》」


轟くんの炎が腹部を焼き、出血を防ぐ。轟くんは左の“個性”を使わないと言っていた。でも、轟くんは空悟にぃのことが好きで、好きな人を助けたくて“個性”を使ってくれた。


ーーー僕も、大切な人のために“個性”を使いたい。


薄れ行く意識の中、僕はただ強くなりたいと願っていた。僕を救ってくれたこの人を、死なせないために、この人を守れるように、強くなりたい。






気がつくと、そこには真っ白な天井が広がっていた。吸い込んだ空気に交じった独特な匂いで、自分が病院に居るのだと直ぐにわかった。


「……《生き、てる》」

「!…空悟、気がついたか!」

「《…マイク、さん?》」


声のした方に目線を動かすと、心配そうにこちらを覗き込んでいるマイクさんがいた。どうやら彼より先に、僕が目覚めてしまったらしい。


「…その瞳に、その呼び方…守形ちゃんか?」

「《……うん…空悟にぃは、まだ眠ってるよ…》」

「…そか…いやぁマジびびったぜ…イレイザーも君らもボロボロで、…助けに行くのが遅くなってごめんな」


眉を下げ申し訳なさそうにするマイクさんに、僕は視線を落として首を振る。謝るのは、僕の方だ。


「《…僕が、…僕のせいで、二人が…》」

「守形ちゃんのせいじゃねぇって!脳無っていう怪物があのまま暴れてたら、もっと被害が大きかったしよ!……イレイザーに聞いたぜ?制御しようとしたんだよな。…よく頑張った!!」

「《…っ…マイク、さ…ん…っ》」


ぽろぽろと涙が溢れ、真っ白なシーツに染み込んでいく。よく頑張ったと頭を撫でてくれるマイクさんの手は、とても暖かかった。


ーーー空悟にぃの身体なのに伝わってくる
心地の良い感覚。


この身体で何が出来るんだろう。
大切な人を守れるようになれるのかな。


僕は溢れる涙を止めることができず、少しの間マイクさんの腕の中で、声を上げて泣くのだった。













mokuzi