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視界に広がる一面の白。この光景には、見覚えがあった。ぼんやりとする意識を働かせ、ゆっくりと視線を動かす。


「……ぅわ、ミイラだ…」

「…ほぉ…元気そうでなにより」

「冗談ですって……消太さん、無事でよかった」


まず視界に入ったのは、全身包帯でぐるぐる巻きにされた消太さんだった。その後ろにひざしさんが立っており、彼の隣には見覚えのある刑事が控えていた。


「それは俺のセリフだ。…逃げろと言ったら逃げろ」

「少しでもあんたの力になりたかったんですよ。…通用しなかったけど」

「……お前達のおかげで、被害は最小限で済んだ。…ありがとう」

「……ん…っ…消太さんも、ありがと…っ、あ、そうだ」


鼻の奥がツンとした気がして、内心慌てて話題を変える。みっともないとはもう思わないけれど、やはりどこか恥ずかしさが勝ってしまうのだ。


「…守形と、話しました?」

「俺が話したぜ!もー泣いちゃって泣いちゃって大変!」

「《…ぅ…言わないでって言ったのに…》」

「…ありがとう、ひざしさん」

「なーに、気にすんな!…お前もよく頑張ったな、空悟」

「……ひざしさんがまともな大人に見える…」

「エッ!!?どういう意味!!?」


通りで目元がヒリヒリするのだと納得すれば、心の中で守形が顔を赤くして小さくなる。どうやら俺が寝ている間に彼はひざしさんと話が出来たようで、自身の心が少し落ち着いているのはその為だったようだ。


「風間くん、少しいいかい?」

「あ、はい。塚内さんお久しぶりです」

「久しぶりだね。意識が戻ったばかりなのにすまない。少し思い出させるかもしれないが、」

「…敵についてですよね。俺がわかることなら協力します」

「……話が早くて助かるよ」


後ろに控えていた塚内刑事は前に出てくると、少し眉を下げてこちらを伺ってくる。俺の立場はこの世界にとって不確定要素であり、今回のように敵と関わった場合、真っ先に疑いをかけられるのは目に見えていた。

変に隠す方が俺にとっても都合が悪いため、直ぐに事情聴取を引き受けた。あの日のことを話すことが、俺に課せられた義務なのだ。

消太さんとひざしさんが付き添う形で、事情聴取が始まった。


「ーーー……その主犯格の死柄木弔っていう奴とも、他の敵とも面識はありません」

「そうか、なら今回君が怪我をしたのも偶然居合わせたから…」

「…その事なんですが…死柄木弔は俺のことを“迎えに来た”と言っていました」

「…迎えに来た?」

「…はい」


俺の言葉にその場の空気がガラリと変わった。塚内刑事は筆を走らせていた手を止め、ひざしさんは眉を顰める。

ーーー消太さんは、こちらをじっと見つめていた。


「ただ、“俺たち”のことは知らないようでしたけど…」

「君たちのことは警察内部でも極秘に扱われていて、君たちの事情についてはここに居る3人と根津校長しか知らない」

「…それじゃあつまり、空悟は死柄木弔に狙われてるかもしれねェってことか?」

「現段階で断定はできませんが、彼について何か知っていて、勧誘していたということも有り得ます。…ありがとう風間くん、その点も視野に入れて捜査を進めるよ」

「…はい、宜しくお願いします」


塚内刑事はぺこりと頭を下げ病室を出ていくが、その間も消太さんはこちらを見つめている。何かを察したひざしさんが「俺ちょっと飲み物買ってくる」と病室を出ていった。


「……消太さん、…目は大丈夫なんですか」

「…個性の使用時間とインターバルの制限が変わったが、特に支障はねぇよ。お前のせいでもない」

「……そっか…」

「他の生徒も無事だ。お前も体力が回復次第、リカバリーガールの個性で治してもらえ」

「…はい」


ぽつぽと短い会話が続いては途切れ、続いては途切れを繰り返していると、また沈黙が訪れた。俺が口を閉ざしてもやはり彼には隠し事は出来ないらしく、俺が切り出すまで待つつもりらしい。


ーーー俺は、死柄木との会話を彼に告げた。


「…俺が“別の世界”から来た“自殺志願者”だということを知っていました」

「!…どうして事情聴取で言わなかった」

「……このまま俺が雄英高校にいるのは、生徒を危険に晒す羽目になるかもしれないし、雄英にとってデメリットでしかないということも分かってます」


本来なら俺が雄英高校にこのまま居続けるのは、生徒の身の安全を考えると危険すぎる。俺だって、彼らを危険に晒したくはなかった。

それでも、少しの間しか過ごしていないはずのあの場所は、俺にとって安心出来る場所になりつつあったのだ。A組の彼らとこの先も互いを高め合い、プロヒーローを目指していきたいと思ってしまった。


ーーーこれは、ただの俺のエゴだ。


「………それでも、俺はあの場所を手離したくない。俺と守形は、あの場所から最高のヒーローになるって決めたんです」


自分勝手なのは分かっていた。彼に迷惑を掛ける訳にはいかないし、そもそも俺自身も敵に易々と連れ去られるつもりもない。


真っ先に疑われるのは自分だということも分かっている。もし、彼らに自分の素性が明らかになれば、一緒に居られないことも目に見えている。


それでも目の前の彼に、俺がこの世界で生きていく姿を見ていて欲しかった。彼のような最高のヒーローを目指すその姿を、近くで見ていて欲しかった。







そこに病室を抜け出していたらしい消太さんを探していた看護師が現れ、注意されてしまった彼は病室を出ていこうとする。

明らかに不機嫌な彼の背を苦笑しながら見ていると、消太さんはこちらを振り返り声を発する。



「空悟、…お前、本当に面識ねぇんだな?」

「!………ないよ、…消太さん、本当にないんですよ、…っ、なぁ、消太さんっ、」

「…………とりあえず、この件は保留だ。今後、学校が終わったら帰宅せず、必ず俺の仕事が終わるまで待て。外出も制限させてもらう。」

「……っ…」


消太さんの鋭い目が、こちらを見ている。

ーーーその目を俺は知っている。

そこに居たのは、出会った頃の彼だった。ヒュッと喉が鳴る。視界が霞むのを堪え、自分自身に、分かっていたことじゃないかと言い聞かせる。




ーーー俺のこと疑ってるんですか、なんて

聞けるはずがなかった。


たった一年過ごしただけの人間を信じていて欲しいだなんて、我儘にも程があったのだ。


俺は、静かに閉じられたドアをただ見つめることしか出来なかった。








mokuzi