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ーーー体育祭当日


控え室では、轟が緑谷に宣戦布告をしたため、少し張り詰めた空気が流れている。

轟の父親であり、No.2ヒーローであるエンデヴァーも観に来ているらしく、轟はやはり左は使わずに一位になるつもりのようだった。

これは嫌な言い方かもしれないが、左側を使わない彼に負けるわけにはいかない。その一方で俺はこの体育祭で、轟自身が父親という壁を乗り越えて、正々堂々と戦えるようになって欲しいという願いもあるのだが…


「空悟、勿論お前にも負けねぇぞ。前の二の舞にはならねぇ」

「俺も一位になるつもりだから、焦凍こそ覚悟しろよ?」


表情の硬い彼に少しだけ不安が残るも、俺は俺で消太さんに認めてもらうために何が何でも勝たなくてはいけない。

轟と対峙していると、斜め向かいに座っていた爆豪が怪訝な表情を浮かべながら、こちらを見ていることに気がついた。


「勝己?どうし…」

「…チッ、ざけんなボケ」

「え…何だよ」


更に不機嫌になった爆豪は顔を逸らしてしまう。こればかりはよく意味がわからず、俺も顔を顰める。ここ数日、俺と轟が話している時に限って爆豪の機嫌が悪い。


ーーー若い子の考えることは難しいなぁ…


『おじいちゃんみたい…』

「…確かに孫を見ている感覚はある…」

『もうっ…ほら飯田くん呼んでるよ!』

「…気にしても仕方ないか…よし、」


まずは開会式。そのあと第一種目。
気合を入れていこう。



しかし、開会宣言はそれはもうブーイングの嵐に見舞われた。「俺が一位になる」と宣言した爆豪のおかげで、A組は必要以上に良くも悪くも注目されてしまったのだ。

A組からもブーイングが起こる中、隣の上鳴は怒りの矛先を俺へと向けてくる。


「なんで風間じゃないんだよ!」

「俺二位だったからなぁ…まあ、勝己らしいっちゃ勝己らしいし、仕方ないって」

「お前甘やかしすぎ!!ちゃんと面倒見て!?」

「面倒って…俺はあいつの母親じゃねぇよ?」

「お前の言うことは何だかんだ聞くからだっての!!」

「うるせぇぞアホ面ァ!!」

「理不尽…ッ!!」


戻ってきた爆豪の表情を見れば、彼は真剣な面持ちでいた。彼は彼なりに、自身を追い込んでいるのだろう。俺はそう感じながら喚く上鳴をあやし、俺は主審を務めるミッドナイトの方を見た。


「さて運命の第一種目!!今年は……コレ!!!」


ババンッと画面に映し出されたのは、“障害物競走”の文字。計11クラスでの総当りレースとなり、スタジアムの外周約4kmがコースとなっている。コースさえ守れば、何をしても構わないのが雄英高校ならではのルールだ。


音を立てて目の前にはスタート位置である門が設置されていく。俺は靴紐を確認してから、大きく息を吸い込んだ。

全クラスの公平を期す為に、コスチュームの着用は許可されていない。如何にして最後まで酸欠にならず“個性”を使うかが重要となってくる。


「守形、行くぞ」

『うん…!!』


守形は“意識的な存在”として俺の中にいる為か、空間的に周りを把握することに長けている。俺が見えていない部分まで、彼には見えているらしい。


『…それにしても通路狭いね?』

「!…成程な」


ーーーこれは、スタート地点が勝敗を分ける最初のふるい。


「スターーーーート!!!」

「ッ…!!!」


俺はスタートと同時に上に飛び上がった。案の定通路は細く、一斉にスタートを始めた人達で前が詰まり、先に進めない状態となっていた。俺は高さのある通路だったため、そのまま生徒達の頭上を駆け抜けていく。


先頭は、やはり轟だった。彼は後方の地面を凍らせ、先頭を足止めしていく。前が詰まれば当然後ろが詰まり、彼の独壇場と化していた。


「焦凍、流石…」

「さーて実況してくぜ!解説アーユーレディ!?ミイラマン!!」

「無理矢理呼んだんだろが」

『あ、消太さんとマイクさんが解説みたい』

「(……消太さん)」


会場内に響き渡るひざしさんの声と消太さんの声が聞こえ、俺は前を行く轟やクラスの皆を追いかけながら、今朝消太さんと交わした言葉を思い出していた。


「…消太さん、」

「…早く行かねぇと遅刻するぞ」

「……体育祭、俺の事…ちゃんと見ててください」


消太さんは少し驚いた顔をしたが、直ぐに頷き返してくれた。今日、俺は消太さんに信じてもらうためにこの体育祭で一位を獲る。

動機は不順かもしれないが、今の俺には関係ない。消太さんには教師としてではなく、保護者として俺を見てもらわなければならないのだ。


前に出ようと踏み出そうとすれば、目の前を走っていた峰田が何かに吹っ飛ばされて行った。緑谷が驚き、声を上げる。


「峰田くん!!」

《ターゲット…大量!》

「あれは、入試の時の…」


「さぁいきなり障害物だ!!まずは手始め…第一関門ロボ・インフェルノ!!」


俺たちの目の前に現れたのは、雄英高校入学試験用の仮想敵だった。しかも小さいものだけではなく、何体もの馬鹿でかい0P敵が行く手を塞いでいる。

ヒーロー科を受けていない生徒は、流石の迫力に後退っている。受けた身としても、また出くわすとは思ってもみなかったが…


先頭の轟がすかさず右手を地面につけ、上へと薙ぎ払うように手をかざすと、瞬く間に仮想敵を凍らせた。動きを止めたその隙に、彼は足元を潜り抜けていく。

他の生徒達も彼が凍らせたのをいいことに、間を通ろうと後に続いて行った。俺には、あの轟がこの場面で他の生徒の手助けをするとは到底思えないため、俺は下は通らずまた上へと空を翔ける。


「あいつが止めたぞ!!あの隙間だ!通れる!」

「やめとけ。不安定な体勢ん時に凍らしたから…倒れるぞ」

「1-A 轟!!攻略と妨害を一度に!!こいつぁシヴィー!!!」

「やっぱり…焦凍ほんとエグいな」


バランスを崩し倒れ行く仮想敵に先頭にいたほとんどの生徒が行く手を阻まれ、中には下敷きになっている者もいた。彼のこの体育祭に掛ける想いは、相当なものらしい。


俺は、飛び上がった先の仮想敵へとしがみつく。あのコスチュームは、あくまで補助的な役割だった。アーマーがあればより膨大な威力を作ることが出来るが、それがなくとも圧縮した空気を腕に溜めることはできる。

息を止めぐっと拳を握り締め、仮想敵の関節部分へと両手を突っ込む。見よう見まねだが、これは爆豪の両手を前に持ってくる動作から得たものだ。


入試の後、消太さんに頼み込み何度も見返した0P敵の動画。もうあの時みたいに、潰され掛けたりなんかしない。酸欠になんかならない。


段々と腕に熱がこもってくる。時間はかけていられないため、それほどまで威力は出ないが、熱くなってくれば充分だろう。そのまま腕に溜まった圧縮空気を一気に放出する。


ーーー俺だって、成長したんだよ。消太さん。


「“― Heat Pumper ―”!!」


圧縮された熱は一気に体外へ放出されることで、温度変化により冷やされる。関節部分から瞬く間に仮想敵は凍っていった。

轟程までは行かないが、動きの止めるには上出来だ。

「1-A 風間!!空中飛んでるだけと思ったら大間違いだぁ!!まさかの轟同様のブリザーーード!!!」

「!……あいつ…」


「…焦凍待てッ!!」

「…流石だな空悟。だが待たねぇ」


ーーーさぁ、その壁を越えろ。更に向こうへ











mokuzi