王様の言うとおり

チャイムと共に用もなく後ろを向いて私の机の物を弄りだす鳴に目もくれず、私はぼーっと外を眺めていた。
鳴が何やら文句を言っていたような気がしたけれど、暇という単語しか聞き取れなかった。あ。暇といえば。

「鳴、野球部の人たちが話してたの聞いたんだけど、明後日午後から休みなの?」
「!」

ようやく鳴の相手をしたからかそれ以外の理由からか、そう尋ねた瞬間明らさまににまにまと気色の悪い表情をする。ファンに聞かれたら殺される…いや、その前に鳴の対応が大変になるような感想を抱きながら、鳴の返事を待った。

「そうだよ〜〜?何何?それがどうかしたの?」
「いや、特にどうもしないけど……」
「そんなことないでしょ?!その無い胸に手を当ててよぉーーーーく考えてみなよ」
「喧嘩売ってんのか」

そうは言われても、本当にどうもしないのだけれど。鳴がこんな風に言ってくるということは、もしかしたら何かあったのかもしれない。全く思い出せないけど。

「……あ、そうだ」
「んー??」

随分と幸せそうに私の言葉を待っている鳴に少しばかり呆れながら、そういえばと私は唯一思い出したその日の情報を口にした。

「この前人気過ぎて在庫切れになったアイス復刻するじゃん、その日」
「え?うん」
「帰りに買ってきて」

そう言った途端、鳴は今までの機嫌の良さが嘘のように真顔になった。あれ、なんかまずいこと言ったかな。

「……なにそれ、マジで言ってんの?」
「あ、いや別にそれは冗談だからいいよ…自分で行くし」
「それが冗談なら何が本当なわけ?!ほんっとになまえあり得ない!!」
「え、なんでキレてんの」

キレてないと大声で叫ぶ鳴は主観的に見ても客観的に見たってキレている。周りは割といつものことだからか、また成宮がなんか喚いている程度にしか思っていないのが唯一の救いか。

「……なまえって女子じゃないんじゃない!!」

チャイムと同時にそう吐き捨てて自分の机へと向きなおる鳴に、心の中でホッとため息を吐く。
一体なんだと言うんだ、あのワガママ王子は。そんなに好き放題したければ、プリンス様のファンのところにでも行けばいいのに。

そもそも私は友達もそんなに多くないしどちらかというとクラスで浮いている方で、みんなの人気者の鳴ちゃんとは月とスッポンなのだ。何の因果か、喋ったこともないうえ存在を認識すらしたことがなかった関係であるにもかかわらず小中高と同じ学校に進み、この学校に入ってからはクラスが同じになるだけじゃなく席までほぼ毎回前後左右になって。気付いたら野球に対して知識もないのに仲良くなって名前で呼び合うようになって。今では多少なら野球の話もできるようになってしまった。ホームランって何点なの?なんて言って鳴に長々と野球のルールを長々と説明されたあの日が懐かしい。

過去を懐かしんでいると、成宮、と先生が鳴の名前を呼ぶのが聞こえた。前を向けば、先生がプリントの答え合わせをしている。……全く聞いていなかった。黒板に書かれた問題の側に私たちの座っている窓際の列に座る生徒たちの名前が書かれているのを見て、鳴の順番が来たことを悟る。

「鳴、起きなよ、当たってるよ…」
「………」
「成宮!」
「……いてっ!!」

シャーペンの先で突いても起きようとしない鳴は、とうとう先生の成宮という声とともに教科書で頭を叩かれてしまった。…私も成宮から変える気はなかったのに、鳴が名前で呼ばなきゃ返事しないなんて駄々こねだしたんだっけ、なんて先生にぶつくさ言っている鳴の後ろ姿を見ながら思う。あれ、なんで駄々こねてたんだっけ。何か理由があったような気がするけど、憶えてない。

答え合わせの順番が回ってきたのに答えてから、私はまたチャイムが鳴るまで過去を懐かしんでいた。



「ほんと可愛くない」
「なら可愛くて胸が大きくて察しのいい女の子のところに行けば……」
「…ほんっと可愛くない!!」

チャイムが鳴るなりまた私の方を向いた鳴は、どうやらまだ機嫌が悪いようだ。それでも私の方を向くということは、おそらく理由に気付いて謝罪しろと言うことなのだろう。

「可愛くないとかじゃなくて、冷静に考えてそう言ってるんだけど。どう考えても私より鳴のこと理解してくれる人いっぱいいるよ?」
「…なまえが友達いないから一緒にいてあげてるんでしょ!」
「余計なお世話だから、好きなとこ行きなよ」
「…あ〜〜〜、もう…!」

机にうつ伏せになってもごもごとまた何か言っている鳴に困り果てながら、手持ち無沙汰で鳴の頭を撫でた。窓際の席だからか、太陽の光がより一層鳴の髪を綺麗に輝かせた。でも鳴は熱いのか、耳を真っ赤にしてる。カーテン閉めた方がいいかな。

「彼女と一緒に過ごしたいんでしょ……分かってよ………」
「彼女?誰の?」
「俺の」
「誰が?」
「なまえがに決まってんじゃん」
「………………………あっ」

鳴がガバッと顔を上げて不審な目で私を見る。まさか忘れてたとか言わないよね、と言う鳴の顔を見ることができない。そうだ、そうだった。席替えで唯一鳴の席の前後左右から離れた時、当時友達の少ない私にとって鳴と話すのはあまりにも面白くて、成宮と席離れんのちょっと寂しいね、みたいなことをうっかりこぼしたのだ。そうしたら鳴が「なにそれ、俺のこと好きなの?」って神妙な面持ちで聞くからまあ嫌いではないよって言ったらじゃあ付き合う?って言われて、なんか流されるままに付き合うことにされた気がする。

「あれからあまりに何も変化がないから冗談だと思ってた…」
「俺だってそうだよ!だからさっき休み聞かれた時デートかと思って舞い上がったのに…!」
「え」
「あっ」

鳴がさっき太陽にあてられた耳と同じくらい顔を真っ赤にさせたかと思うと、また顔を突っ伏した。こらー成宮起きろーなんて先生の真似をしながら頭を撫でると、鳴は左手でその手を掴んだ。鳴の左手は、好きだ。

「……そういうことするの、ずるい」
「あ、もしかして照れてた?」
「うるさい」

ゆっくりと顔を上げた鳴はまだ少し顔を赤くさせていたけど、事実がわかると無性に可愛くてたまらなくなった。我慢せずにくすくす笑っていると、鳴はまた可愛くないと言おうとして、悪戯を思いついたような顔をして、私の手を両手で優しく握った。

「正直に言ってあげたんだから、日曜の午後の予定は決まったよね?」
「え、本当にするの?」
「当たり前でしょ!!わかったら当日の服装でも考えといて!ダサかったりしたら許さないんだから!」
「………はいはい、鳴さまの仰せのままに」
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