前を向いて

ラストイニング、栄純くんの投げている姿を見て終わると思っていた私は、栄純くんがいないマウンドを、どこか遠い目で見ていた。








投手交代のアナウンスが流れた時、私は何が何だかわからなかった。栄純くんの頑張りが報われなかったみたいで、誰も栄純くんのことを見ていないみたいで、苦しくて苦しくて吐いてしまいそうだった。
私がこんな感情を持つのは間違ってるのは分かっている。こんな風に思っていいのは栄純くんだって、あの状況で誰より一番悔しくてたまらないのは栄純くんだって、頭では分かっているのに、私は目からこぼれ落ちるものを抑えきれないでいた。

「なまえ!ここにいたのか」
「! 栄純、く‥」
「!?な、泣いてるのか?!」

慌てて駆け寄ってきた栄純くんに、私は必死に取り繕うと目を擦ってみたけれど、栄純くんの声を聴いたことでむしろ余計に涙は溢れてきて、それ以上に栄純くんへの気持ちが溢れて、言わずにはいられなかった。

「‥‥最後、栄純くんが下げられちゃったの、悔しくて‥」
「! なまえ‥」
「野球のことあんまり分かってないだけかもしれないけど、それでも‥っ!私、栄純くんが、栄純くんに、最後まで‥‥!」

頑張って、ひたすら努力して、結果を出して。それでも認められない現実があるなんて、気付きたくなかった。それを、自分の大切な人が味わうことになるなんて、考えたくなかった。

「‥ごめん、こんなこと栄純くんに言って‥私、わたし‥‥」
「‥‥泣かせてごめんな」

栄純くんは私の涙を少しだけ乱暴に拭って、強く力を込めて肩を掴んだ。

「でも次はなまえが泣かないように最後まで投げっから!」
「!」
「だから、笑え!!」

腕を空に向かって突き上げながら、栄純くんは私に強く笑いかけた。泣きたいのは栄純くんの方かもしれないのに、栄純くんは私に気を遣うようなことを言ってのける。その思いが嬉しくてくすぐったくて、それから少しだけ申し訳なくて。

「栄純くんは、つよいね」
「俺だけじゃねーぞ!みんなが頑張ったから勝ったんだ!」
「そうだね‥そうだったね」

私は、栄純くんの隣にいてもいいのかな。栄純くんの横に並んで立つのに相応しい人間に、なれるのかな。栄純くんは私が泣き止んだのを見届けてから、「送ってく」と手を差し出した。
栄純くんみたいに、前を向いて歩ける人間になりたい。そんな思いを胸に抱きながら、私は栄純くんの手を取った。
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