雨降って地固まる

「…家出してきた。お兄ちゃん一緒に住も」


妹のなまえがかつてのジェノスのようにどでかいリュックを背負って、
そんな言葉を発しながら、この狭苦しい家にやってきた。

「…はあ?!おまえ家はどうした!」
「しらない。あんな家二度と帰らない」

なまえは頬を膨らませて口を尖らせていて、いかにもご立腹といった様子だ。
はあ、とひとつ溜息をこぼすと、訪問当初は焼却の準備をしていたジェノスが正座をしたままちらりと此方を向いた。

「先生がお望みなら送り届けてきますが」
「はあ?!なにそれ、サイボーグは血も涙もないないんだ?だからいつまで経ってもお兄ちゃんみたいに強くなれないのよ!」
「なんだと?」
「おいおいジェノスもなまえも喧嘩すんなよ…」

なまえがいくら機嫌を悪くしようがさすがに部屋の破壊まではされないだろうが、ジェノスがともかく危険だ。
部屋は壊すなよと言い聞かせると、「先生の妹に手などあげません」とか言いやがる。めんどくさい奴らだな。

「しかしいくら先生の妹であろうが先生の邪魔は許されん。大人しく帰れ」
「そっちこそ私のお兄ちゃんの家に勝手に押しかけて迷惑なのが分からないんですかこの鬼畜サイボーグ!」
「あ、おふくろ?おーなまえなら俺ん家来たから。うん、ほとぼり冷めたら帰らせる」
「あっちょっとお兄ちゃん何勝手に私の携帯使ってんのよ!」



……かくして、更に同居人を加えたかなり素っ頓狂で落ち着かない生活が始まったのであった。




「お兄ちゃーん、醤油とってお醤油ー!」
「立ち上がればとれるだろう、いちいち先生のお手を煩わせるな」
「ジェノスくんうるさいご飯の時くらい静かに出来ないの?」
「なまえのうるささには劣るがな」

なまえが来たことによって、多少の華がある生活にはなったが、
どうあがいても妹は妹だし、それになによりジェノスとの口喧嘩が滅法うるさい。
よくもまあそんな耐えず罵り合えるのか。

「だいたいジェノスくんが!」
「そもそもなまえが」
「あーーーーーーもうおまえら飯の時くらい静かにしろ!」


ーーあれからかれこれ、一週間経つ。
いくらなまえが長期休みだからとは言え、いつまで経っても家に帰らない訳にはいかない。
なまえとジェノスはほとんど同い年で、学生だ。
ジェノスの歳を前に聞いた時、なまえと同い年なら気が合ったりするのかもなとか一瞬でも思った俺は大ハゲ野郎だ。
まるで水と油のように合いやしない。
…誰がハゲだ!!

もくもくとご飯を食べ終えた後、俺となまえが揃って横になると、
ジェノスがまたおまえみたいな鍛えてもいない奴が食べてすぐ横になると牛になるとかなんとかなまえに言い出してまた喧嘩がおっ始まった。
そろそろ天使のように優しい俺だって堪忍袋の尾がきれるぞ、と言わんばかりにダンッと音を立てて立ち上がった。

「おまえら、次口喧嘩したら出てけ」
「えっ?!」
「と、突然どうしたのですかサイタマ先生!!」
「どうしたもこうしたも髪が生えたもない!!いつまでも子供みたいに喧嘩すんな!」
「そ、そりゃお兄ちゃんは若ハゲだけど」
「誰がハゲだコルァ!!!」

これで上手く行けばジェノスが来る日数も減るし、なまえも帰るしで一件落着だ。
あーよかったよかった。

…と、思ったのも束の間。


「……………」
「………………………」
「…おまえら、別に口喧嘩すんなってことは喋んなってことじゃねーんだぞ?」
「……別に特に話すこともありませんので」
「……………」

口喧嘩したら即サヨナラ条例を作ったらこれだ。
なんだなんだ、そんなに出て行きたくないのか。そんなに俺が好きかこの野郎!

「…買い出しに行ってきます」

一人脳内で騒ぎ立てていたらジェノスが突然買い出しに出て行った。
そういえばトイレットペーパーもうすぐ切れるんだっけ、と玄関の方に視線をやっていたら、後ろからなまえに飛びつかれた。

「お、おう?!どうしたそんなに兄ちゃんが好きか?!!」
「……たかな」
「あ?」
「ジェノスくん、なまえのこと嫌いになっちゃったかな…」
「……ん?は?!」

突然飛びつかれて混乱していると、今までの話の流れをぶった斬るようなことを言われ、向き直ってなまえの顔を覗き見る。
なまえは今にも泣きそうな顔をしていて、慌てて頭を撫でる。
昔もよくこうやってやったなあなんて呑気なことは考えてられない。

「いきなりどうしたんだよ」
「だって、せっかくお友達になれるかなって、なのにすぐ罵り合っちゃうし…」
「よしわかったつまり最初につっかかったジェノスが悪い」
「違うよお兄ちゃん最初につっかかったのはなまえだよ…」

うだうだとひたすらに反省をしまくるなまえにとりあえず好物のプリンをやっておいて大人しくさせた。
俺のおやつ…。

代わりにアイスを買ってくるよう命じて、ようやくテレビを見ながら漫画を読んでごろ寝できる生活ができる。
…と思ったらドアの開く音がした。ジェノスか。

「ただいま戻りました」


ジェノスは部屋に入るなりあたりを見渡すと、ため息をついて俺の目の前に正座した。

「先生、少しよろしいでしょうか」
「お、おう、なんだ改まって」
「…なまえのことなんですが」

そうか、こいつ的には早く帰ってくれた方がありがたいのか。
けどさっきのなまえの話を聞いてしまった後ではその話は少しばかり可哀想に聞こえる。
なんとかジェノスの中のなまえのイメージを払拭できないものか。

「…なまえは俺のことを嫌っているでしょうか」
「あのなあ、なまえも意外と悩んで…ん?は?!え?!!」
「悩んで…?なまえは俺のことを苦痛に思ってるのですか?!」

うん、なんだこの状況は。拭いきれないデジャヴ感は。
なんだこれ。じゃあなんで罵り合ってるんだこいつら。

「いや、うん…そんなことないと思うぞ」
「お心遣い痛み入ります。しかし本当のことを言ってくださってかまいません」
「いやだから」
「傷心の彼女のことも考えず発言した俺が悪いんです!」
「なんなんだおまえら!!!!!」


今朝と同じく勢いよく机を叩いて立ち上がる。
ジェノスはまたもやビクッと肩を揺らして不思議そうに俺の方を見やった。

「お兄ちゃん何騒いでんの?」

と同時に、なまえが帰ってきた。
俺がおかえりと言うとジェノスとなまえがお互い顔を見あって勢いよく逸らした。
なんだ、このクソ気まずい空気は。耐えられん。

「…お兄ちゃん、これ」
「あ?おー、アイスか。わりーわりー…ん?そのでかいのどうした」
「こ、これは…その」

まるで怪人の一部かのように見えるそれは、明らかになまえの風貌とは不釣り合いだった。
じろじろとそれを凝視していると、いいから風呂入ってこいと押し退けられた。
なんだ、臭かったかな。


「……っジェノス、くん」
「…何か用か」

服を脱いでいるとわずかに聞こえるその声に、俺は思わず耳を傾けた。
よくわからんが、なまえ、がんばれ。

「いっ…今まで、いっぱい意地悪言ってごめんなさい、その…」
「!」
「こ、これ!ジェノスくんの武器の足しにならないかなって!…えっと、それで…」
「………なまえ」

座ったままだったジェノスが、すっと、なまえのそばに立ち上がる。
思わず後ずさりそうになったなまえの頭に、ぽんと機械じかけのその掌を乗せる。
ボンっとなまえの顔が赤くなったのを見て思わず壁を握りつぶした。あぶね。

「俺の方こそ今まですまない、ありがとう」
「ジェ、ジェノスくん…!」
「少し意固地になっていた。その…よかったら仲良くしてくれ」
「!! うん!!!」


さっきのことがまるで嘘かのように幸せそうに笑うなまえを見てなんだかどうでも良くなった俺は、
後であいつらにもアイスを分けてやろうと思いつつ温かいお湯に浸かった。



はー、極楽極楽。


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