音速忍者の初恋奮闘記

 俺は暗殺から用心棒まで何でも請負う最強の忍者、音速のソニック。
現在進行中の任務は、金にはならないわ心臓には悪いわ寿命は磨り減るわでろくなものじゃない。
むしろ仕事ではないし単なる趣味だし慈善行為だといっても過言じゃない。

そろそろ多少の報いだってあっていいはずだ。
そう思いながら持っていた双眼鏡を覗くと、視界の端でベランダで男物の下着が揺れた。
…一体どういうことだ。

「そんな話俺は聞いていないぞ…!これは裏切り行為だ!不埒な奴め!」
「不埒なのはそっちだろ」

突然木が揺れて気を抜いていた俺はそのまま真っ逆さまに地に落ちる。
目の前で高く結い上げた黒髪とスカートの裾が揺れた。
射抜くような鋭い目つきに、急激な悪寒がする。

「……珍しく今日はスカートなんだな」
「不埒破廉恥きゃーエッチー」
「だ、誰がえっちだ!」

確かに少し見えないかと思って屈んだがきっちり履いてるじゃないか!
黒い布で遮られて伸びる白い生足さえ見えやしない!

「通報されたいんかおまえは」
「ふんっお前が木を蹴るから落ちたんだ!」
「随分と持久力のない忍者ですこと」

わざとらしく手を口に当てて、いつもの品のない笑い方ではなく癪に障る金持ち共の笑い方の真似をする。
残念ながらお前にはそんな仕草は似合わない。
お前はもっと庶民的な家庭で優しい母親になるのがお似合いだ。

「それよりベランダに干してある男物の下着、あれは一体どういうことだ!」
「うわー覗きだうわー」
「おい逃げるな!」
「うわーついてくるストーカーだうわー」

エントランスを抜け、鞄を漁る奴の後ろでじいっと睨みつける。
反応も返事もない。困った奴だ。

「鍵無いし」

前髪につけていたピンを慣れた手付きで外し、すっと鍵穴に差し込んでいく。
一瞬の模索する擬音の後、ドアはすんなりと開いた。

しかし俺が部屋に踏み込もうとした次の瞬間、入り口に設置してある罠が俺めがけてすっ飛んできた。
懐に飛び込んでくる罠、苦無をはたき落とし、天井を見つめる。
郵便屋だったらどうするんだ。犯罪だぞ。

「まったく、しつこいよ頭痛が痛いよ」
「そうか、俺は心痛が痛い」

ジャキッと音を立てて奴が掴んでいるのは、先程の苦無より一回りは大きいであろう手裏剣。
まさか部屋の中でぶっ飛ばすほど頭の弱い奴じゃあるまい。

とは心の中で思うものの、身体は変に汗ばみ、気付けば臨戦体制をとっている。
自然と流れ出るように嫌に纏わり付く殺気。


そう、彼女 なまえもまたーーー忍者である。




「結局入ってきてるし、これもう通報レベルですわ」
「そんなことより、あの男物の下着の持ち主は誰だ。殺す」
「え、あれ私の」
「…は?」
「私の」
「は?!」

あっけらかんとしてそう言う彼女は、どう見ても嘘を吐いているようには見えなかった。
先程まで身震いするほど蔓延していた殺気は、気付くと跡形もなく消えていた。
まるで煙に巻かれたようだ。

「あれだよ、ほら危ない人対策。もう危ない人家居れちゃってるけど」
「さっきからなんだその扱いは!お俺はお前のっ……!」
「わたしの?」

お前のことが好きなのに、だなんて頭の悪いことを言いかけて口を抑える。
危ない危ない。こいつの方がよっぽど危ない人だ。

「…俺はお前の幼馴染だろう。そんな扱いは失礼極まりない」
「幼馴染だからって不法侵入する奴に言われたくない」
「ぐッ!そ、それは…!」

言い返す言葉が見つからず、思わず下を向く。
さすがに心配だからと家に押しかけるのは悪かっただろうか。配慮にかけていただろうか。
心の中でボールペンで書きなぐったような黒い渦が、俺の胸を支配した。


「…ソニック」

ようやく呼ばれたその名は、音速の俺にふさわしい、凛々しく、勇ましくそして鋭利な印象を持たせる。
けれど彼女が発するだけで、こんなにも優しく、綺麗なものに生まれ変わる。

呼ばれた名前と共に伸びた白く細長い腕が、まっすぐに俺の頬へ伸びた。



「……ほんっっっとに…あんたは可愛いねぇ〜〜〜〜〜!!」

両手で頬をひたすら揉みほぐし、満足したかと思えば飛びついてくる。
服を着た状態だと分からなかった膨らみや柔らかさが、俺の理性を刺激した。

「う、えっ、ぁあ…?!」
「小さい時からなんかあったらすーーぐ私についてきてこの!犬か!その癖に捻くれ者とか猫か!どっちだおい!」
「うっ、ぐ…っ!は、離せ!」
「何だよそんな赤い顔して〜!ほんとは嬉しい癖にィ、このこの!撫で回すぞ!」
「も、もう撫で回しているだろう!いいから離せ!」

これ以上は理性が保てる自信がない。
そう思って必死に押し返しているのに、なんだこの馬鹿力は。
この細い腕と身体の、一体何処から出ていると言うんだ!

「あー可愛い。ソニック、あんたいい嫁になるよ…」
「俺はお と こ だ!!!」


今も瀕死の状態の俺を抱きしめ、そして撫で回す。
バカみたいに強くて、バカみたいに愛らしい、
この幼馴染の彼女が、俺の幼少時からの……初恋の相手である。

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