「ジョーカーさん!」
なまえ様がカップを両手で抱えたままぱたぱたと駆け寄ってくる。思わずきょとんとしてから、慌てて歩くよう呼びかけた。
外はとっくに真っ暗だ。いつもなら寝ているはずのなまえ様に、俺はどうしたのかと訊ねる。
「ジョーカーさん、このお茶、いい匂いがするんです。お花みたいな」
「お花…?ああ、これはラベンダーティーですね」
「ラベンダー…?」
「紫色の愛らしい花ですよ。きっとなまえ様にもお似合いになると思います」
少し困った顔をして、うーんと考え込まれるなまえ様。少ししてからしょんぼりした顔をしながら、こう呟いた。
「………わたし、ラベンダー見たことないです」
あくる日、いつものようになまえさまの部屋の扉をノックする。「はーい」と嬉しそうな返事を聴き、そっとドアを開ける。
「ジョーカーさん、どうかしたんですか?」
「失礼致します、お茶をご用意いたしました」
「わあ、ありがとうございます」
ベッドの上で枕を抱きしめながら足をパタパタさせて、今か今かと待ちかねているなまえ様に、そっとカップを差し出す。
すんすんと鼻を動かして、香りを楽しんでおられる…そして、はっとした顔になった。
「これ、えっと…ら、らべ…そう!ラベンダーティーです!」
「はい、よくお分かりになられましたね。それでは、ご褒美です」
「え」
そっとラベンダーを一輪、なまえ様に手渡すと、顔を少し赤くしてキラキラした目で見つめている。
「前にラベンダーを見たことがないと仰られていましたので、差し出がましいようですが…」
「うれしい!うれしいです!!ジョーカーさん!わたし、ほんとに!!」
先程と同じように鼻を寄せる。ふにゃり、と顔を緩ませるなまえ様は、とても子供らしく、愛らしい。
「ふふ…ラベンダーティーもすてきな香りだったけど、本物はもっとすてきですね…」
「お気に召していただけて光栄です。花瓶に生けておきますね」
「はい、ありがとうございます!」
差し上げたラベンダーをじいっと見つめながら、なまえ様はラベンダーティーを飲む。しばらくすると、すぐにこくりこくりと船を漕ぎ始めた。
「それでは、おやすみなさいませ」
「……ジョーカーさん、寂しいです…一緒に寝てください…」
「いけません。男は狼なのですよ、簡単に寝床に引き入れてはいけません」
「狼…?」
あなたがちゃんと、その意味を理解するまで、
あなたがちゃんと、俺を求めてくれるまで、
「いつかなまえ様が大人になられたら、理解できますよ」
「……大人になっても、ジョーカーさんはそばにいてくれるんですか?」
その時が来るまで、私は。
「私は、あなたを待っていますから」
嬉しそうに頷いたなまえ様を、俺はまたより一層愛おしく思って、やんわりと笑った。