隣の家の二階の部屋。いつでも窓は開きっぱなしで、時々冬は寒くないのだろうかと思う。
部屋から度々漏れてくる声。声を聞くだけで彼の気分や調子が分かってしまうほど、私たちは長い付き合いだ。
遠い親戚のお兄さんと二人暮らしだとかで、そのお兄さんが居ないときはちょくちょく私のうちの厄介になっている。
そしてお母さんにそそのかされるまま、私は奴と同じ高校に行った訳なのだが、
「おーいなまえ、ちょっと」
「……何」
「寒い」
ん、と声をあげて伸ばしてくる腕。
目を細めて睨みつけてやったら気付いているのか気づいていないのか早くと急かされた。
なんでこいつはこんなに寒がりなんだ。その無駄に長い髪を首にでも巻いておけばいいものを。
「私今忙しいんだけど」
「嘘吐け。音楽聴いてるだけのくせに」
「…あんたも人のこと言えないじゃん」
はあ、と溜め息を零す。零した溜め息は一瞬白くなってそのまま消えた。
最近急に寒くなってきたからか、ほんの少し風邪気味な気がする。
こいつも風邪引かなきゃいいけど。
「ほらチャイム鳴ったよ、後SHRだけなんだから座りなよ」
「……おー」
渋々席に戻ったのを目で追うと、すぐにまた机に突っ伏していた。
午前の授業も寝てばかりで、まともに受けたのは体育だけ。
こいつは一体何しに学校に来ているのか。
明日の話を少し話して、SHRはいつもよりも早めに終わった。
いつもなら1曲聞き終わるなんて普通なのに、とどうでもいいことを思いながらクラスでもまた隣に居る奴の横を通り過ぎた。通り過ぎようと、した。
「なに置いてこーとしてんだよ」
「あんたが寝てるからでしょ」
「起きてる。ん、あー…っと、帰るか」
がっしりと見かけによらず強い力で腕を掴まれる。
その強い力から逃がさないぞ、という彼の意思が伝わってきた。
「私今日まっすぐ帰るからね」
「じゃー飯」
「自分で作れよ…ってかいい加減シン兄に習えば」
自転車置き場の近く、ぴたりと止まる彼の足音。
そして当然後ろに奪われる、私の重心。
「……どうしたの?」
立ち止まる彼に、問いかけてみる。
返事はない。口をつぐんで黙ったままだ。
しょうがないなと長期戦覚悟でそのまま待っていると、思ったよりも早くそれは開かれた。
「お前さ、わかってる?」
「? なにが」
「今日一回も俺の名前呼んでないの、わかってる?」
引き寄せられる身体。すぐ後ろで聞こえてくる鼓動。
ほんの少し聞こえるひそひそ話が、私の状況を物語っていた。
「…なにしてんの……ばかじゃないの」
「バカはお前だろ。」
遠くなっていくざわめきが、人が居なくなったのを教えてくれて、そっと彼の手に自分の手を添えた。
相変わらず手は氷のように冷たくて、冬は堪える。
そのまましばらく経ってようやく離してくれたのを見て、ようやく満足してくれたかと向き直る。
彼の綺麗な紅の瞳が私をじっと見つめていた。
眼底の血の色が透けているようなその眼に、思わず近付く色に気付かず見とれていると、軽く触れ合うだけの口付けを落とされた。
「………」
「……帰るか。」
「……………」
きゅ、とそのまま私の手を掴んで、先程より遅めの速さで歩き出した。
手を繋いで下校するだなんて、何年ぶりだろうか。
小学生のときからかわれたっきり、一度もしていない気がする。
「ごめん」
「…なにが?」
「ごめん、ジュダル」
一瞬きょとんとした表情をしたかと思うと、バッと視線を前へと戻した。
ほんの少し、耳が赤くなっている。
「ジュダル」
「…なんだよ」
照れ隠しとしかとれないそのぶっきらぼうな態度に、思わず口角が上がる。
歩幅を広めて早く歩こうとする彼に必死に掴まる。
「ジュダル」
もう一度そう口元を綻ばせながらそういうと、ジュダルは満面の笑みでこちらを振り向いた。