隣の悪はよく敵食う悪だ

「そうか、おまえが噂の一撃男か。是非私を倒してくれていいよ」


そう言ってのけながら彼女が確かに口に放り込んだのは、
今にも朽ちて崩れてしまいそうな、怪人≠セった。






「怪人が怪人を食べた?一体どういうことですか?」
「いやそれがわかんねーから聞いてんだけどよ…」

サイタマは昨日見た光景を包み隠さずジェノスに話した。
自分では満足に理解し得ない事柄でも、彼なら冷静に分析してくれるかもしれないという淡い希望を抱いて。
しかしまだ幼いともとれるたったの19年しか生きていない彼では、
流石にサイボーグと言えども理解することはできなかったようだ。


「ほんとに怪人だったのかな…」


ジェノスの耳に届くか届かぬかと言うくらいの声量で、サイタマはボソリと呟いた。

確かに彼女は先程まで街で暴れていた怪人をひょいと軽々片手で持ち上げて、
気付けばボロボロの怪人が彼女の口に吸い込まれていったけれども。

サイタマの目にはただの少女にしか見えなかった。

純白の髪に、血のように赤い瞳。
血の気のない薄い唇に、透き通るような白い肌。
身体は女性らしい丸みのあるラインでーーーーー…


「…生。先生、先生!」
「ん?!あ??!なんだ!どうした!?」
「怪人が街で暴れているようです。行きましょう」

ジェノスが指差す先は、人々がどよめき混乱している様子の映ったテレビだった。
カメラの遠方には何やら怪人らしきものも映っている。
その怪人が此方に走ってきたと同時に、つい先日見たばかりの白髪が、画面いっぱいに揺れた。

「あ゛っ中継切れた!クソッいいとこだったのに!」
「おそらくカメラは壊されたんでしょうね…急ぎましょう」

怪人が壊したのか、はたまたサイタマの頭の中を占めている彼女が壊したのか。
事実は定かではないが、どちらにせよ急がねばならない事実には変わりはなかった。

いつもの特売へと走るより数倍力んで、正義を執行しに走る。
速さは対して変わらなかったが、サイタマは確かに自分がいつもより速く走れているような気がしていた。

「先生、待ってください」
「あ?!」
「こっちです」

ジェノスの目が音を立てて光ると、サイタマには理解し難い何かが彼の目に映り込んだ。
ジェノスは言葉を発するや否や一直線に走り出した。
サイタマも急いで後を追い進むと、白髪の少女が地に伏しているのが見えた。

「おい!大丈夫か!」
「…う、…く…っ」

サイタマが少女に手を貸そうとすると、少女はそれを慌てて振り払って再び崩れ落ちた。
崩れ落ちた先にあった土が水分を取られて乾いていた。

「…?!お前、今…!」
「おなか、すいた…のどかわいた…ごはん…ごはん…」
「おい大人しく寝てろって!」
「…ごは、ん」

サイタマが立ち上がってコンビニでも探すか、と頭の片隅で考えた次の瞬間、
少女はジェノスとの戦闘で消耗し動きが鈍くなった怪人に飛びついた。

腕で、足で、口で。手で、指で、歯で。
そして神経など無いはずのその白い髪で、文字通り全身で怪人に掴みかかった。

その全身が強く脈打ったと同時に、その怪人は硬直した。
その光景は。先日、サイタマが見たばかりの、

ーーー食事の光景だった。


「んーーーーー…ゲロマズ〜〜〜〜〜」
「…………?! まさか、本当に…?」
「でも元気でたわー、ご馳走様」

品のないおくびを出しながら、ちらりとジェノスの方を向く。
君のおかげでご飯にあり付けました。と深々と頭を下げたかと思うと、
今度は未だ呆然としているサイタマにズカズカと近付いて行った。

「それで、貴方は私を殺してくれるのかな?」

初めて会った時よりやけに恭しく語りかけながらそうサイタマに投げかける彼女は、にこりと綺麗に微笑んだ。
純白の髪がグラデーションがかかって行くかのように漆黒を取り戻していく。
それに見惚れていたからか、サイタマは彼女が差し出す手に気付かなかった。

「私が対象の栄養を吸収してしまうのは、飢餓状態の時だけだよ。なんならまた地に伏せようか?」
「え?あっいや悪い、ボーッとしてた」
「フフッ…可笑しなヒトだ」

ぴとりと手に触れた彼女の手は冷たくて人間に触れた気がしなかった。
握手をしていたかと思えばその手を胸元に充てがわれ、思わず目を見開く。

「世界を揺るがすであろう君のこの手で、私を殺して欲しいんだ。こんな美しくない怪人のまま生きるなんてまっぴらゴメンだ」
「別に俺は…」
「それに引き換え強さとはなんて美しいんだろうね…そんな強さに殺されるなら私は本望だよ…」

恍惚とした表情でつらつらと語り出す彼女の手の中から自らの手を引き抜き、そのままその手を振り上げる。
彼女が一瞬だけその手を凝視したとほぼ同時に、サイタマの軽い拳骨が彼女の頭を襲った。

「〜〜〜〜?! い、痛いなあ急に何をするのさ?!!」
「お前がやれって言ったんだろーが。」
「私が求めたのはこんな母親の雷じみたこんなお遊びではないよ!?」
「アホか!!勝手に人に殺人の依頼なんてしてんじゃねー!捕まるだろーが!」

思っていたよりまともなようで子供っぽいその発言に、人間のような怪人の彼女は目を白黒させる。
ああいつもの彼だ。なんてこの場で安心できるのはジェノスくらいのものかもしれない。

「あと美しいとか美しくないとかグダグダぬかしてるけど、お前自分で思ってるより綺麗だぞ」
「…………ぅえっ??!」
「ついでにちょっと好み」
「えぇえええっ??!!!」

途端に真っ赤になる彼女を見て、サイタマはホラやっぱり普通のヒトじゃねーかと何も考えてなさそうな顔で彼女に諭す。
今度は拳骨ではなく優しく頭を撫でるサイタマに、彼女は終始混乱しっぱなしであった。

「とりあえずアレだ、死のうとするなよ。今度うどんでも食いに行こうぜ」
「…あ、うん…別に、行ってあげないこともないけど…」
「なんで上からだよ」

しゃがみこんでしまった彼女を尻目に、サイタマは帰るかとジェノスに呼びかけた。
立ち去る寸前、何かを思い出したかのようにサイタマはくるりと彼女に向き直った。

「そういや、お前名前なんてんだ?」
「……仮にも"ヒト"に名前を聞くなら、先に自分から名乗る方が先じゃないのかい?」
「あーそっか。俺サイタマ。で、お前は?」
「…………」


何処からともなく風が吹いて、彼女の名前を揺らした。
なんとなくその風が吹いた先に目をやったサイタマは、再度彼女に視線を戻した時の溢れんばかりの笑顔に鼓動を早くした。


「私は、怪人なまえさんだよ」

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