倒れた星原を運びながら、俺は一人考えていた。星原が学校に来ているのは、自惚れた発言なのを承知で言えば、俺だ。星原のためを思えば学校を休んでいた方がいいんだろう。そんな当たり前のこと分かっているはずなのに、それでも俺の口から「学校に来るな」とは、言えなかった。これから俺は、どうしたらいいのかなんて。どうしてあげたら助かるのかなんて、わかるはずもなかった。
「‥‥失礼します」
「! 成宮くん、いつもありがとね」
扉をあけてすぐに駆け寄ってくる保健の先生とも、顔見知りとかいうレベルの話ではなくなっていた。星原がいない場ですれ違っても、星原の体調の話をするほどなんだから、最早俺は保護者と過言ではないと思う。
だからきっと、訊く権利くらいはあるはずだと。星原が寝たのを確認してから、俺は意を決して保健の先生に尋ねた。
「星原さんは‥星原は、もう治らないんですか」
「成宮くん‥‥」
言ってから、胸が苦しくなる。心の中で思っていたことが、言葉に表れたみたいだ。どうやったら治るか、じゃない。もう治らないのかと、尋ねてしまった。
しなないでくれと願ったくせに。明日も明後日も話したいと言ったくせに。誰より俺が、星原のことを信じなきゃいけないのに。うっかり涙が溢れそうになって、俺は天井を見上げた。‥‥天井は、ちっとも高くない。星原が好きな海のような青は、どこまでも広がっていない。
「成宮くんには、お世話になってるものね‥」
「! じゃあ‥‥!!」
「でも、この話は星原さんには内緒ね。この話するの、嫌みたいだから」
どこか言葉を選ぶような先生の様子に、俺は固唾を呑んだ。
「星原さんの重い病気は、今の日本の設備や技術では治らないの」
「!!」
重い病気。先生の放った言葉は、保健室の臭いみたいにツンと頭にこびりついた。言葉を失う俺に、先生は慌てて言葉を付け足した。
「じゃ、じゃあ‥星原はもう‥」
「あっご、ごめんね成宮くん!言い方が悪かったわね‥!」
「え?」
「"日本では"治せないのは本当よ、でもね」
先生は星原を一瞥すると、俺を真っ直ぐ見て、こう告げる。
「治るかもしれないのよ、病気。海外にさえ、手術に行けば」
「‥‥!」
海外、手術。思いもしない単語が飛び交っている。けれど、俺がはっきりと聞き取れたのは、1つの言葉だけだった。
「‥‥治る‥星原の病気が‥」
悲観にくれていたのは俺だけだったんだ。ちゃんと治る。星原は元気になるんだ。空も海も。紫陽花畑だって、思い出にしなくていい。また一緒に、星原と話して、いろんなものが見られるんだ。
その時の俺は有頂天で、星原が治る。そのことだけしか考えられなくて。俺の心を揺れ動かした言葉を発した保健の先生が何故困った顔をしているのかなんて、気にかける余裕もなかった。