奇矯
ダイニングテーブルには湯気が上り、そこには温かな食卓があった。皆が食事を口に運ぶ様子をただ眺めるだけの私は、なんだか滑稽だ。シャトーでの朝食と夕食はほとんどが佐々木一等の手料理。食べれもしないのによくできたものだ。
今晩はクリームシチューと温野菜のサラダ、テーブルの真ん中には綺麗に切り分けられたフランスパンが並ぶ。チームワークを深める名目で、なるべく夕飯は皆でとるという方針を掲げた佐々木一等の案は、はっきり言ってナンセンスだ。食卓から漂う臭いはここが下水道であるかのように思わせる。私はひん曲がりそうな鼻を本気で曲げようかと思い悩みながら、目の前のコーヒーの湯気だけを鼻から取り込もうと躍起になっていた。
「それじゃ、食べてる最中申し訳ないけど、今後の方針について話し合おうと思う。菊池さんが明日から任務に加わるから、色々とね」
そう言いながら、佐々木一等は目の前にあるコーヒーは蔑ろに、手元の資料と睨めっこしている。長いテーブルを囲い皆が食事をつつく中、その角に向き合って座る私と佐々木一等の目前には、ぽつんとコーヒーが置かれるだけ。私は黒糖の入ったコーヒーをスプーンで執念にかき混ぜながら、食卓から匂う腐った乳製品と納豆を混ぜたような臭いに耐えていた。こんな臭いに耐えながら料理をこなす佐々木一等は、たぶん頭がイカれている。
「とりあえず、クインクス班は結成されたばかりでまだ身体にも慣れてないから、今は近所に聞き込みしながらレートの低い喰種を仕留めるのを目的としてるんだ」
「なるほど」
苦行に耐え兼ね、眉間に皺を寄せながら相槌を打つ。だんだん鼻が麻痺してきたのか、鼻の穴がじんじんと痛むだけで、どんな臭いかわからなくなってきた。佐々木一等は資料にマーカーで線を引いたり、地区の地図を広げたりして、私の悲劇には気づきもしない。彼に言われたのだが、どうやら私は普通の喰種よりも鼻が敏感らしい。私が臭いというものも、彼には「そうでもないけど」と一蹴されてしまう。
「班長は二等で実力のある瓜江くんだから」
「人望はねぇけどなァ」
「……(だまれ)」
すかさず口を挟む不知くんはフランスパンを潰すようにして口に詰め込んだ。案の定、盛大にパンくずが飛び散る。一方向かい側の瓜江は皿の上で上手くパンを千切ってから、シチューにそれをつけて口に運んでいる。六月くんはさっきからスプーンでシチューをすくって口に運ぶばかりで、パンには手をつける様子はない。食べ方に性格が出るというのはまさにこのことなのだろう。私はそんな彼らを横目で見ながら、相変わらずコーヒーをかき混ぜている。
「それで、チームとしてはどう動いてるんです?私はどの役目を?」
私はそう言って一度軽く鼻を啜ってから、スプーンをソーサーに置き、両肘をテーブルについて顔の前で手を組んだ。これなら少しだけ臭いが軽減される気がする。そんな私にフランスパンから視線を移した瓜江が、その口を開いた。
「今は個人もしくは二人で聞き込みを行い、喰種を見つけ次第連絡を取り合い始末する算段だ。全員で動くよりもその方が効率がいい」
「……なるほど」
確かに、目標が定まらないうちに全員で動くのは馬鹿げている。捜索地区を決め、少人数で散って情報を集め、目標が定まったところで全員で襲撃。この方が効率がいい。けれどまともにチームワークのとれないこの班でこのスタンスは、かえって個人プレーし放題の危険な無法地帯を作り出すにすぎない。特に単独行動しがちな瓜江は。シャトーに来てから、不知くんと六月くんとは食事時や仕事終わりの夜によく話す機会があり、大体どんな人であるのかはわかった。しかし、瓜江はシャトーに帰るとすぐに自室にこもり、食事もほぼ無言。まともな会話ができていないし、本当に掴み所がない。このチームを取りまとめるには、まずこいつを攻略する必要がある。
「なら私は瓜江班長と二人で組みたいんだけど」
「はァ!?なんで!?」
不知くんが目を見開いて素っ頓狂な声を上げる。全員が一斉にこちらを向いて、驚いている。
「班長といた方が安全そうだし」
「それなら佐々木一等と組んだ方がいい」
私の言葉を遮るようにして瓜江が淡々と告げる。やはり適当な理由付けでは凌げそうにない。
「チームワークを深めたいの。佐々木一等や不知くんと六月くんとは色々話したけど、あなたとはあまり話したことないし」
「……」
自然な笑みを浮かべると、瓜江は黙ってしまう。佐々木一等がチームワークという言葉にぴくりと反応したのを捉えて、私は いいでしょう?と言うように彼に微笑みを送る。うーん、と焦燥しつつなにやら考え込んだ彼だったが、やがて渋々といった様子で口を開く。
「……それじゃ、瓜江くんは菊池さんと組んでもらって、不知くんは六月くんと、僕は単独で動くよ」
よし。私は心の中でガッツポーズをきめた。瓜江という人物を、じっくりと観察させてもらおう。
「おい待てサッサン、あいつは!?」
「ん?あぁ……才子ちゃんか……」
佐々木一等が盛大にため息をつく。私は思わず「あ、」と呟いてしまった。彼女のことをすっかり忘れていた。
「そういえば菊池さん、才子ちゃんにはもう会った?」
「それが挨拶もまだで。毎朝ドア越しに話しかけてるけど、返事がなくて。鍵かかってますし」
話をすると言ったのに、全然できていないのだ。しかしこればっかりはどうしようもない。時々部屋から出てくるらしいので、その時にするしかない。
「……だよね。じゃ、才子ちゃんは見つけ次第確保で…」
呆れ顔の佐々木一等と不知くん。六月くんははは、と乾いた笑みを浮かべていた。それからどの地区を捜索するか、さらにその中で何丁目を担当するかをそれぞれ決め、話し合いは終了する。
「じゃ、明日はよろしくお願いします」
話し合いも終わったことだし、もう鼻の限界だ。さっさとこの場を離れようと私は席を立った。
「あ、待って菊池さん」
「……なんですか」
佐々木一等が慌てて引き留めるので私は椅子から立ったまま静止する。いい加減鼻がもげそうなので、これ以上ここにいたくないのだが。
「明日の区域、君は行ったことないって聞いたから、大体どんな道や建物があるか言っておきたくて」
「……あの、それ、リビングか二階の会議室でもいいですか」
「え?」
「これ以上ここに留まるのは無理です」
我慢ならず小声でそう言って、彼らの食卓を一瞥してから鼻をつまんで見せると、佐々木一等は「あ」と声をあげた。
「そういえばそっか………」
「じゃ、上にいますね」
きょとんとしている不知くんたちを他所に、私はやっとダイニングから抜け出せた。この前まではここまで臭いを感じなかったのに、今日は一段と酷かった。まだ食事から2週間も経っていないのに。ふと腹に手を当てると、きゅるる、と音がした。
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寝耳にミサイル