画策



「ってことなんですけど、どう思います?アキラさん。」

「ああすまん。長くて途中から聞いてなかった。もう一度頼む。」

「はー!?」

思わず持っていたテイクアウトのコーヒーを落としそうになる。そんな私を見て冗談だ、とアキラさんが笑った。たくさんの人が行き交う都内の駅ビルで、私とアキラさんはアパレルショップを見て回る。はたから見ればただのOLの休日だ。クインクス班としての初任務で大失敗し危うく死にかけ、保留になっていた彼女と休日に出かける約束が、今こうして実現している。

意を決して、私は佐々木一等のことをアキラさんに相談することにした。彼の上司でもある人に話すのはどうかと思うが、相談できるような人が他にいないのだ。佐々木一等のことが好きなんです、そう話を切りだせば、「ほらみろやっぱりだ。」と心なしか嬉しそうなアキラさんに笑われた。早く詳細を話せと興味津々に言われ、うろうろと服を見て回りながら昨日のことを話していたところだ。

「まあ、アレだな。佐々木はお前の直属の上司だ。立場上、その辺は考えることがあるんだろう。」

「やっぱ……そうなんでしょうか。」

「仕事上での公私混同は悪影響だからな。」

悪影響、という言葉にショックを受け、思わずコーヒーのカップに挿さっているグリーンのストローを噛んだ。確かに、シャトーという共同住宅に男女で住んでいるわけだし、佐々木一等はただでさえグダグダなクインクス班を取り纏めなければいけない上司だ。部下に思いを寄せられては仕事に集中できないし、迷惑、なのかもしれない。

「でも、キスしてくれって言うとしてくれるんですよ。変ですよね?」

「自分からは手を出さないでおこう、とでも思ってるんじゃないか。」

「……それはずるいです。」

「あいつは頭が良いが恋愛においては馬鹿だな。」

はあ、と呆れたようにため息をつきながら、アキラさんが70年代風のフェミニンなオレンジのワンピースを手に取り、私の身体に合わせる。彼女は私に合う服を見つけるのが楽しいらしい。うーんと呟きながら全体を確認すると、明るすぎるな、と顔が顰められてそれはハンガーラックへ戻された。一方の私は頭の中が佐々木一等でいっぱいで、ラックの服を物色するも何も頭に入ってこない。

「やっぱりCCGでは上司と恋愛って無理なんでしょうか……。」

「そう気を落とすな。私の両親は二人とも捜査官だったぞ。」

「そういえば!」

「ああ。しかも同じ班だ。」

「アリですかね……。」

「アリだ。」

パステルグリーンのタイトなスカートを私に合わせながら、アキラさんが頷く。会話とスカート、どっちのアリなんだと首を傾げると、両方だ、と彼女にスカートを渡された。買えってことか。見れば下部にベージュピンクの細かいトライアルアングルの刺繍が散りばめられていて、あ、いいなと思った。アキラさんは私の好みを熟知している。キープだ。

「佐々木はアレだな、あっちの問題だろう。」

「あっち?」

「童貞だろう。あいつは。」

「は!?」

公共の場で配慮もなく飛び出したとんでもない言葉に驚き、私は素っ頓狂な声をあげる。その声に反応して周りにいた女性客とカップルがこちらに視線をやるので、慌てて口に手をやった。

「今まで何かと面倒見てやってるが、あいつに女がいたことはない。捜査官になる前の記憶が無いのだから、少なくとも心理上では童貞、そしてお前は初恋相手ってことだ。」

佐々木一等が童貞……。キスをして欲しいとせがんだ時、必ず少し頬を赤らめるあの姿が頭に浮かぶ。あり得なそうであり得る話だ。何故かそれを聞いてとても可愛くて愛おしいと感じてしまうのは案外、私にSっ気があるのかもしれない。それにしても、いくら記憶をなくしてしまったとは言え、それから二年も経つのに何もないなんて不思議だ。やっぱり半喰種の手前、恋愛を避けてきたんだろうか。

「あんなに優しくて強くて愛らしくて綺麗な顔してるのに……。」

ぼそり、とそう呟くと、アキラさんが私を小突いた。

「なんだ、一丁前に惚気か。お前も成長したな。」

「ち、ちがっ!違います!」

「若い事務の女性からは結構人気らしいぞ。お前も、しっかり掴んでおいた方がいい。」

あ、やっぱり…。それを聞いて少し落ち込んだ。確かに、CCGの受付穣に朝の挨拶すると、彼女たちが爽やかに微笑む佐々木一等にばかり目をやってるのは知っている。やっぱりモテるんだろうなぁ。

「はあ……。まだ佐々木一等が私をどう思ってるかもわからないのに……。」

「そこは自信を持て。佐々木は成り行きで女とキスするような奴じゃない。」

そう言われてみればそうだ。佐々木一等は真面目で誠実だし、なんとなく場に流されてそういうことをする人ではない気がする。

「そうですかね……。もう一体どうすれば……。」

「押しまくれ。」

「え?」

アキラさんが急に真剣な表情を浮かべて、私の肩に手を乗せて頷く。

「経験のあるお前が童貞をリードするしかないだろう。」

「は!?」

さらっとそう口にして、今度はサテン生地のベビーピンクのネグリジェを私に押し付ける。

「ほら、これなんかいいんじゃないか。」

胸元と裾に可愛らしいレースと小さなリボンがついているものの、肩はキャミソールで、やりすぎかというくらいその生地は薄く、これ一枚だけでは肌が透けてしまうのは明らかだ。胸元なんて谷間が見えるように開いているし、丈は屈んだらショーツが見えてしまいそうなギリギリの長さ。隣に並ぶお揃いのブラとTバックショーツもなかなか際どい。使用用途が純粋でない、いわゆる勝負服だ。

「ちょっと、こんなの着れませんて!筋肉あるから似合わないし……。」

「お前のはしなやかで良い筋肉だ。問題ない。その辺のグラビアアイドルなんかには負けてないぞ。」

「はぁ……。」

「それにその胸。……羨ましい限りだ。」

不意にアキラさんが私の左胸をむにむにと掴むので、私はその手を抓った。確かに胸はどちらかというとある方だけど、アキラさんだってそんなに変わらないはずだ。

「揉まないで下さい。こんなのシャトーで着れるわけないじゃないですか……。」

「何言ってる。これを使って佐々木を誘惑しろ。」

「はぁ!?」

上司とは思えない助言に驚き、私は今度こそコーヒーのコップを落とした、と思ったが咄嗟にアキラさんがそれを受け止めてくれた。さすがだ。

「夜中にこれを着てあいつの部屋にでも忍び込め。さすがに仕事上の関係なんてどうでもよくなって飛びついてくるはずだ。」

「そんなことできませんよ!」

思わず佐々木一等とのあれやこれやを想像してしまい、顔に熱がぶわっと集まる。そんなことできるわけがない。

「既成事実を作れ。手っ取り早いぞ。」

「アキラさんふざけてます!?」

「至って真面目だが。」

そう言いながらも、口端が笑っている。はぁとため息つく私の背中を押して、アキラさんはレジへと促してくる。結局、私は渋々と薄っぺらいネグリジェとお揃いのブラとショーツを買った。しめて二万三千円。クレジットカード一括払い。買ってしまった、とどこがげっそりとした私をよそに、アキラさんは機嫌の良さそうに笑う。

「私はずっと前から思っていたぞ。お前と佐々木はよく似合ってる。上手く纏まって良かった。」

「全然纏まってませんけど……。」

「ああ、纏まるのは今夜だな。」

アキラさんが悪戯に微笑む。ツッコミを入れる余裕もなく、ぶわっと変な汗が出た。でも、何か行動を起こさなければ発展しないのだから、ここはもう思い切るしかないのかもしれない。思い詰めた様子の私を前に、アキラさんは心底面白そうに笑うのだった。


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寝耳にミサイル