#05
「…怖かったっス」
「は?なにが?」
先日の事を思い出して呟いたその言葉は、体育館に響く掛け声とバッシュの音で消える、かと思いきや、隣りにいた笠松先輩の耳には届いていたらしい。
「あ、笠松センパイ。いたんスか」
「殺すぞ」
休憩中、隣に先輩がいることなんて忘れてすっかり一人で考えこんでしまっていた。先輩は案の定、眉間にシワを寄せて、般若のような顔をしている。でも俺はそんなのも気にしてられないくらい、モヤモヤとした感情が頭を支配していた。
「あれっス。笠松センパイの、幼馴染みの」
そう。野瀬あすみ。この前の、去り際に彼女が残していった暴言と、それこそ今の笠松先輩みたいな恐ろしい顔が、俺の頭の中でぐるぐると回っている。
「あぁ、あすみか。あいつキレると怖ェかんな」
「そうなんスよ。すげー形相で。あれはまじでビビった」
「だろ、…ってお前、あいつに何かしたのか?場合によっちゃ本当にブチ殺すぞ。」
笠松先輩は言うなり再び般若の形相となって俺の首根っこを引っ掴む。え、まじで痛い。
「いや如何わしいことは何も!…って痛い!痛いっス!ちょっとキツイこと言っただけっ!!」
「何をだ!」
今度は腕を首に回され、ヘッドロックされる。いや、本当に痛い。
「い、野瀬サンてなんつーか、、、見下してるみたいな態度だから、そーゆーとこを色々、、」
途切れ途切れながらも俺は言い切った。すると笠松先輩はふ、と力を抜いてその腕を退ける。そして、呆れたように盛大なため息をついた。
「あのなぁ。お前みたいにヘラヘラしてる奴もいれば、あいつみたいに不器用で無愛想で必要以上には喋りたがらない奴だっていんだよ」
先輩は子供を諭す親のような口ぶりで言った。確かにそうだ。けれどそうじゃない。
「…そりゃまぁそうっスけど。前に人のこと勝手に決めつけて色々言われて腹立ったんで、仕返しっス」
「ガキかお前は。何言われたが知らねーが、あいつはな、性格少しキツイけどいい奴だよ。お前よりずっとな」
「……さりげ酷いっスね」
やはり先輩は幼馴染みの味方か。俺はため息をついた。先輩はそんな俺を見てしかめ面をする。
「あとな、あいつ今色々と大変だからよ。あんま負担かけるようなことすんな。つーかもう関わんな」
気まずそうに、まるで何か悪いことでもしているような先輩の顔は意味深だった。なんだよソレ。気になるじゃないか。
「大変って?何かあるんスか…!?」
「言わねーよ」
好奇心に動かされ俺は思わず勢いづく。すると笠松先輩はしまったと焦ってそっぽを向いてしまう。余計気になって前のめりになるが、先輩は口を閉ざしたまま。けれどこういう時だけ、俺の頭は珍しくフル回転する。
「気になって野瀬サンにしつこく話かけちゃうかも……」
適切な言葉を見つけて、にやりと笑ってみせた。笠松先輩は観念したように唸って、一度項垂れてからもう一度顔を上げる。そして俺に視線をやると、鋭い眼光をとばしながら、誰にも話すんじゃねぇぞ、と釘を刺してくる。一体何なんだ。俺はごくりと息を飲んでから、黙って頷いた。
「あいつ母子家庭でよ、出稼ぎしてめったに母親が帰って来ねぇんだよ…。だからほとんど小学生の妹と二人暮らし。金のことも心配してバイトして、毎日大変なんだよ」
「へぇ…そりゃ、大変…」
予想外に重く深刻な話に、俺は一瞬固まってしまう。彼女のあのどこか憂いを帯びたような表情の裏が、見えてきた気がした。
「言ったんだからもうあいつに関わんなよ」
「了解っス。つーか、別にもう興味無いんで」
そんなことを言ってみせたが、頭の中は野瀬でいっぱいだった。どこか刺々しい態度の理由とか、どっか切なそうな横顔とか。彼女がぐるぐると頭の中を回っている。
「ああそうかよ。まぁ興味持ったところで、あいつは絶対お前みたいな奴は好きになんねーよ」
「ひど!」
笠松先輩が鼻で笑う。俺は少し腹が立つと同時に、確かにそうだとも思った。彼女は一度だって俺に好意的な目を向けたことはない。むしろ嫌悪に満ちているように思う。
そういえば、女子が苦手な笠松先輩は野瀬とはよく喋る。それにいくら幼馴染みといっても、彼女に対する先輩の思い入れは過剰な気もする。
「ていうか‥‥笠松センパイて、野瀬サンが好きなんスか?」
「は?いや、ねーよ。あいつは家族みたいなもんだ」
どうってことのない、淡々とした言い方だった。あくまで幼馴染みか。ふーん。そんなのどうでもいいことのはずなのに、俺は少しホッとしてる。馬鹿みたいだ。
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