#08
「いらっしゃいませー」
時刻は21時半を過ぎていた。街中から少し離れたところにあるこのコンビニは、さほど客で混み合うことはない。だからこそアルバイト先に選んだのだが、暇というのもまた暇疲れするものだ。欠伸を何回噛み殺したかわからない。レジに立って延々とビニール袋を折りたたみながら、時々来る客に挨拶をし、時計をチラ見する。まるで機械にでもなった気分だ。
「ありがとうございましたー」
結局雑誌を立ち読みしただけで店を後にした男性客を最後に、店内には一人も客がいなくなる。時計に目をやると、バイト上がりの22時まであと15分。心の中でガッツポーズを決めながら、店内を掃除する4つ年上の先輩に目配せすると、彼もうんうんと頷いた。
ふと、扉の前に人影が現れる。客か、と思い開いた自動ドアに視線を向けると、随分と背の高い、金髪の、海常の制服を着てる………とても見覚えのある人物が視界に入る。
「……うわ」
「ん?あれ!?野瀬サンじゃないっスか!」
きらきらとしたオーラを身にまとい、綺麗に微笑むのはあの黄瀬涼太だ。まずい。バイト先にこの街はずれのコンビニを選んだのは、同じ高校の生徒にバレたくないからだ。私立のうちの高校は、アルバイトは原則禁止されている。こっそりとやる生徒もいるが、万が一誰かの悪意で教師に知られでもしたら辞めざるを得ない。本当にこいつは、疫病神なんじゃないか。取り繕う余裕もなく、私は顔を引きつらせたまま静止してしまう。
「ここでバイトしてるんスか?」
「人違いです」
「ひど!」
苦し紛れに飛び出した言葉には無理があった。思い切り名札には野瀬と書いてある。ショックを受けたような顔を作る黄瀬を前に、悪寒が全身を駆け巡るのを感じた。私がここで働いていることは妹しかしらない。幸男にすら言ってないのだから偶然なんだろう。なんでよりにもよって黄瀬なのか。
「ていうか何時上がり!?ちょっと今めちゃくちゃ困ってて、助けて欲しいんスけど…」
「は?」
「いや、図々しいのはわかってるんスけど……」
申し訳なさそうに顔の前で両手をすり合わせながら、必死で頼み込む黄瀬。よく見るとうっすら汗をかいているし、髪や服装も少し乱れている。一大事であることは察したが、なんだか嫌な予感がするし、親しくもない知り合い程度の人に頼まれごとをされる義理はない。
「悪いけど他当たってくれる。今バイト中だし。いくらでも友達いるでしょ」
「そりゃいるけど……。事情が事情なんでそういうわけにも…」
「事情って何」
「話すと長くなるんで、野瀬サンがバイト上がるまで待ってるっス」
「5分で済むくらいの頼みじゃないと無理。お帰りください」
「ええ!!本当に困ってるんスよ!」
「私も今この状況に困ってる」
淡々と告げてやると、突然黄瀬の慌てふためいた表情がふっと無にかえる。あ、まずい。嫌な予感がする。
「いいの?うちの高校バイト禁止だけど。思いっきりバイトしちゃってるっスよね、野瀬サン」
絶句した。そうくるのか。前から思っていたけど、充分理解していたけど、こいつは大分性格が悪い。自動ドアから入ってきたときから嫌な予感はしていた。やっぱりこうなるのか。
「で、何時までなんスか?」
何も言えなくなって青ざめる私に、黄瀬が爽やかにシャララと笑ってくる。腹立つなぁ。
「…………あと10分くらい」
「なんだすぐじゃないっスか!じゃ、雑誌でも読んで待ってよー」
「はぁ……」
そう言って雑誌コーナーに移動する黄瀬を、先輩が食い入るように見ている。私と黄瀬を交互に見て、そして口元だけで「カレシ?」と言う先輩に向けて思い切り首を横に振った。ああどうしよう。私が廃棄の時間になったフライヤーのポテトを片付ける中、呑気に黄瀬は雑誌を読んでいる。華やかで都会的な雰囲気の彼がコンビニで雑誌を立ち読みする姿は、なんだか珍妙だ。
10分はあっという間に過ぎ、次のシフトの人たちと入れ替えに私はバイトを終える。そのままこっそり帰ってしまおうかとも思ったが、仕返しが怖いので結局私は雑誌コーナーに向かう。
「ねぇ。終わったけど」
「野瀬サン!お疲れっス!あ、この雑誌来月俺載るんでぜひ」
「はぁ……」
黄瀬の指差した先には、某有名雑誌。メンズファッション誌だから買ったことはないけれど、何度か立ち読みしたことはある。誰が買うもんかと思いつつ、私はため息を吐いた。
「で、頼みって何」
「実は俺……家追い出されて……」
「は?」
「帰ったら姉ちゃんが家に友達大勢呼んでて、パーティーするから今日は帰ってくんなって言うんスよ……。それで家泊めてくれる人探してて……」
「はぁ?」
まさかの言葉に聞いて呆れた。なんだそれ。
「野瀬サン、ほんと寝る場所だけでいいんで貸して貰えないっスか……」
信じられない。二度目の絶句。こんな、あまり知らないような人を家に泊められるわけがない。図々しい奴。しかも男。絶対に嫌だ。なんとしてでも別の方向に持っていかなければ。
「彼女とか友達とか、もっと私以外に頼る人いるでしょ。なんで知り合い程度の私に頼むの」
「今日は疲れてて彼女とHする気力ないし、友達とか部活の人だとゲームに付き合わされて寝れなそうだし。とにかくゆっくり静かに眠れる場所を確保したくて……」
困り顔の黄瀬に、私は顔をしかめた。よく知らない私の家の方が、よっぽど安眠できないだろうに。こいつは何を言ってるんだ。
「ネカフェとかカラオケ行けば?」
「18歳超えてないと深夜は使えないっスよ」
「幸男ん家行きなよ。私から頼んであげる」
「いや無理!それだけは!絶対怒られるから!!」
「はぁ〜〜?」
ああ言えばこういう、の繰り返しで一向に折れる気の無い黄瀬に、私は段々と疲弊していく。何を言っても諦めそうにない。
「野瀬サン、お願い……。もうほんとトイレとかでいいんで寝る場所貸して……」
「逆にまずいでしょトイレは」
そもそも弱味を握られてしまったのだから、断るという選択肢は元から無い。ああ本当に嫌だ。黄瀬と関わるとロクなことがない。
「あー…もう……」
「お願い…!飯とか奢る!」
「空いてる和室貸すからそこで寝て。静かに、余計なことをせず、ただ寝るだけにして」
「ありがとっス!あ、ついでに風呂借りていい?」
「もういい……好きにすれば」
盛大にため息をつきながら呆れたように言うと、それに反して黄瀬は満面の笑みを浮かべる。ふと、今家綺麗だっけと考えるが、そんな気を使う価値もない人なのだから考えるだけ無駄だ。いっそのことゴミ屋敷みたいな家だったらよかった。もう二度と来ない、というか見た途端に逃げ去っていくに違いない。帰路につく中、隣でペラペラと喋る黄瀬に「はぁ」と「なるほど」を駆使して対応しつつ、私はただぼーっと濁った夜空を見つめていた。
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寝耳にミサイル