見つめる。
―――――…

「……どうした、G。」


#仁菜#がいる部屋の、一つ上の階の空き部屋に連れてこられたジョットは、首を傾けてみせる。


「どうした?…それはこっちの台詞だぜ。プリーモ。
―――あの娘は一体何者なんだ。」

「……あぁ。G、そのことについては説明したはずだ。あの子はネーロファミリーの実験体として連れて来られた民間人で―――」


「それは分かってる。だが先程の会話は何だ。元の時代に帰す?
…俺が納得できるように説明してくれ。」


「………。」


瞼を一度閉じて再び開いたジョットは、懐から数枚の書類をGに手渡す。
その書類は先程、ジョットへの調査報告としてアラウディに渡されたものだった。


Gは書類を受け取ると、素早く左右の文字に視線を走らせる。
そして、すぐさま目的の部分を捉えると凝視した。


「…………嘘だろ。」

「……。アラウディの腕は、お前も知っているはずだ。」


そこに書かれていたのは、ある実験の目的や方法、失敗作の成れの果て…そして、成功作の"一人"である沢田#仁菜#の存在。
ネーロファミリーの研究機関が所有していた書類に載せられている#仁菜#の写真、さらには所在国と生年月日なども挟まれていた。


「……こんな実験、無茶苦茶だろ。普通の人間なら即死だ。」


「…あぁ。だが、#仁菜#は生きている。」


Gは一つため息をついてから、ジョットに書類を返した。


「……近いうちに、ネーロファミリーの殲滅に向かおうと思う。守護者を集められるか?」

「―――ボスの命令とあれば、すぐに。」

「頼む。」


「了解。……んで、一つ聞きたいんだが、いつからお前は占い師のまね事ができるようになったんだ?」

「…占い師?」

ジョットはポカンとしてGを見つめる。

「超直感。もっと曖昧なものだと思っていたんだが、お前の直感があそこまで見事当たるなんてな。俺は初耳だぜ、ジョット。」


ニヤリと悪戯に笑うGの顔は、もはや数年前以降見ることのなかった親友としてのものだった。



「………ハハハ。やはり、お前にはバレていたか。
―――"カマ"というわけでもないが、少し確かめたくてな。」


ジョットはクスクス笑いながら、懐から一つの小さな指輪と小袋を取り出した。


「………その指輪は玩具か?小袋の方はお前が昔から大事にしていたものだな。今は大分薄れて分からないが確か甘い香りがしたやつだろ。」

ジョットは玩具の指輪と大差ない大きさの袋を軽く握りしめる。



「……目印なんだ。」

「目印?」

「………あぁ。」


ジョットはフワリと柔らかい笑みを浮かべる。


「幾度となく諦めようとした。
―――だが、再びチャンスが回ってきた今、オレからはもう二度とこの手を放すつもりはない。」


ジョットの呟きを聞きながら、Gは唖然とその指輪と袋の小さな二つを見つめることしかできなかった。



「―――ジョット、G。」

軽いノック音の後に雨月がドアから入ってくる。


「どうした雨月。#仁菜#の見張りをしていたんじゃなかったのか?」

Gの言葉に、雨月は苦笑した。


「それなら、狸寝入りしているランポウに任せたでござる。」


「………#仁菜#に何かあったのか?」


ジョットの言葉に雨月はポリポリと決まり悪そうに頬をかいた。


「……私よりもプリーモの方が適任だと思い、呼びにきたのでござる。」


雨月の言葉を聞いたジョットは、首を傾けながらも部屋を後にした。


空き部屋に残されたGは同じく残された雨月を見遣る。


「で、どうしたんだ。」

「――――先程分かったのだが……どうも私は、娘の涙に弱いらしい。」

「………は?」





―――――――…


涙も十分に流してすっきりしたあたしは、空になった深皿を見つめた。
お粥を食べたからか、涙を流したからか、酷く喉が渇いていた。
あたしは怠さに堪えつつも、ベッドから立ち上がる。傍に置いてあった黒色の靴を履いた。

いつの間にか着せられた黒のドレスは質素だけれど、スカート丈が踵まである。



『―――お水を飲みに行くくらい、良いよね?』


変な行動を取れば"命はない"。そう刺青さんに忠告されたことを振り切るようにブンブンと頭を振った。

長いスカートを片手で持ち上げ、裾を踏まないようにする。

寝そべりながら鼾をかいて眠っているランポウを起こさないように部屋を出ると、広い廊下に出た。
赤い絨毯が敷き詰められ、何メートルにも渡って左右に続いている。

『うわぁ……。プリーモ…初代だっけ?――――ジョットって実はお金持ち?何の仕事をしてるんだろ。資産家?』


疑問を口にしながら、廊下を右に行く。一度ぐっすり寝たせいか、多少ふらつきはあるものの大分体調は楽になっていた。


『…百年前のイタリア。つまり日本でいうところの江戸末期から明治時代あたりかな。ってことは、水道じゃなくて井戸?』

つまりは一度外に出なければならないということ。
あたしは、広い屋敷をさ迷い歩きながら階段をいくつか降り、エントランスのような広い空間にたどり着いた。おそらく目の前にある大きな扉が外へと続いているのだろう。


別に悪いことをしているわけではないのだが、つい左右の気配を伺ってしまう。
あたしは一度ゴクリと唾を飲み込むと、ゆっくりと扉を開けた。


『……。』

フワリとあたしの髪を撫でた風は、少し乾燥した秋の香りを仄かに運んできてくれる。
時代が違う、場所も違う。
部屋の中でもうっすらと気づいていたため、季節が違っていても別段驚きはしなかった。
勿論違和感は多少なりともあるけれど。


日は間もなく沈もうとしていた。日本語でいうところの"黄昏れ"の頃だろうか。
樹林に囲まれたこの建物を見上げながら、やっぱり大きいなと改めて思った。


『…そうだ、水。』


キョロキョロと辺りを見渡しながら建物の周りを歩き始める…が、見つからない。
というか、この大きな建物を一周することすら難しいことに今更ながら気づいた。


『ランポウを無理矢理でも起こして、案内してもらえば良かった。』


二回目の屋敷の角を曲がった後、未だ本調子ではない身体を庇うように建物の壁に寄り掛かり、一つため息をついた。
―――その時だった。


「―――――沢田さん、お探ししましたよ。」

男の人の声がした。
表情はよく見えないものの、背はそれほど高いわけではないが少し太った体格をしている。


『……誰?』

「僕は怪しい者ではありません。ある方からの依頼で貴女を助けに参りました。」

『あたしを?誰から助けるの?』

小太りの男はあたしが眺めていた建物を無言で見つめる。あたしが先程まで眠っていた屋敷を、だ。


『もしかして………ジョット達から?』


男は無言で頷く。


『馬鹿言わないで。彼らはあたしの命の恩人よ。看病だってしてくれたし…』


「それは、貴女に死なれては困るからです。貴女はその生を持ってこそ利用する価値があると、彼らは考えたのでしょう。」


『………どういうこと?』


「彼らは、この街を牛耳るマフィアです。」

『は?マフィア?』


「そうです。その名もボンゴレファミリー。最近できた若者揃いのファミリーですが、今やその勢力はそこいらのファミリーにも劣りません。
この屋敷こそ、ドン・ボンゴレ率いるファミリーの幹部が潜む……その本拠地なのです。」


『…………』


「―――どうやら奴らに気づかれてしまったようだ。」


遠くの方で、あたしの名前を呼ぶ声がする。



「――とにかく時間がありません。詳しい説明はここを脱出した後で行いますから。さ、お手をどうぞ。」


『で、でも…』

「早く!」


差し延べられた手を取ることに、あたしはどうしても躊躇ってしまった。

草を踏み付けながら、複数の足音がこちらに向かってきている。
あたしの頭は混乱していた。
どちらを信じれば良いのだろう。けれど、それを深く考えるだけの時間の余裕はなかった。

目の前の小太りの男は凄まじい剣幕で迫ってくる。


「良いですか。奴らは貴女が有用だと考えた。だから辛うじて生かされている。しかし、利用価値が無いと判断されれば……おそらくすぐに殺されることになるでしょう。」


『…………ッ』


"殺される"それを聞いたあたしの脳裏に蘇った光景は―――あの、血に塗れた骸達だった。


無意識に身体がガタガタと震える。



「―――お前は何者だ。#仁菜#から離れろ!」


ジョットの声が背後で聞こえた。小太りの男は、軽い舌打ちをしてからあたしの手に小粒の何かを握らせた。


「仕方ない。一週間後のこの時間、この場所にまたお迎えに参ります。それまでご決断されますよう。」


『…これは?』


「これは…眠り薬です。逃げ出す際、湯にいれて奴らに飲ませると良いでしょう。」


『毒薬じゃないという証拠は?貴方のこともまだ信用したわけじゃないし、試しにあたしが飲んでみても良い?』


「……構いません。が、四日程眠りにつくことになります。」



男はそう呟くと身体に似合わないほどの素早い動きで逃げ出した。その後を刺青さんと雨月さんが追いかけていく。


その様子を眺めていたあたしは、徐々に近づいてきた甘い香りに反射的に身体を強張らせていた。
恐怖がどんどん降り積もっていく。


「#仁菜#っ!…無事か!?」


ジョットの声だ。
あたしは、深呼吸をして左手に持たされている薬を落とさないように握りしめた。


「……#仁菜#?先程の奴に何かされたのか?」


あたしは、コクりと薬を飲み込んだ。
いつまでも振り返らないあたしを不審に思ったのだろうか、徐に肩に手を置かれる。


『――ッ、イヤ。』



けれど、マフィアの名と小太りの男に植え付けられた恐怖はいまだにあたしを支配していたため、肩に置かれた瞬間、思わずパチリと彼の手を払い落としてしまった。背後で息を呑む音が聞こえる。


『……あ。』


マズイ、と思った。
ここは平然とやり過ごすべきだった。



後悔の念と平行してあたしの心臓が、まるで耳元にあるかのようにドクンドクンと荒立っていた。
どうしよう。
頭がぐるぐると回る。



『…ごめんなさい。大丈夫だか、ら』



身体が言葉と同時に傾く。
もう、限界だ。
地面が近寄る気配を感じると共に、ゆっくりと瞳を降ろしていった。



「―――#仁菜#!」




完全に瞳を閉じる前に見えたのは、朔月の夜に浮かぶ星々と息切れしたジョットの焦り顔。




ねぇ、その顔は作られたもの?

撫でる暖かな手つきも、優しげな味の料理も、全部が全部、あたしを懐柔させるためのものだったのだろうか。

だとしたら、あたしは相当マヌケな女だ。







(―――見つめた先を信じるべきか否か……答えを出すのは一週間後)





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椿姫様、感想ありがとうございました。遅めの更新で申し訳ないです。まだまだ話数は少ないですが、愛情をこめて物語をつくっていけたらなと思います。
またの来訪をお待ちしてます。


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