人工島への上陸
――――――…
あれから数時間後、無事にこの潜水艦は島へと辿り着いた。
イルカさんはまだ本調子じゃないというローさんの御達しのため、船番となった。それから、伝令・情報収集役のアザラシさん、潜水艦の守り役としてのペンギンさんも同じく残ることになる。
逆に私は島への上陸係となったため、この間ペンギンさんから頂いた短剣をお守りとして懐に忍ばせた。
「ナツミ、準備できた?」
ベポに頷き返してから、一緒に甲板へと向かう。そこにはすでにローさんとシャチが待っていた。
「ナツミ、気をつけろよ!」
シャチに笑われながら潜水艦を降りる。目の前に広がるのは、広大な自然だった。
「無人島じゃなければ良いが…」
ローさんが少し険し気な顔をしていたため、不安になる。ログがどのくらいで貯まるのか、地形はどうなのか…情報があるのとないのとでは大分違うらしい。
とにかく進むしかないため、シャチとベポを先頭に森の中へと入っていった。
中へと進んで行くに連れて、木々は益々生い茂り、日光を覆い隠す。段々と視界が悪くなるにつれて不安が増していった。
「おれから離れるな。」
耳元で囁かれたローさんの言葉に、私は一度だけ頷いた。
「………長、………だ!」
少し先を歩いていたベポとシャチが、光に向かって走り出す。
それにつられるように、ローさんも私も歩を急がせた。
森を抜けると、広場のような所に辿りつく。
『眩し…』
どーん!と目の前に大きな蛍光色の派手な看板が見えた。
"ナチュリー島へようこそ!"
一応、無人島ではなかったことに安堵する。春島らしく、周りにはたくさんの山桜が植えられていた。今が見ごろなのか、数十人はいるであろう若い男女の人々が列をつくっていた。
「……人がいっぱいだなぁ。雌熊いねぇかな。」
「船長、この島、入場するには受付が必要みたいです。」
シャチが指す方を見ると確かに"受付はこちら"と書いてある。その先には程よく大きな白い建物がそびえ立っていた。ローさんは長い行列に顔をしかめると、ベポとシャチに受付ついでに情報を集めてくるよう伝えた。
告げると、ローさんは一人で反対側へと歩きだしてしまったため私は慌てて後を追った。
「……妙だな。」
ローさんのそんな呟きが聞こえたような気がして首を傾ける。
「……人がこれだけいるんだ。おれ達の他に、一隻くらいは停泊している船を見かけてもよさそうだが。」
『皆、島の反対側にとめている、とか……』
「………。」
一本の桜の木の下まで辿りつくと、ローさんは木に背を預けるようにして座りこむ。彼は相変わらず思案顔のようだったが、私もそれに倣って腰を降ろした。
その時だった。
『―――え。』
突然後ろから腕を引かれたため、バランスを崩す。そしてその後ろ向きのまま、私は森の中へと引きずりこまれた。
……が。
すぐにその力も弱まる。
不思議に思って後ろを振り向くと、私を掴んでいた手首はそのままで、腕と綺麗に分離されてしまっているようだった。
『………女の子?』
「―――っうぁ、僕の腕が!?」
ワンピースを着た、長髪のその子は自分の腕を見て目を見開く。まだ、私のお腹あたりしか背丈のないその子は、気丈にも溢れでる涙を拭った。
『だ、大丈夫?今止血を………ってあれ?血がでてない…』
「やれやれ…。森に入った時からおれ達の後をついてきていたのはお前だな。コイツに何のようだ。」
傍にはいつの間にやらローさんが立っている。彼は刀を抜いて、その子の首元にあてていた。
『ローさん…』
死の外科医…アザラシさんの言葉を一瞬思い浮かべたものの、すぐさまそれを払い除けた。
「……お前は何者だ。この島の住民か?」
「違うっ!僕は――」
「せ…ちょ…ー!!」
ドタバタと走ってきたのは、シャチとベポだった。受け付けに行っていたはずなのに、どうしたのだろう。
そう思って完全に油断していた。その子は再び後ろから腕を引くと、私の首元に刃物をつきつけていた。
…………が。
その子は今は片手しかないので、うまくバランスが取れずに二人して尻餅をついてしまう。
その弾みで私の皮膚が少しだけ切れてしまったようで、ピリッとした鈍い痛みが走った。それで怖くなったのだろう、その子は少し身体を震わせていた。
「「ナツミ!?」」
『………待って、私は大丈夫だから。』
「…っ!お前、トラファルガー・ローだろ。それ以上近づくと、この女の命はないぞ。」
そう言うと、その子は震えを抑えるように刃物を持ち直した。
「…おれに命令するな。」
「僕と取引をしろ。」
「………取引?」
「この島の奥に、指輪があるんだ。それを持ってきてくれたらこの女を解放する。」
シャチが顔をしかめると、こちらに歩を向けてくる。
「オイ……イ。ガ……のぶん…で―」
「近寄るな!」
その子が叫ぶと、シャチは足を止めた。ローさんは、溜息をつくとROOMと呟く。彼の指に彫られているDEATHという文字が際だっていた。ドーム状の空間が、私達と彼女を中心に広がる。
その次の瞬間には、私の身体はシャチに抱えられていた。首の手当てをされながらも、妙なデジャブに首を傾ける。
『シャチ、もしかしてローさんって…。』
「ん?ナツミはまだ知らなかったか?船長は、オペオペの実を食った能力者なんだ。」
『オペオペの実?』
「あぁ…だから、いくらあのガキが船長にバラバラに斬られたとしても、そうそう死ぬことはねぇよ。
―――それより、ナツミ!お前、せっかくおれ達が訓練してやったのに全然役立ってねぇじゃん!」
『……そんな一日二日で身につくわけないじゃない!!』
私は両頬を膨らませると、シャチから顔を背けた。
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