渦潮と考古学者

―――――――…

「………で、お前は何者なんだ。」

ベポとシャチに手当を受けながら、ローさんとその子の側に寄っていく。そのため、微かに溜息をついたローさんの言葉も拾うことができた。


「…あーあ、船長ってほんとガキにも容赦ねぇー。」


「キャプテン、いくらなんでも女の子にそれは…」


『……。』


その子は両手両足を斬られたせいで、横たわったまま歯を食いしばっていた。やはり能力というのは本当のようで、出血がみられない。はっきり言ってかなり異常な状態だ。


「……女?」


「……っ!」


ローさんはそう言って、その子の髪の毛を引っ張った。ファサっとズレ落ちた鬘の下からは、金色に輝く短髪が現となる。


「どう見たってコイツは男だろ。」

「「……え?」」


それは最近どこかで見たような姿だった。


「…………驚いたな。こんなところに最年少考古学者とは。」


さすがにローさんも予想外だったようで、目を丸くしながら言い放つ。それは私達も同じだった。
イルヴァーゼル・リース。世界最年少の天才考古学者。確か新聞では、一ヶ月前から行方不明になったとか。


「………。」


彼は無言だった。唇を悔しそうに強く噛み締めている。それを見とめたローさんは軽く溜息をついていた。


「…今後は海賊相手に無茶な行動は慎むんだな。いくらガキとはいえ、命が幾つあっても足りたもんじゃない。」



ローさんは、そう言い放つと同時にその子の腕を元通りにしてくれたため、私は知らず知らずのうちに安堵の息を零した。どうやら、シャチの言葉通りだったらしい。

ローさんの「行くぞ。」の言葉に、私達は俯く彼を気にしつつも背を向けて歩き始めようとしていた。




「―――――た…けて……さい。」


一瞬聴こえた嘆願の言葉尻。足を止め振り返った先には、リース君が地に頭を押し付けている姿だった。


「……キャプテン。」


「ベポ、海賊はボランティアじゃないんだぜ。」


『…………』



ベポがローさんを見遣るが、シャチがそれを制する。ローさんはただ黙ってリース君を眺めていた。


『…あの……話しだけでも………聴いてみても、良いんじゃないかな?』


思わず、呟いてしまった言葉。言ってしまってから我に返って口を塞ぐも、既に私の言葉は空気を振動させローさんの耳にも届いてしまった後だった。ローさんからの鋭い視線が痛い。けれど、ここまできたらもう自棄だ。
できるだけ、合理的な理由を続けようと思考を巡らせる。


『……未知の島の情報は重要なんでしょ?ローさんの違和感の答え、リース君がもしかしたら知っているのかも。』


「「違和感?」」


ローさんは少し思考するそぶりを見せた後、リース君に近寄っていく。私も、少しでも音が拾えるようにと歩みを進めた。


「………質問に答えろ。」


「……僕のお願いはきいてくれるの?」


「………それはお前の持ってる情報次第だな。嘘はつかねぇ方が身のためだ、とでも言っておく。」


リース君は少し顔を蒼褪めさせながらも頷いた。



「………まず、この島は何だ。状況からして無人島だと思っていたんだがな。」


リース君はローさんの質問にゆっくりと頷いた。
彼の話しをまとめると、こうだ。
ここは元無人島。けれど、ある組織が一ヶ月前に買い取って、改造した人工島らしい。組織の科学力を駆使した海底アトラクションを楽しめるのだが、その存在は一部にしか知られておらず富裕層の若者のカップルを対象としたものなんだとか。


『……………カップル?』


「キャプテン、それは本当だよ。受付に行った時におれ達言われたもん。……正真正銘の男女カップルでないと入場できませんって。」


ずーんという重たい空気を醸し出しながらも、ベポが話す。不思議に思ってシャチに視線を向けると、彼は苦笑しながら答えた。


「ベポは受付の奴らに'人間の'って、いやに強調され――――。!、船長!」

「…あぁ。」


シャチは言葉を不自然に途切れさせると、私の身体が傍の木々の間に押し込まれた。
隣を見ると、ローさんもリース君を抱えて大木の後ろに潜んでいる。ベポもその身体に似合わない俊敏さで叢に紛れていた。


ピリピリとした気配と、殺気。ローさん達が臨戦体制をしつつ息をひそませる中、数人の白衣を纏った男達が先程私達がいたまさにその場所に侵入していた。忙しく口元は動き回り、その様子からして穏やかではない。

私は緊張からか、額に汗を滲ませた。


「…多分、あいつらは貴方達を捜してる。この島では、カップルじゃない上陸者への監視の目が厳しいんだ。」


リース君は、私達に気づかずに行ってしまった白衣集団を見送ると、呟いた。


「………それで。島の周りに停泊している船が一つもない理由は?」

「多分、海の底。粉々だと思う。」


「………なぜ?」


「……渦潮だよ。どうしてかは分からないけど、船を停めた数時間後、必ず島の周りに大きな渦潮ができて、船を飲みこんでしまうんだ。――――この目で見たから、それは確かだよ。」


ローさんは眉を潜めた。


「その渦潮の大きさは?」


「いろいろだよ。………小さいものからすごく大きいもの……部分的に発生するものと島全体に大量発生するときもあったな。大きく大量の渦潮が一度起きちゃえば五日間はおさまらないよ。」


「この島は何日でログが貯まる?」


「確か、一日だったかな。」


ローさんは、宙を仰ぐそぶりをすると何やら呟いている。
暫くしてローさんはシャチに視線を向けた。


「アザラシからだ。」


ローさんの言葉に反射的に身体をすくませる。アザラシさんは、私のちょっとしたトラウマになってしまったようだ。



「………。船を島から離れたところに移動させた。どうやら、人工物と思われる巨大渦潮が島の周囲にいくつも出現したらしい。」


「暫くは潜水ですか?」

「そうなるだろうな。」


ローさんの答えに、シャチは「うわーアイツら可哀相」と笑う。
ハートの海賊団の船は潜水艦であるため、自由自在に潜れるのだが…如何せん長期の潜水というものは、中にいる人間にとってあまり環境がよろしくないらしい。




「……で、考古学者がなぜこんな島にいる。」

「しかも女装までして…」


リース君は表情を曇らせると、暫くして話し始めた。


組織は元々王都カルディナの王族専属の科学者集団だったんだそうだ。リース君もカルディナに身を寄せていた頃、ナチュリー島に遺跡が発見されたということで、科学者集団とリース君がこの島に極秘で派遣されたらしい。けれど…。



『………乗っ取られた?』


「うん。突然変な集団がこの島にやってきたんだ。反抗する人は次々と殺された。」


「………お前、よく生きてたな。」

シャチが驚き声をあげた。
リース君は一度息を呑んだ後、小さな声で「…隠れるのは得意なんだ」と話す。
ローさんは、リース君を黙ったまま見つめていた。



「…キャプテン、これからどうするの?」


「……とりあえずは、渦潮を完全に止める方法を探さねぇとな。それには―――――」





私は、この先に告げられたローさんの言葉に驚きから目を見開くことになる。
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