無謀な入館資格

―――…


「―――彼氏のロージャン様、彼女のナツミ様ですね。受付が終了致しましたので、中に入って検査を受けて下さい。」


『…………。』


受付の女性の言葉に、私は緊張しながら隣にいるローさんと共に緑の線が浮き出ている空間をくぐって入場した。正直、先程から言いようのない不安と胸のざわつきに溜息が零れでる。




私とローさんがカップルの振りをしている理由、それは至ってシンプルだった。この島の内部を探るためだ。聞けばこの島は渦潮のように島の中央部に行けば行く程地下へと降りることとなり、海底をガラス越しに眺められる作りとなっているらしい。
ベポとシャチは一度顔を見られてしまったため、必然的に私とローさんがカップル役を担うことになった。ベポとシャチ達は島の周囲から内情を探る手筈になっている。



ここはアトラクションでもあるため、武器類は基本持ち込み禁止。ローさんの太刀も私の短剣も、ベポに預かって貰っている。また、私の補聴器も没収される恐れがあることから、髪を降ろし一見補聴器をつけているのがバレないように対策をしていた。
一方、賞金首であるローさんの素性もおそらく知られているだろうとのことから、ローさんは帽子を脱ぎ、サングラスをかけ、白いワイシャツと黒いスラックスという軽い変装を施していた。ロージャンという名前は、ローとサージャン(外科医)を掛け合わせた造語である。


因みに、これらの衣装は全てリース君が見つけてきたものだ。どうやら、一度アトラクションに入場したカップル達の衣装は、この島のとある場所に捨てられてしまうらしい。私自身着ている白いワイシャツに青いプリーツスカートを眺めると……以前これを着ていた人達の安否が気になった。




「………で…、……い。」


『……へ。』


入口から、ローさんと一緒に個室に入った私達は目の前の白衣を着た女性に首を傾ける。距離が遠かったためか、彼女の言葉が聞こえなかった。


「……ここで、水着に着替えろと言っている。」


『あ、……はい。』


ローさんに囁かれた言葉に頷くと、女性から水着を受けとった。
そして、考える。


『………あの、更衣室は……。』

女性を見遣ると、少し首を傾けて妖しく微笑んだ。それから、女性はゆっくり口元を動かすとドアから出ていった。


「………カップルならその必要はない、ってことか。おれは構わねェが、どうする。」


『………女心としては複雑ですけど仕方ないですね。お互いに反対側を向いて着替えましょう。』


「………。そうだな。」



私はローさんに背を向けながら、手早く水着……黒のビキニに着替える。スカートをはいていたこともあり、それほど着替えに手間取らなかった。水着のサイズがピッタリであったことは少しばかり驚いたが、入口の光はこのためかと微妙に納得した。


"ナツミ、船長を頼んだぜ。お前ももう知ってると思うが、悪魔の実を食ったんだ。この意味、分かるな?"



それよりも、心配なのはこの水着だ。海底アトラクションと言われているならば、やはりシャチが危惧していたように、海水に触れる機会があるということだろうか。つまり、もしそういうことが起こった時には、私がなんとしてでもローさんを助けださなければならないということだ。


着替えが終わって振り向くと、すでにローさんは先に終えていて壁側を向いている。見えた背中には入れ墨が彫られていて、ローさんの船の海賊旗同様のマークが描かれていた。それからすぐに我に返ると、もう振り向いても大丈夫であることを伝えた。


『……すごい入れ墨ですね。』

「……まぁな。」


彼の視線が交わると、どこか気恥ずかしい感じがした。ごまかすように、私は少しだけ視線を逸らせると、彼のサングラスについて言及する。変装のためのサングラスはすでに取られていたのだ。


「…サングラスも取る必要があると、あの女がな。思った通りだ。」


『……え、大丈夫ですか?もしバレたら。』


「こうなると、バレたらバレたでだな。特に問題はない。それよりも―――」


ローさんはそう言うと私の右頬に掌を宛ててくる。



『……ロー、さん?』




そしてそのまま髪を撫で付けた。






「………補聴器が見えていた。おれの心配は良いから、お前はそいつがバレねぇよう気を配ってろ。」

『…………はい。』



暫くして先程の女性が入ってくると、ローさんは彼女に何かを言い付けているようだ。女性は奥に引っ込むと、再度この部屋に入ってきた時には薄い上着を持ってきていた。ローさんは、それを受け取ると私に着せてくれる。チャック付きのパーカーだったようで、ローさんは私の頭に帽子も被せてきた。


「……お前は、寒がりだからな。肩と首を出すとすぐに風邪をひく。ちゃんと着込んでおけ。」


少し大きめのローさんの声は、おそらく女性にも聞こえたことだろう。


『…ありがとうございます。』


彼の意図を察した私は、ローさんに被せて貰ったパーカーの帽子を両手で掴む。
パーカーを二着用意してもらったらしく、もう一着はローさんが羽織った。


私達はそれから女性に促されて部屋をでると、三列×三列の複数ある二人掛け椅子の一つに座らされる。私達は丁度真ん中の席で、他の席は既にカップル達が座らされていた。
奇妙な所だ。授業でも行うのだろうか。目の前にあるのは教壇で、思わず眉を潜めた。


白衣を着た男達が部屋の周りを囲んで、何やら忙しくメモをとり続けている。中には画面の前に座って、キーボードを打ち込んでいるものもいた。


白衣を着た男達の中で、一番年配の男が教壇にたった。
彼が何やら話し始めると、周りの空気が揺れる。何を言ったのだろうと不安になり、隣のローさんを見上げようとすると。


「心配ない。お前は堂々と前を向いていろ。」


そう耳元で囁かれると、私の髪を撫でるようにして補聴器が取り払われた。途端に広がる無音の世界。ローさんはそれを自身のポケットに入れると座椅子に座り直した。……何かを聞くな、ということだろうか。彼を見つめると、一度だけ頷かれたため、やはりそういうことらしい。


壇上にいる男が、何やら前にいるカップルを指して口を開く。そのカップルを見たところ、かなり動揺している様子が伺われた。一体何を言われたのだろう。顔を赤らめながらも彼氏の方が忙しく話すと、男は満足げに頷いた。次に指されたのは、私達の斜め前のカップルだ。黒髪を二つに高く結い上げた女性と、短髪の男性だ。そのカップル達は特に焦ることもなく、スラスラと答えているようだった。

そして、逆斜め前のカップルの番になった。見ただけで、二人とも顔色が悪いと分かる。彼氏が口早に何かを言うと、その瞬間に――――――椅子が爆発した。


『……………え。』


そのカップル達が倒れていくのをスローモーションに感じながらも思わず立ち上がろうとする。
けれど、ローさんの手でそれは制された。


『………どう、して。早く手当をしないと。』


呟くと、ローさんは首を横に降る。無言で前の椅子に指をさされると、そこにはOFFと書いてある小さな機械が備えつけられていた。一方で、爆発した隣の椅子を見遣るとONの表示が出されている。


『……もしかして、立ち上がったり、逃げ出そうとしても?』


ローさんはゆっくりと頷くと、鋭い視線を白衣の男に向けた。
そして、その視線に気づいた男はニンマリと笑うと私達を指さす。ローさんの方を僅かに見遣ると、彼は何食わぬ顔でただ口を動かしていた。


『………』


それから、ローさんの堂々と前を向いていろという言葉を思い出し急いで前を向く。視界の端では、先程爆発した椅子に座っていたカップルが、何人かの白衣の男達に運ばれているところが見えた。


私がそれを見届けている間に、年配の白衣の男は私達の隣のカップルを既に指して何やら口を動かしている。どうやら私達の番は終わったらしい。


それから数回。間を置いた地響きが起こった後で、ようやくこの場所から解放されることとなった。


『……………っ。』



……おそらく切れたのだろう。口の中は、鉄の味で広がっていた。
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