対照的な鼓動に
―――――…
白衣の男達の合図と共に、私達はカップル別に移動を開始した。
震える身体を鞭打ち、ゆっくりと歩を進める。私の気持ちを知ってか知らずか、ローさんが私を支えるようにして次の部屋へと促してくれたため有り難かった。
『………控室?』
そこは個室だった。何もない真っ白な部屋。どうやらこれからアトラクションに入れるらしく、カップル毎の移動のため、ここで待機をしていなければならないらしい。
ぐるりとローさんは鋭い視線で周囲を見渡してから、一つ溜息をつく。彼はすぐさま私の補聴器を丁寧にとりつけてくれたため、限りのある私の音の世界が再び戻ってくるのを感じられた。それだけじゃない、ローさんは、おそらく滲んでいたであろう私の唇に付着した血液を拭ってくれた。
「……良い子だ。よく堪えたな。」
頭に乗せられた掌の重みと、耳元で囁かれた言葉に、一度だけ強く瞼をつぶって気持ちを追い払う。私達には目的があるのだ。いつまでもくよくよしていたって、起こってしまった事実は変えられない。
私は、場の雰囲気を変えるように瞼をあけると、ローさんに笑いかけた。少し顔の皮膚が引き攣ったが、そこは目をつぶってもらうしかない。
『………ところで、先程は白衣の男に何を聞かれていたんですか。』
ローさんは頭に乗せていた手を降ろすと口端を僅かに上げて妖しく笑う。それはそれは楽しそうな表情だった。
「………そうだな、簡単に言えば各カップルのプロフィールだ。初めから今までの、な。」
『………初めから、今まで?』
「あの椅子には心拍や体温を測定する機械でも取り付けてあったのだろう。少しでも間違えたり嘘を言ったカップルの椅子は爆発していたな。」
『……。プロフィールって……、何を。』
「………知りたいのか?」
『………。やっぱりいいです。』
「賢明だな。」
それから暫くすると、ドアが開き白衣の男が私達を呼ぶ。
彼は私達を見遣ると、「最後の検査です」と言い放った。
「――ここで口づけを交わして下さい。」
『…………は?』
思わず、私はローさんを見遣る。どうやら私の聞き間違いではなかったようで、ローさんの眉間にもしっかりと皴が作られていた。
白衣の男曰く、「カップルなら当然です」らしい。人前でキスすることに、どこに当然さがあるのだろう。けれど、それは私の考えだ。とりあえずはローさんの判断に一任しようと彼を仰ぎ見る。
ローさんは、少し思案した後に私に向き直ってくれた。彼の真剣な表情に、私はコクりと唾を飲み込んだ。
「………良いか?」
私は、ローさんの言葉に一度だけ頷く。
ローさんは、私の右頬に手を添えると顔を近づけてきた。空気を察し、私は静かに瞼を閉じて顔を上に向ける。ローさんに身を任せるような自身の行動は、私の胸の鼓動をより揺らがせていた。
お互いの吐息がかかり始めたその時だった。
「―――ROOM。」
ローさんの声が聞こえる。
ローさんの気配が今の一瞬で離れた気がして私は静かに目を開いたが、目の前にいるはずの彼の姿は既に見当たらなかった。
「―――メス」
次に聞こえたローさんの言葉に、私は振り返る。見ると、傍で私達のキスシーンを監視していた白衣の男の胸をローさんの腕が貫いているところだった。
「……え。」
「やれやれ…、おれはどうも他人に指図されるのが嫌いでね。」
彼の手には透明な四角い箱が乗ってあり、その中には……見間違いだろうか、今だに拍動しつづけている心臓があった。
「は、…え?おれの心臓!?」
「そうだ。」
ローさんは、口端を上げると掴んでいた心臓を握りしめる。それと同時に、白衣の男が胸を押さえて倒れ、苦しそうにのたうちまわっていた。
ローさんがその男の傍にしゃがみ込むと、彼に心臓を掲げてみせる。
「―――これを握り潰せばお前は確実に死ぬ。」
「…お、前……どこかで見た顔だと………思ったら……死の外科医…ハートの海賊団船長か。ハァ、なぜ、お前がここに……!」
「……あぁ。渦潮が少し邪魔でな。停めるスイッチ、あるんだろう?どこにある。」
「…………。」
答えない白衣の男に、ローさんは再び心臓を握りしめた。男は苦悶の表情を浮かべる。
「……この…建物の一番…下だ。」
「……指輪は?」
「!…なぜ、お前が…そんな…ことまで!?」
ローさんはパーカーの内側のポケットに心臓をしまった。
「まぁ良い。……立て。お前にはこの先を案内してもらう。少しでも不審な行動を取った場合は−−−分かるな?」
白衣の男は顔を蒼褪めながらもゆっくり立ち上り扉を開けてくれる。
ローさんから放たれる威圧感は強く、私は彼との最初の出会い−−−甲板で刀を向けられていたあの場面をついつい思い浮かべてしまった。
私達は彼に大人しくついていくと、黒い燕尾服を着た男が現れ、彼に恭しくお辞儀をされる。
「ようこそいらっしゃいました。――まずは不躾な検査をお許し下さい。最近は興味本位でこの施設に潜り込もうとしている輩が後を断たないため、このような手段をとらせていただきました。」
「……おれ達は構わねェよ。その代わり、存分に楽しませくれるんだろ?」
「勿論でございます。私が責任を持ってこの先を案内いたします。…おい君。」
燕尾服の男は、白衣の男を睨みつける。下がれ、ということが言いたいのだろう。それを感じたのか白衣の男は更に顔色を悪くさせていた。
「あぁ。悪いんだが、その案内はこいつにさせてくれないか?」
「…左様ですか。……お客様が、そう申すなら。君、良いかね?」
「…は、はい!」
白衣の男の裏返った返事に、ローさんはまたニヤリと笑った。