子猫と秘密の話

――――――――…


「ナツミ、大丈夫かな…」

ベポが不安そうに頷くと、シャチは苦笑した。


「お前、それ何回目だよ。大丈夫だって。船長も着いてるんだし!」


シャチはそう言うと目の前にいるリースに目を向けた。自分達は船長の命を受け、リースの監視を含め、現在進行形で島の周囲の探索をしているところだった。


「……ここが、僕がよく来る海岸。丁度この島の西側に位置しています。」


ぎゅおおおお


リースの言葉通り、目の前には酷く見慣れた海原と、見慣れない巨大な渦潮がいくつも発生していた。

「……すげー。これは、船長がさっさと遠ざけてくれなかったら……俺達の船もヤバかっただろうな。」

シャチはそう言いながら、拾った丈夫なしなる枝に、懐から取り出した釣り糸をつけ始める。


「……シャチ、何してるの?」


「んー、ちょっと確認。なぁ、リース。お前ちょっとこっちに来てくんねぇ?」


「……はい?」


近寄ってきたリースに釣り糸を縛りつける。解けず、ピッタリと身体に巻き付いていることを確認すれば、シャチは満足そうに頷いた。


「―――じゃ、まぁ釣りでもすっか。さーて獲物はいるかなー。」

シャチが竿を持って、崖下の海岸へと釣り糸を投げ込もうとした瞬間だった。


「って、ちょっ…ちょっと待てぇぇぇぇ!!」


「…ん?」


「ん?じゃない!!僕を殺す気かアンタ!」


「シャチ……」


「んな心配すんなってベポ。こんな生きの良い餌だったら、良い獲物も釣れるぜ、きっと。」


「良い獲物…キャプテンも喜んでくれるかな?」


「そこの白熊ぁぁ!何揺らいでんの!何涎垂らしてんの!僕を餌にしても何も釣れないよきっとぉぉ!」


「…白熊ですみません。」


「うたれ弱っ!いや、きっと海王類あたりがうまい具合にパクリと…」


「ふざけんなぁぁ!!―――って、あ、………ミャアぁぁぁ!!」


リースはそう叫ぶと同時に、ポンっという軽い音が上がる。
その瞬間、リースの身体が消え、代わりに白色をベースとしているが、片耳と尻尾が金色の小猫が釣り糸から抜け出して崖下へと落ちていった。


「…やっぱりな。ベポ、竿をしっかり持ってろよ。」


「ア、アイアイ!」



シャチは釣り糸を掴むと躊躇いもなく崖下へと飛び込む。途中で気絶している小猫をキャッチすると、安堵の溜息をついた。





―――――――…



「……船長の睨んだ通りだったな。」


「え、キャプテン?」


シャチは、今だに目覚めない小猫を見遣ると頷く。


「コイツ、言ってただろ?組織は元々王都カルディナの王族専属の科学者集団で、コイツもこの島に一緒に派遣されたって…。」


「うん。でも変な集団に乗っ取られたって。」


「…極秘で派遣されたのにか?偶然、近くにいた海賊に遭遇した結果皆殺しにされたっつー話なら分かるけどよ。内通者いるぞ、それ。」


「じゃあ、この子が内通してたってこと?」


「それも微妙なんだよな。ただ、大した武器も持たずに、年端のいかねーガキが今まで生延びてるっつーのが.......気になってさ。」


「……シャチって意外と頭良かったんだね!」


「うるせー。…んで、船長曰く、考えられる理由として三つ。一、乗っ取った集団の仲間だった。二、逃げおおせるくらいの能力がある……つまりは悪魔の実の能力者。三、その両方。だと。」



シャチはごそごそと懐を探ると、一つのビンを取り出した。


「…さて、お前は二と三のどっちだ?」


シャチは静かに口角をあげた。


「カッコつけてるけど…それ、もしかしてアザラシから?…自白剤?」


「ん…あぁ、そうだけど。」


「今度は濃度、大丈夫?」


「え、あぁ、大丈夫大丈夫。多分。」


「この子、まだ子供だから……。子供の場合大人に入れる量より少なくしないといけないって、前にキャプテンが言ってたけど。」


「………。」


「あー!忘れてたでしょ。キャプテン、また怒るよ、ナツミの時みたく!おれ、巻きぞえは嫌だからな!」


「………言っておくけど、僕は二だよ。」



シャチが顔を蒼褪めさせていると小猫の姿になっていたリースは既に人間の姿となってシャチとベポを見つめていた。


「お。おぉ、お前もう目が覚めたのか?気分はどうだ。」


「………最悪だよ。」


「アハハ、それは悪かったな。」

リースはシャチを睨みつけながら自身の懐を探る。そこから一枚の紙を取り出すと、彼の目の前に見せ付けた。


「……ん、なんだコレ。」


「見たことのねぇ文字だなー。」

シャチとベポが揃って首を傾ける。リースは、溜息をつくと紙をまた懐に忍ばせた。


「ウエストブルーに昔あった……オハラという島。この島の名前に聞き覚えは?」


ベポは首を傾けたままだが、シャチはどこかで聞いたことがあるのか、思い出そうと宙を睨んでいた。


「………。何年か前に、政府によって消された島だ。僕の名前は、その島の元学者だったおじいちゃんがつけてくれたって聞いた。」


「お前…。」


「もちろん、実際には会ったことはないし、会ったことがあっても覚えてないよ。おじいちゃんが殺された時、僕はまだ二歳で物心つく前だったし。」


リースは下を向くと唇を噛み締めた。


「いろいろあって、故郷を出ないといけなくなってさ。どうせだったら、おじいちゃんが命をかけてまで守ったものが何なのか、この目で見たかった。だから、遺跡が発見されたこの島にも来てみたんだ。ちょっと確認したくてね。でも…」


シャチとベポは黙ったまま、リースの言葉の続きを待った。


「……乗り込んできたあいつらがその遺跡を壊し始めたんだ。
まぁ、その遺跡が僕の目的のものじゃなかっただけマシだったんだけど。」


「目的のもの?」


ベポの言葉に頷く。


「………ここに書かれてあるのは古代文字。僕は、ポーネグリフを探してる。今はまだできないけれど…いつか必ず解読してみせるんだ。」




リースの言葉に、シャチは絶句した。そして思い出したのだ。オハラというある意味有名な島の名前を。



「………お前、意味分かって言ってんのか?」


「分かってるよ。問答無用で死刑確実なんでしょ。だから、悪魔の実を食べた。少しでも身を守るために。」


「………じゃあ、なんで指輪が必要なんだ。ナツミを人質にしてまでよ。」


シャチの言葉に罪悪感が蘇ったのかリースは、しょんぼりとうなだれた。


「あのお姉さんには悪いと思ってる。あとでちゃんと謝るよ。」



それきりリースは口をつぐみ、シャチの質問に答えることはなかった。
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