人質と海の警察

―――――――…



「―――こちらが目玉アトラクションである、海底ジェットコースター。カップル仕様になっていて、二人の中を深めるのに最適です。いかがで――」


「乗らねぇ。」

『………。』


「…そうですか。では、こちらの海水入りコーヒーカップはいかがでしょう。海のなかでイチャつける自慢のアトラクションです。」

「……おれから逃げ出そうったって無駄だ。そもそも能力者が乗れるわけねぇだろ。」


『……アハハ。確かに。』


白衣の男が先頭を歩きながら、次々と現れるアトラクションを説明していく。ローさんと言えば、先程から口角をあげて、その白衣の男の動作に目を光らせているようだった。
私は、その様子を見ながらただ空笑いを漏らすことしかできない。

「アトラクションはいい。さっさとおれ達を地下に案内しろ。」


「は、はい。…ここからが丁度螺旋通路になってまして、所謂海底水族館です。この通路を最後まで行っていただくと地下になります。」


白衣の男は早口でまくし立てながら説明をする。緊張からか、少し大きめのその声は、私の耳にも十分に届いていた。



螺旋通路を下りながら、周囲の海底を見遣る。ガラス張りにされた壁の向こう側は海が広がっていて、見たこともない生き物達が悠々と泳ぎまわっていた。




「……アザラシと何かあったのか?」


突如として聞こえた低音に、ローさんへと目線を合わせる。彼の視線は白衣の男に向けられたままだった。


『何にも…ないですよ。島に来て初めてのことばかりで、少し戸惑っているだけです。』


「……嘘をつくな。お前の様子がおかしいのは、上陸前からだろ。」

『………。』


「……アザラシからの連絡の時は過敏に反応していたしな。」


ローさんの洞察力には舌を巻く。きっと、こんな風に周りを見れる彼だからこそ、みんな彼を慕ってついてきているのだろう。



『………私、この島に置いていかれるんですか?』


「………、アザラシがそう言ったのか?」


ローさんの静かな声に、ゆっくりと首を振る。


『…次の島まで乗せてってくれるっていうのが…………約束だったから。』


「………。あぁ、思い出した。そういや、そんなことも言ったな。」


『……やっぱりここでお別れなんですね。』


ローさんは立ちどまると私に視線を向けてくれた。


「…だが、こうも言ったはずだぜ。お前が努力しつづける限り…協力してやるってな。」


『……でも、それは。』


「安心しろ。ただで俺の船には乗せねぇよ。おれの助手として、精々こき使ってやるさ。」


『…………、』

「……不満か?」

『――――逆ですよ、ローさん。』


私は少し歩き出してから、立ち止まって一息をつく。
ローさんの能力は恐ろしいけれど、今のところはまだ誰も殺してはいないし、そもそも私はその能力のおかげでここにいるのだ。でなければ、とっくに死んでいた。なんだかんだで私のことを気にかけてくれる、この人のヒトトナリを信じたいと思った。


『これからもよろしくお願いします、船長。』


振り返ってローさんを見上げると、私が出来る精一杯の笑顔を見せた。


「………。」



ローさんは間をあけてから口端をあげる。彼が私の隣を通り過ぎる際に二、三度、頭を軽く叩いたのだが、その行動が彼の返事のようで、どこかくすぐったい気持ちにさせられた。





暫くすると白衣の男が立ち止まる。その先には三つの扉があった。

「この扉の先に、渦を停める装置があります。」


「……どれだ。」


「こちらです。」


そう言って、白衣の男が扉を開けると中に入る。ローさんの後を追うように中に入ろうとすると、突然右腕を後ろに引かれた。


『………っ!?』


口を塞がれてしまったため、なす術もないままにローさんが入った部屋とは別の部屋に連れ込まれてしまった。


「……貴女、大丈夫だった?」


鈴を転がしたような可愛らしい声色に目を向ける。黒髪のツインテールをした可愛らしい女性がしゃがんで私を見つめていた。


「……死の外科医に連れられていただろ。こんな島だからな。脅されたのか?」


黒髪の青年も、彼女の隣にしゃがみ込むと彼女と同じように私を覗きこんでくる。


『貴女達は………、確か爆発の時に……。』


「安心して。敵じゃないわ。貴女も保護してあげる。」


『……保護?』


「おれ達は海軍だ。実態調査とこの人達の保護のため極秘でこの島に潜りこんだ。」


周囲を見渡すと、カップル達が奥に座りこんでいた。チラホラと見える倒れた男女は、この施設を牛耳っている組織の人達に違いないだろう。この二人が倒してくれたのだろうか。


「まさか、ゾウマットの他に、トラファルガーもこの施設にいたとはなー…。」


『ゾウマット?』


「ん?あぁ、ゾウマットはこの施設の首謀者。懸賞金五千ベリーの小物海賊だが、奴のバックが厄介でね。」


『奴のバック?』


「あぁ。奴を捕らえてその後ろの奴らも芋づる式に―――」


「アダム海軍大佐。何一般人に極秘情報を漏らしてるのよ!……貴女も、このことについてはもう何も聞かないで。」


ツインテールの彼女は、彼と私を睨みつけた。


「ごめんごめん。それにしてもイヴちゃんは堅いなぁ。お兄ちゃん、少し寂しいよ。」


「今は仕事中です、大佐。公私混同するなら、もう口も聞きませんよ。」


『………、』


「それは嫌だな………んじゃ、仕事しますか、イヴ少尉。君は他の人達とここで待っててね。」


二人が扉を開けて出ていこうとした時、私は思わず立ち上がった。

『…ローさんも捕まえちゃうんですか?』

私の言葉に、彼らが振り向く。


「当たり前よ。……私達は海賊を捕まえることが仕事なんですもの。」


『ローさんは…悪い人ではないと思うんです。彼のことは見逃してくれませんか。』


そう言うと、彼、アダム大佐はガシガシと頭をかいた。


「参ったなー。君、もしかしなくてもトラファルガーに感情移入しちゃったんだね。」


『……感情移入?』


「……たまにいるんですよ。海賊に連れまわされた人質が、海賊の肩を持つ病気で、シーホステッド症候群なんて呼ばれています。」


シーホステッド症候群?
聞いたことはない病名だが、恐らくはストックホルム症候群と似たようなものだろう。
ストックホルム症候群…極度な臨場感の中にいた人質がセルフマインドコントロールをすることで、少しでも自分の生存率を上げようとする自己防衛本能。つまりは、犯人と生活を共有する中で、諸々の理由で人質は好感を抱き…ついには犯人を庇うといった行動も取りうる。




『………私、』


「まぁ、でも大丈夫。海軍に保護された人質はみんな元に戻ったから。」


その時だった。ドーンという激しい横揺れと地響きに立っていられなくなり座り込む。部屋にいたカップル達は悲鳴をあげ、より縮こまってしまったようだった。


「……どうやら、お隣りで戦闘が始まったみたいだね。イヴ少尉、行けるかい?」


「当然よ。さっさと片付けましょう。」



そう言って彼らは部屋を出ていった。
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