海と海の境目に

――――――――…

徐々に激しくなる地響き。
私は次の行動が取れず、地べたに座ったまま動けなかった。



"……聴こえる?"


突如として聴こえた声色に、思わず周囲を見渡すが、誰も私に話しかけてきている人はいなかった。
そして、思い当たった彼の能力に、恐る恐る返事を返してみる。


『……もしかして、アザラシさん?』


"そう、僕。……で、船長は一緒?さっきから連絡が繋がらないんだけど。"


『いえ、ローさんは隣の部屋でゾウマットっていう人と、海軍の二人と闘っているかと......思います。』


"……思いますって、随分人事だね。"


少し怒気を含んだアザラシさんの声色に肩を揺らしながら、続きを待つ。
それから、数分後再び彼の声が聴こえてきた。



"もういいよ、今シャチとベポをそっちに向かわせた。渦潮も消えたし、僕達も後から向かうから。じゃあね"


『あ、あの!私は何を…』


"………僕、タダ飯食らいは嫌いなんだよね。大体なんで君、船長がピンチなのに動けないかな。仲間になったんでしょ?"



『…………。仲間?』



"あー本当、これだから鈍感娘はイヤだ。………パーソナルスペースが極端に広いあの船長が、君に船に残ることを許したんでしょ。これが聞きたかった答えなんじゃないの?"


『……海軍の人達に、私はシーホステッド症候群にかかってるって言われました。』


"ふーん。………で?"


『私がハートの海賊団と一緒にいたいと思うのは、自己防衛本能だって………』


"それでまたうじうじしてるわけ。悩むより、まずは君ができることをしたらどう?それに僕は医者じゃない。気になるなら船長に診察してもらえば良い。"



『………………私、今から助太刀しに行っても大丈夫かな?足手まといじゃない?』



"そんなの自分で考えなよ。…あ、でも武器も何も持たずに敵中へ飛び込むのはやめてよね。逆に船長の邪魔になるから。"


それから通信が途切れた。
厳しいことを言いながらも、声色は随分柔らかくなったアザラシさんに目を丸くする。私が助けに行くことにも否定しなかった彼が、どこか意外だった。




私は周囲を見渡して、倒れている白衣の人達の懐を漁る。
思った通り、何本かの短剣が出てきて…その中でも一番使いやすそうなものを選んで懐にしまった。


『皆さん、ここもいつまで保つか分かりません。早く上に避難してください!』



カップル達にそう呼びかけると、私は部屋を飛び出した。



―――――――…



隣の部屋を開けた時、私はその光景に立ちつくした。

辺り一面はガラス越しの海底で、先程の黒い燕尾服を着た男とイヴさんが短剣で闘っている。
ローさんは…と辺りを見渡すと、丁度闘っている場所とは反対側のところで倒れているようだった。その隣には、先程のアダムさんも同じように転がっている。

私は、燕尾服の人に見つからないよう物陰に隠れながら、ローさん達のところへと向かった。


『大丈夫ですか!?』


見ると、彼らの両腕には手錠がかけられている。海楼石、だろうか。


「……来たか。斬るもん、何か持ってるか?」


私は、懐から短剣を取り出すとローさんの手錠を外しにかかる。


「−−−良い子だ。落ち着いてやればちゃんと外れる。」


『.........っはい』


「悪いな、岩塩屋。おれのこれはお前達が持ってきた海楼石の手錠じゃない。海軍妹の隙をみて普通の手錠に代えさせてもらった。」



お前のソレは本物だが、と言うローさんに向けて隣のアダムさんが何かを叫んでいたようだが、距離が離れていたこともあり僅かにしか聞き取れなかった。



『…アダムさんも助けますか?』

「…隣の奴は気にするな、今外しても邪魔だ。闘いが終わった後にでも、あの女が外すだろう。」


手錠を外してから、ローさんは口角を上げる。アダムさんは悔しそうに眉を寄せていた。


そこから先は一瞬だった。アダムさんからたった今奪った長剣を持って、ローさんは今もなお闘っている二人へと近づいていく。
私も彼に遅れないように、足早に移動した。


「…海軍妹、ご苦労だったな。わざわざお前達が手錠をかけてくれたお陰で、余計な力を使わずにコイツを倒せる。」


「な、トラファルガー!!貴方、手錠は!?」


「−−−−あぁ、仲間の経験の道具として使わせてもらった。今度からは、手錠をかける前に素材をちゃんと確かめた方が良い.....とでも言っておくぜ。」


彼女の言葉にローさんは笑う。
ROOMとドーム状の空間を発動させると、長剣を振り回した。


「………くそ!」


間一髪でイヴさんは逃れたようだが、ゾウマットは両脚を斬られて床に身体を沈めた。
そしてその瞬間に投げ出された光るものを、思わず受け止めて見遣る。それは、光輝く琥珀の指輪だった。


『………この指輪、もしかしてリース君が言っていた?』


「それは私のだ!返せ!」


怒鳴り散らすゾウマットに後退ると、それに比例してローさんは彼に近づいていく。
それで、自身の最後を察したのか、ゾウマットは懐からスイッチを取り出した。


「こうなったら、貴様らも道連れだっ!!」


スイッチを押した瞬間に沸き起こる轟音。辺りを見渡すと、周囲のガラスにヒビが入り、今にも海水が流れ込もうとしていた。



「掴まれ。」


ローさんの呟きに、私は彼のパーカーを強く握りしめる。
次に目を開けた時には、建物の外に出ていた。



「船長、大丈夫ですか!?」

「ナツミも怪我してない!?」


目の前には、シャチとベポ、そしてリース君の姿がある。
少し離れた所には、先程地下にいたカップル達もいて無事に逃げられたことに安堵の息を零した。



『ローさん、イヴさん達は大丈夫でしょうか?』


「…さぁな。」


その時に建物の中から、叫び声が上がり轟音と共に近づいてくる。わらわらと出てくる白衣の人達に緊張が高まった。


「全員、そこから動かないで!」

鈴の転がる声に入口を見遣ると、イヴさんとアダムさんがゾウマットを抱えて出てきた。



「……トラファルガー!!」


こちらに気づいたアダムさんに睨まれても、ローさんはどこ吹く風といったところだ。


ベポに大太刀を渡されると、ローさんはアダムさんから奪った長剣を彼に向けて放り投げた。


「そいつは返す。……仕事するんだろ。早くしねぇと逃げられるぜ。」

アダムさんは剣を受け止めると、さらにローさんを睨みつける。
ローさんの言う通り、白衣の男達は四方八方に走り出していた。


「……次に会った時は容赦はしないよ。精々気をつけるんだね。」




彼の言葉に鼻で笑うと、ローさんは歩き出す。少し先にはペンギンさんが立っていて、船が無事にこの島に着けたことをあらわしていた。
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