魔女の住む町で

―――――――…

島へ着くとすぐに、潜水艦が海軍に見つからないように岩陰に隠された。それから、湾岸には見張りとしてシャチ、イルカさん、ベポの三人が残ることになったようだ。
何かあった時のため(というより、人との交流が苦手のため)に普段はアザラシさんも船番をしているらしいのだが、今回は私と意思疎通を取りやすいということで、島に降りることしたらしい。本当に申し訳ない。


この島はセイラゲーブという名前の秋島らしく、海辺に沿るように並んでいる小さな森林を越えたところに、町への入口がある。その町は砲台が配備された高い壁に囲まれ、その町の中心部には海軍支部といった軍事拠点ともなりえるところだった。

勿論ローさんはある意味有名でもあるため、サングラスをかけ帽子も心なしか目深く被っているようだ。



"ナツミさん、大丈夫?"


入口を無事に越えたところで、リース君から渡されたメモを見遣ると、一度だけ頷いた。
今回は、ローさん、ペンギンさん、アザラシさん、リース君、私の五人が買物と情報収集を行うことになっている。とりあえずはペンギンさんとリース君が町で情報収集をして、ローさん、アザラシさん、私が買物をすることになった。日が落ちる前には港に集合するらしい。


リース君も新聞やらで有名人のため、ナチュリ島の時のように長い髪の鬘を被って女の子に扮装している。



『…リース君もペンギンさんも、気をつけて。』


リース君達と別れた後、ローさん達に遅れないように小走りで着いていった。





前を歩く二人が何やら話している中、辺りを見渡す。
母親と思われる女性と手をつなぎながらあちらこちらに指を指して気を引こうとしている男の子、レンガ作りの店の前で出来立てのパンのカゴを手に宣伝する中年の男性、広場のベンチで編物をしながら数人の子供達が走り回るのを暖かく見守っている老婦人。



町を歩く人々は、その声こそは私には聴こえないものの、明るく活気にあふれているようだった。



そんな穏やかな雰囲気の中、視界の端に黒いローブを羽織った人影が見えて、思わず立ち止まる。

黒いローブを羽織っている人ならこの島の気候上あちらこちらで見ることがあった。けれど、頭まで被ったローブの下にある長い髪や皮膚は極度に色素が抜けている白、そして一瞬目があったその瞳の色は…薄い赤。


『…………。』


色素欠乏症だろうか?とにかく透き通るような白を纏った女性だった。






「ちょっと………ちゃんと着いてきてよ。逸れて困るのは君でしょ。」


アザラシさんの言葉が届き、思わず前を向く。こちらに歩いてくるたくさんの人達の隙間から、ローさんとアザラシさんの姿が見えた。

彼らの所へ向かう前に、先程の女性の立っていた所を見遣ったのだが―――どうやら見失ってしまったようだ。



『……ごめんなさい。』


急いで二人の元に走り寄ると、ローさんの口元が動く。
何か、あったのか?そう聞いているようだった。


『………ちょっと……気になる人が………』


「―――海軍?」


アザラシさんの言葉に、私は首を横に振る。彼女が着ていたのは前にペンギンさんに教えてもらった海軍の制服ではなかった。


あの服装はどちらかと言えば…



『――――まじょ?』


ペンギンさんが、島に着く前に言っていた言葉が蘇る。恐らく冗談だったのであろうその言葉を、私自身の口から零れ落ちてしまっていたことに気づいたのは、ローさんとアザラシさんからの訝しい気な視線を感じてからだった。



『…や、…何でも…ないです。』








―――――――…



この島のログは三日程で貯まるらしい。途中で寄った居酒屋の亭主に聞いた話しだった。
何本か酒を購入した後、酒樽はそのままに私達は店を出た。あとでベポ達に取りに行かせるつもりのようだ。



「船長、じゃあ僕は当分の食材を買ってきますよ。」


アザラシさんの言葉にローさんが頷く。どうやら、ここから別行動らしい。私は当然アザラシさんの方に向かうと、彼から呆れたような視線を受けた。


「……何で、僕に着いてくるの?」

『…?』


「君と船長で日用品を買いに行くんでしょ?」


『……誰の?』


「………。船長…。」



アザラシさんが溜息をつくやいなや、私の目の前にメモ紙が突き付けられる。


"お前のだ。"


ローさんの整った筆記体だった。思わず、彼を見上げる。


『でも…私、お金が………』



ベリーという通貨は教わった。
単位がベリーになっただけで、数え方は円と同等だったのだが、如何せん私はそのベリー紙幣を一枚も持っていない。


「……だから、船長と行くんでしょ。」


一方、ローさんから渡された紙には――


"金のことは気にするな。
―――そうだな。まずは、ランジェリーショップから行ってみるか。"


『へ。……。――――っ!!』



アザラシさんの言葉に呆然となり、ローさんの字に唖然とする。
思い出すのはこの間のソファーでの出来事。


そうこうしているうちに、ローさんからもう一枚の紙を渡されると、彼は先にスタスタと歩き始めてしまった。


"どうせ、今日もまたつけていないんだろ。…いい加減、形が崩れるぞ。"



彼の字に再び呆然とする。背中を押される感覚に振り向くと、アザラシさんが顎で彼に着いていくように、と促していた。


そのため躓きそうになりながらもゆっくりと歩きだす。


『………有り難いことには、かわりないんだけど。』





どこか複雑な感情を抑えつつも、肩にかけた大太刀を揺らしながら歩く彼の背中を見遣る。


この調子だと、暫くはノーブラであったことをネタにからかわれそうな気がする。あの日、大丈夫だと思ってサラシも何も巻かなかった自分を激しく恨んだ。



『……ローさん、待って。』




彼を見失わないように、と追いかけるスピードを速めた。
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