ブレイクタイム

――――…



あれから何件のお店をまわったのだろう。購入品が入った袋は、私の両手にも飽き足らず、ローさんの左手も占領していた。荷物を持っている今………海軍に一度も遭遇しなかったのは幸いだった。


『…………』


隣を歩くローさんの顔を見上げる。すると、そういった視線にはやはり敏感なのかすぐに視線が合わさった。けれど、合わさったのは良いものの、そこからどうしたら良いのかが分からなかったため、ゆっくりと視線を地面に降ろした。

今回、ローさんには随分と気を遣わせてしまったということを改めて感じていた。耳が不自由な私に代わって率先して店員さんと接してくれていたし、私が忘れていた(というより思いつきもしなかった)日用品も洩れずに購入してくれた。


一つ溜息をつく。
このセイラゲーブにはどうやら医療がそれ程発達していないらしい。薬草等売っているお店は見つけたが、どちらかと言えば、まじないや占い等で外傷や病に対処しているようだ。そのため今回の買物は、完全に私のためだけのものとなってしまっていた。






ローさんの足が止まる。


つられて私も立ち止まると、目の前にスッとメモ紙を渡された。


"少し休憩するぞ。"


私は頷くと、彼が歩きだす方向に目を向けた。
少し先には広場がある。この町に来た当初に、子供達が走り回っていた場所だった。


チラホラと走り回る子供達はいるものの、あのベンチには、おばあさんはもういなかった。そして勿論、遠くに見えた白い彼女も……。


ローさんはベンチに荷物を置くと、メモ紙にサラサラと書いている。私は黙ってそれを見つめていると、ローさんにその紙を渡された。


"お前は何味が良い?"


紙から視線を上げて、ローさんを見上げる。けれど、彼は私を見ている訳ではなかったため、ローさんの視線の先を辿った。


『……』


ワゴン車で売っているソフトクリーム屋さんがある。
けれど、季節が季節だからかあまり客の入りは少なそうだ。


『…チョコレートが良い、かな……でも、それくらい…私が行きます……ローさんは何を―――』



いろいろとお店を回って熱い身体を冷ますには丁度良かった。それに、回っている間に"これから必要だろ"と言って結構な額のお小遣いと購入したばかりの財布も貰ったのだ。



けれどローさんは私の右肩を掴んでベンチに座らせると、私が何かを言う前にワゴンの方に行ってしまった。
……完全にタイミングを失ってしまった私は大人しく座っているしかない。

私の隣に座っている紙袋達を見遣った。


『……』


ローさんにサイズがバレちゃったな……。
ローさんの言葉通りまずは下着を何着か購入した。当然とばかりにローさんも一緒に店内に入り、店員に採寸をするよう伝え、そのサイズと照らし合わせながら柄を選ぶや、上だけ試着もさせられるという徹底ぶりに、私は思考を停止し、文字通り、されるがままという状態だった。


選ばれた下着達を思い返す。ローさんの好みなのか、それとも私にあうものを選んでくれたのかは分からないが、どちらにしてもこれを今夜から身につけることを考えるとどこか気恥ずかしさを覚えた。


当然、下着だけでなく服屋でもそうだ。特に服装に関してはこだわりがあったわけでもないため、全てローさんに任せてしまった。


『――――』


唯一の肉親である双子の弟を思い浮かべる。出来た私の片割れだ。ローさんの傍にいると、本当にたまにだが、何かと世話を焼いてくれていたユー君と重なるという奇妙な感覚に陥ることがあった。


中途半端な連絡をしたままこちらに来てしまったが………彼は元気にしているのだろうか。私と違ってしっかり者だし、医学の経験を効率良く積むために、日本の高校には入らず海外に行ってしまうという行動力もあり、一方で努力も怠らない。そして某推理アニメのマジックを繰り出すキャラクターに影響を受けたためか、お得意のマジックを披露して楽しませる等、周りからの人気も高い子だった。


『…………』



順調に大学を飛び級し、既に現場でバリバリ働いていた彼が私の状態を知って帰国したのはつい最近だった。



そう思い出して、また気分が下がる。私は誰かの重荷になってばかりだ。どうして、今いまになって…難聴になってしまったのだろう。



差し出されたチョコレートのソフトクリームが目に入ると、急いで顔を上げる。私がソフトクリームを受け取ったことを確認したローさんは隣に座ると、自らが持っていたミルクのソフトクリームを食べた。


『……ありがとう、ございます』

私の言葉にローさんはちらっとこちらに視線を投げ、良いから溶ける前に早く食べろとでもいうように左指で私の手元と口元を指し示した。

一口、目の前にあるアイスを食べる。甘いチョコレートが口内で広がっていくに連れて、身体の疲れも、先程までのネガティブな思考も溶けて解れていくようだった。

『―――美味しい。』


私が呟くと、一瞬の間をあけて頭に乗っかる重み。それからポンポンと軽く叩かれる感覚。
ローさんの方を見遣ると彼は静かに正面を見据えているだけだったが、口元は僅かに綻んでいた。





『―――――あ…』





爽やかな秋空に、心地好い空間。それを破ったのは、近くで走り回っていた子供の一人が転んでしまった姿だった。

残り一口だったアイスを急いで口の中に放り込むと、その男の子の元へと駆け寄る。周りではその子と遊んでいた子供達が心配そうに眺めていた。
恐らく周囲も驚く程の大泣きをしているのだろうが、私には一切聞こえない。目をギュッとつぶって涙をボロボロと流す姿しか捉えることができなかった。


『……ボク、大丈夫?膝、見せて?』


頭をぶつけた訳ではないし、ただ膝を擦りむいただけのようだった。男の子をつれて、広場の端にある水道の水で洗い流すと、懐から元の世界から持ってきていた絆創膏を取り出す。それを創部に貼付けると、男の子を見遣った。
まだ、痛むのかグスグスと泣いている。


『まだ、痛い?』


頷く姿にどうしようと周りを見渡す。
とりあえず、傷は大したことはない。後はどうやってこの子を泣き止ませるか、だった。仕方ない。



『―――痛いの痛いの、私の膝に飛んでこーい……………イタタタ。』


その子の膝の上に手を乗せて、呟いてから私の膝に手を乗せる。それから、膝を押さえてすごく痛がってみせた。すると男の子はびっくりしたのか、すぐに泣き止んでくれる。どうやらうまくいったらしい。


『痛いの、お姉ちゃんが貰ったから…もう痛くない、よね?』


そう言うと、その子は頷く。私は口元を緩ませた。


『……痛いの痛いの海の向こうに飛んでけー……これで…お姉ちゃんも、痛くない。』




私は膝から手を外して町の外に向ける。子供達は安心したのか、口をパクパクしながら手を振って駆け出していった。


"今のは?"


紙が目の前に降りてくる。いつの間に傍にいたのか、荷物を持ったローさんが面白そうに私を見下ろしていた。
私は苦笑すると、『まじない……という名前のプラセボです。』と呟く。



私にも確かにあった、片割れと両親との僅かな思い出が、そう行動させたのだろうか。



そろそろ日が落ちる。
約束の時間だ。
私はローさんに促されて立ち上がると、荷物を受け取った。
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