禁じられしモノ

――――――…


約束の場所にローさんと一緒に戻ると、そこには既にイルカさんとベポ以外のハートの海賊団全員が集合していた。
どうやら、購入した食料品や酒類等は全て船内に積み込んだらしい。当然食料品、と言っても冷蔵庫自体が使えないため購入できるものは限られていたそうだが。




勿論その中にはリース君もいる。どこか浮かない顔をしたリース君を見て、眉を潜めた。何かあったのだろうか。



ペンギンさんとリース君は、情報収集の結果をローさんに報告している最中、シャチがどこか焦りながらもアザラシさんを連れだってこちらに向かってきていた。
私は、僅かに首を傾けながらも彼ら二人の元に歩み寄る。

シャチが隣でパクパク口を動かしている中で、アザラシさんが面倒臭さを滲ませながらも私の目を捉えていた。



「……一応、君にも聞くけどさ、この町で医療的行為……まだしてないよね?」


『…………?』


「君も町の様子を見ていたはずだから分かると思うけど、この町には医療というものが存在しない。」


私は、彼の言葉に相槌をうった。

「正しくは、数年前から"禁じられている"らしいんだけどね。医療行為を行った者、またはその知識を有する者は老若男女問わずして処刑されたらしいよ。―――君がぼうっと突っ立っていたあの広場で……魔女、としてね。」


私は、眉を潜ませる。まるで、昔世界史で習った中世の魔女狩りのような話しだ。でも、アザラシさんの話しで納得した。医療が禁止されているなら、呪術や薬草に頼らざるをえないだろう。



「―――で、どうなの?」


アザラシさんに言われて、広場の風景が蘇る。


『………転んで、怪我をした男の子の膝の手当、をしました。』


「………どんな?」

『ただ、水洗いをして……絆創膏を貼っただけ…。』


「――本当にそれだけ?」


それ以外には特にしていない。もっとも、あの男の子にしたことでさえ、医療行為かと言われればそうでもないような気がするのだが。


「……なら良いけど。滞在中は気をつけてよ。この町では、安易に医療行為をしたり、知識をひけらかしたりしないこと。―――わかった?」


『……はい。』


私の言葉に、シャチも安堵したのか一度大きな溜息をはいていた。どうやら彼にも多大なる心配をかけてしまっていたらしい。


『………ところで、リース君の様子が…変なんだけ、ど?』


私の言葉に、シャチはアザラシさんを見遣る。アザラシさんは一度溜息をつくとリース君を見つめた。


「あの子のことは心配しなくて良い。君が気にすることじゃない。」


アザラシさんはそう言うと、ローさんの方へと向かっていった。
ペンギンさん達から報告を受け終わったのか、ローさんが何やら深く考えている様子が見える。また何かが起きるのだろうか?
少しの不安を感じ、胸元にある音玉を緩く握りしめた。


―――――――…




それから暫く経って、滞在中に泊まる宿に移動した。見つけてきてくれたのは、ペンギンさんとリース君だ。
移動の途中、ローさんとアザラシさんは他に行くところがあるらしく、二人でどこかに行ってしまった今は四人で宿にいる。ペンギンさんとシャチは宛がわれた部屋で荷物の整理をしているようで、エントランスでは私とリース君しかいなかった。


『…………。』


リース君はエントランスのソファーに座り、ずっと下を向いたまま何やら思いつめた表情を零している。私は懐からメモ紙とペンを出すと、リース君に渡した。


『……何か、あったの?紙に書いてくれたら……、こんな私で良ければ、聞くよ?』


「…………、」


『誰かに…話した方が、楽になるかもよ…?これでも、医者の、卵だし…』

言ってから自嘲した。医者の卵とはよく言えたものである。


「――――っ」


けれど、そんな私の様子に気づかなかったリース君は幾分迷った後、紙に文字を書きはじめていた。

その内容はこうだった。


昼間、ペンギンさんと手分けして情報収集していた時、広場にいたお婆さんが具合悪そうにしていたため、リース君が声をかけたそうだ。お婆さんに聞いてみると、最近ずっと熱っぽくて、肩や首が強張って仕方ないらしい。
でも、孫が走り回っているところを見ていたくて家からも近いあの広場にいたんだとか。


リース君に心配してくれたお礼として、お婆さんは自分のおやつ用のお菓子をくれたらしい。それを知ったリース君が丁重に断ったためお婆さんと半分こにして食べることになったとのこと。

けれど、その時、お婆さんはうまく食べれなかった。物の咀嚼をする際に口が開けられなくて、お婆さんもリース君も困惑したまま………ペンギンさんがリース君を捜しに来たためそのまま別れたらしい。

"お婆さんの様子が変だったから、ずっと気になってて……お婆さんと話しているうちに、僕のお爺ちゃんもこんな風に話しかけてくれたのかなって……いろいろ重ねて考えちゃって……心配で…"


『―――そっか。このこと…他の人には?』


"ペンギンとアザラシさんは知ってるよ"


だとすると、あの時アザラシさんが言っていた言葉の意味は…私に関わるなと言いたかったのだろうか。


"本当はアザラシさんに言われたんだ。関わるなって。この町は医療が禁止されているから、もし仮にお婆さんが何らかの病気に患っていたとしても……救えないって。救えたとしても、自分達が被害を被るだけだって。でも、僕は――"


リース君の書いた文字が震えていた。私は、胸元の音玉を握りしめると、リース君の動く腕を掴み彼を立ち上がらせた。


『……お婆さんの家に…案内できる?まだ、ちゃんと診ていないから、確定じゃないけど……。もし、私の予想が当たりなら、早く治療しないと…。』


私の言葉に、リース君は瞳を大きく開いた。それから、力強く頷く。私は宿の主人にペンギンさん達への伝言を頼むと、夜のセイラゲーブに駆け出していった。



―――――――


リース君と私。二人で息を弾ませながら、一軒の家の前に佇む。呼び鈴を鳴らすと、暫くしてドアが開いた。

ひょっこりと顔を出したのは、夕暮れ時に転んで大泣きをしていた男の子だった。心なしか、今も瞳に涙を浮かべている。
リース君が話していたお婆さんは、どうやらこの子の祖母のようだった。夕方からお婆さんの状態が悪化し、この子の父親と母親が腕の良い呪術師を捜しに出かけていったところらしかった。


私の代わりにリース君が男の子に事情を説明すると、幾分安堵したように私達を家の中に招き入れてくれた。




「―――――っ!!」


『…やっぱり。』


ベッドに横たわったお婆さんは、全身を痙攣させていた…が、泣きじゃくる男の子の言葉に返答している様子からも意識は清明らしい。


『ちょっと失礼します。』


お婆さんの全身の状態を見る。顔面や口の中の炎症は見られない。……が、お婆さんの両足を診て溜息をつく。


幾つかの所見から、当て嵌まる疾患を除外していくと―――出てくる疾患名。予想通りだった。
――けれど。


『…リース君、お婆さんが口を開けれなくなったのって、昼間が初めてだっけ?』


リース君は頷く。開口障害が出てから痙攣まで時間―――onset timeが短すぎる。急がないと、呼吸障害・循環障害も出てきてしまうだろう。

頭の引き出しを片っ端から開け、今行わなければならない治療を思い浮かべる。けれど。


―――ダメ。器具も、治療薬も船の中だ……。


このセイラゲーブの店に治療薬も器具も期待できない。点滴一つすらないのだから。為す術がないまま、立ち尽くしていた。



が、その時だった。
ゴツンと頭を叩かれて、その痛みに振り返る。そこには、息を切らしたシャチとペンギンさんが立っていた。二人とも、険しい顔をしている。


シャチが口をパクパクして、リース君と私に怒鳴りつけている一方、ペンギンさんは懐から紙をだして文字を殴り書いた。



"船長の言った通りだ。ナツミ、アンタ、人が良いにも程があるぞ!分かってるのか?この婆さんを助けたことが町中に知れ渡ったら、アンタだって魔女狩りの対象に―――"


『うん…。でも、そうなっても…知っちゃったから…助けたかった。』


"だからってなぁ!俺達に何も言わずに出ていくな。心配するだろ!"


『ごめん、なさい。…でも、これ鳴らしたら…助けてくれるんでしょ?』


胸元にある音玉を握りしめる。



"…船長の音玉か。だけど、今は船長は外出中だ。それを鳴らしたところで、あの人の耳に届くわけないって知って―――"


『…だから、ローさん…アザラシさんと、行動してるんだよね?』



私がそう言うと、ペンギンさんは脱力したように肩を落とした。心なしかゆっくりと文字を綴る。



"――肝の据わった、大した女だよ。アンタは。船長の意図、知ってたんだな。"


『……全て、ではないよ。ローさんは…私の上の上を行く…もん。』


私が肩を落しながら、ペンギンさんとシャチが持ってきたであろう荷物を見遣る。




"この婆さん、破傷風か?"


『……うん。その中身…』


ペンギンさんは頷く。
荷物の中身を確認すると、大量のペニシリン―――抗菌薬と、輸液セット、洗浄液、局所麻酔薬……それにイソジンとメス、大量のガーゼ、だった。他にも、痙攣した時のためのジアゼパム、免疫療法をする際に使うトキソイドやTIGなどの製剤もあった。すごく準備が良い。


恐らく、ペンギンさんから報告を受けた際に、すぐさま疾患を特定したローさんが指示していたのだろう。



『……その子…この部屋から…だしてくれる。リース君も』



これからの治療は、あの子達には少々辛い光景になるだろうから。
けれど、リース君は食い下がった。



「―――でもっ」


『…大丈ー夫。お婆さんは私が必ず助けるよ。』



「………!」


『私を信じて。』





リース君にそう伝えると彼は納得してくれたのか男の子と一緒に部屋をでていってくれた。



お婆さんには、シャチとペンギンさんが私の代わりに説明をしてくれた。医療を禁止される前はこの町にも医者がいたらしく、お婆さんは驚きはしたものの特に抵抗することなく受け入れてくれたようだった。


お婆さんの毛布をめくり上げ、右膝の創部を露出させる。その創部は変色していた。イソジンで辺り一面を消毒してから局所麻酔を打つ。メスを持ったところで、ペンギンさんが紙を見せてきた。


"―――大丈夫か、ナツミ。"

"やっぱり船長を捜してこようか?"



ペンギンさんとシャチの視線の先には、メスの先を震わせている私の手。


正直、メスを握るのも、人を切るのも初めてだ。
緊張、しないわけではない。
ローさんに全て頼ってしまいたくなる気持ちがないわけじゃない。

……でも。



私は首を振った。ローさんだって、やらなくちゃいけないことがあるからペンギンさん達に指示を出したんだ。でなきゃ、きっとローさん自身で治療しているはず。



私がやらなくちゃいけないんだ。



[……良くやった]



その言葉が聞きたくて、私はメスを持ち直す。お婆さんの足に小指を立ててメスの先をつけると、震えが治まった。




[…落ち着け。針を持っている手を上手く使うと良い。小指を少し開いて俺の腕に乗せれば、多少は安定するはずだ。]



この島に着く前に貰ったアドバイス。ローさんも、初めて針やメスを持った時は……今の私みたいに緊張したのだろうか。



そう考えたら、なんだか面白くて…身体から変に入っていた力が抜けていった。



『大丈夫……始めるよ…』




メスを持つ手に僅かに力をこめた。
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