言葉より態度で

――――――…

おばあさんを宿に運んでから暫くして、ローさんとアザラシさんが帰ってきたらしい。私とリース君以外の人達は、ローさん達を出迎えにいった。


二人だけ(+おばあさん)の部屋の中で、リース君がメモを渡してくれる。
そこには"おばあさんを助けてくれて、ありがとう"と書いてあった。


私はゆっくりと首を振る。
先程、リース君から説明してもらった。この島の伝説。住民や海軍に成り済ましている海賊の存在。そのために禁止されている医療。
ユメユメの実の能力者であるセイレンさん。


次から次へと知らされる内容は、どこか引っ掛かりを覚えながらも、まるで現実味がなくて頭の中がごちゃごちゃしていた。


おばあさんの傷口と脈拍、体温、血圧等のバイタルサインを確認しメモをしていたところ、肩に触れられる気配がして振り向く。

『―――――っ』


そこには、ローさんが立っていた。途端に安心感がふつふつと沸き起こる。


ローさんに、今回行った処置や先程のバイタルを含めた経過を書いたメモを渡した。


それを眺めてから、ローさんは紙にスラスラと書いていく。


"処置はあらかた済んでいるようだが…、おれが来る前に一度痙攣を起こしたらしいな。"


頷いた。実は、この宿に着いてから暫くして、おばあさんは再度痙攣したのだ。恐らく、既に神経に結合してしまった毒素のせいだろう。坑痙攣剤を打って、何とか治まっている状態だった。今のところ、呼吸・循環機能に異常は見当たらないことが幸いだ。


"事情は聞いた。今回の場合は仕方ないが―――覚えておけ。破傷風患者…特に第三期に入った患者の場合、少しの振動、光、音で痙攣が再発しやすい。…分かるな?四期に入るまでは出来るだけ移動は避けた方が良い。"


痙攣をするということは、それだけおばあさんに強い痛みを与えてしまう。場合によっては、呼吸だってままならず、人工呼吸器を挿管しなければならなかったかもしれないのだ。…移動を許してしまった私の完全な判断ミスだった。


『………ごめんなさい。』


"デブリドマンは済ませたんだな。"


『…一応……あらかたは……』


壊死組織は出来るだけ除去はした。けれど、全てを除去できたのかと言われれば自信がなくて俯きざるをえない。自身の拳を力強く握りしめる。

情けないけれど、全部が全部、初めての体験だったのだ。


けれど、まるでそれを拒むかのようにローさんの指が私の顎を掴むと引き上げた。必然的に、私とローさんの視線が交わる。
そして目の前には一枚の紙。
その文字を、ゆっくりと目で追った。


"お前が、この患者を助けると決めたんだろ。治療中は、二度とそんな顔をするな。医者が動じれば、患者にも、周りの奴らにも伝わる。お前も、身に覚えがあるだろ。……肝に命じておけ。"


私は、おばあさんの方を見遣る。目をつむっているが、意識はあるはずだ。それがこの破傷風の辛いところでもある。


同時に、ローさんの文字から、以前ダラクレットにより神経毒を塗り込まれた時のことを思い出した。

怖かった。苦しかった。意識を失えないからこその、恐怖。あの時は、ローさんの落ち着いた対応と言葉が常にあったからこそ……私も安心していられたのだ。



『――――はい。』


ローさんの射ぬくような視線を真っすぐ見つめる。彼は少し表情を緩めると私の顎から手を離した。


『――――っ』


それから一度だけ、ローさんに強く抱きしめられる。ローさんの両腕が私の後頭部と背中にまわされているのを感じた。
確かな温もりに、胸が、心が、僅かに、跳ねあがる。


『…ローさ、ん?』


その抱擁は、ほんの一瞬のことだった。すぐに身体を離されると、頭を軽く小突かれる。




"おれが一度創部を確認する。後の処置はそれからだ。"



私は頷くと、必要な物品の準備を始めた。







―――――――…



処置が終わってから、随分と経っていた。
リース君と私は、おばあさんの様子を見ながらそれぞれで勉強をしている。私は破傷風についてもう一度勉強し直し、ローさんに教わったことをまとめていた。リース君はリース君で古代文字の解読をしている。


"明日、おれ達は海軍支部に乗り込む"


処置が終わってからローさんに伝えられた。海軍支部はこの町の中央部に位置している。アザラシさんと支部に潜入してみたところ、セイレンさんの言うとおり大部分の海軍が眠り込んでいたらしい。

僅かに動いている者もいたようだけれど、アザラシさん曰く、その正体は十中八九、海軍に扮した海賊だということだった。


乗り込んでどうするのか…というと、勿論レッド・サローを手に入れるつもりのようだ。アザラシさんが、その海賊達の話を聞いたところによると、宝石はどうやら支部の真下にあるらしい。密かに何年も地下を掘り進めてようやく、そろそろ出てきそうだということを聞きつけたとのことだった。



"お前とリースはここに残れ。少なくとも明日は戦闘になる。"



ローさんの言葉だった。
勿論、おばあさんのこともあるし、支部に行ったところで皆の邪魔になるだけだ。特に異論なく了承した。







文字を書く手を止めて立ち上がる。そろそろ二回目の輸液の時間だった。
ペニシリンを溶解したボトルを新たに作製し、ラインに繋げる。
滴下は良好。おばあさんのバイタルも落ち着いていて、そろそろ回復期に向かっているようだ。



その時だった。
扉が開いて、セイレンさんが部屋に入ってくる。リース君は慌てて机の上の物をかき集めているのを横目で捉えると、急いでセイレンさんのところに向かった。



『………え、と……何か、ご用ですか?』


夜が更けて、結構な時間が経っていた。来訪するには少々不躾な時間だ。



彼女は私と後ろにいるリース君を差し示してから、親指と人差し指を近づける動作をした。
どうやら、私とリース君の両方に用があるらしい。


一度、リース君を振り返って、古代文字関連の資料が十分に隠されていること、そして彼が頷き了承したことを確認すると、彼女を部屋に招き入れた。


リース君はセイレンさんと一言二言交わした後、彼女に席を促す。おばあさんが寝ていることを考え(勿論私への配慮もだろう)、筆談で会話することになった。


"貴女たち、以前私とどこかで会わなかった?"


セイレンさんの文字だ。
それを見た私とリース君は目を見合わせると、首を振る。
彼女とはこの島で初めて会ったのだ。



"そう。それだけ確認したかったの。夜遅くにごめんなさいね。"



彼女はそれだけ書くと、立ち上がり、部屋をでていった。


私とリース君で首を傾ける。
一体何だったのだろう。
気にはなるけれど、今更どうしようもないため、彼女が書いた紙の裏側にペンを走らせた。



"リース君、おばあさんも落ち着いているみたいだし、少し休んできたら?"


ここは元々私に宛てがわれた一人部屋で、リース君の部屋は隣の部屋だった。隣の部屋はどちらが休んでも良いように一人部屋にしてもらっている。

リース君は、私が書いたそれを読んでからペンをとった。


"僕のことよりナツミさんが休んで。ナツミさんの方がおばあさんの治療で疲れているはずだよ。"


私は元々眠るつもりはなかったし、一日中起きていることに関しては慣れっこだった。けれどリース君はダメだろう。彼は今が成長期だ。そろそろ休ませなければならない。



"これくらい平気。それよりリース君、早く寝る癖をつけないと――――背、伸びなくなっちゃうよ?"



私の文字を見るや、リース君は固まった。


真剣に悩んでいる姿が可愛らしくて吹き出しそうになったけれど、寸前で押さえ込んだ。
ちょっと狡いのかもしれないけれど、リース君のためでもあるのだ。



リース君が力無く立ち上がると、手を振って見送った。


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アメとムチ。ちゃんと、ナツミの頑張りを分かっています。言葉でもなく文字でもない、一番手っ取り早い労い方を覚えたローさん(笑)
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