鯆とツンデレ娘

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先程、アザラシから連絡があった。どうやら明日の朝一でこの島の海軍基地に突入するらしい。

ふぅ、とついつい溜息を零してしまう。ほとんど治っている腹の傷を撫でながら船までの帰路を急いでいた。


お前は今回も船番だ。
そう船長に告げられた時は、正直いろんな気持ちが混ざった。


先の戦闘で不甲斐なくも傷を負ってしまった悔しさ、新入りの女の子を危険な目にあわせた挙げ句船長の手を煩わせてしまった罪悪感、不器用ながらもあの船長がおれを心配してくれているという嬉しさ。


「おれも暴れてェな…」


けれど、おれだってハートの海賊団の一員でもある。海軍や他の海賊と闘いたいし、新しい街を見て回りたい。
リハビリを兼ねて、船の周りのビーチと森林の中を散歩する程度には船長から許可はもらっていた。

船の見張りをベポに代わってもらい、今も森林を散歩してきたところだが、この島が魔女のいる街と云われている所以か墓石のようなものはあったが……それ以外は特に変わったものもなく普通の森林だった。幾分かの気分転換にはなったが、どうしてももの足りなさを感じてしまう。



「ベポ一人じゃ悪いし、早く船に戻らないとな。」


海が少々荒れ始めていた。
砂浜に打ち上げる波は徐々に高くなっていく。波が高ければ船も見えにくくはなるが、あまりにも荒れるならば潜水も検討にいれなければならないだろう。


「………ん?」


おれ達の船から大分離れた海岸。その海岸には小さな船が一隻停まってあり、遠目からは二人の人影が見える。



「印しが無いな。…観光か?」


海軍でも海賊でもないならば、特に警戒する必要もないだろう。そう判断したおれは、船に帰るスピードを速めることにした。








――――――…





ローさん達は、朝一で出かけていった。心配じゃないと言えば嘘になるが、それでも彼らは海賊だ。これから闘いに行くのに、どこかワクワクしている表情を見てしまえば…そんな心配も余計なことのように思えてしまう。


ベッドに横たわるおばあさんを見遣った。先程、幾つか質問をしたが…その受け答えも良好。バイタルも正常範囲内。しかし、やはり神経に結合してしまった毒素の作用はまだ弱まっていないらしく、思うように身体が動かないようだった。


……これは長期戦だろう。個人差もあるだろうが、恐らく完治するまでに一ヶ月はかかるかもしれない。とすると、問題になるのはその期間中のおばあさんの主治医だ。


勿論、私が一度診た患者だから、最後まで責任を持って診たいという気持ちはある。けれど、まだまだ未熟な私では何かあった時の対応力・判断力が圧倒的に足りない。中途半端な知識では逆に危険にさらしてしまうということを、今回身をもって学んだ。


"ナツミさん?…具合が悪いですか?やっぱり少し休んできたほうが…"


隣で勉強をしていたリース君が紙を渡してくる。どうやら長い間考え混んでいたらしく、彼に心配をかけてしまったらしい。


『大丈夫。リース君、ちょっとだけ………ここをお願いしても良い?』


音玉も身につけた。メモ紙とペンも持った。……短剣も持った。
私の言葉とその行動にだろう、彼は目を丸くしていた。


"ナツミさん、どこかに用事でも?外は危険ですよ。"


『ちょっと、だけ。すぐ戻るよ。』


その言葉に、リース君は渋々といった様子で了承してくれる。私は、振り返ってリース君を一度撫でると部屋を飛び出した。


おばあさんを診てくれる、医者を見つけよう。


医療が禁止されてからは、医療の知識を持つ者は処刑されたと聞いた。けれど、うまく隠れて生き残っている人だってきっといるはずだ。

ローさん達は、海軍基地で海賊達と闘っている。もしかしたら、医療行為・知識の禁止という決まりも撤廃されるかもしれない。


あくまでも私の予想だけれど、おばあさんを助けるためには…この予想に賭けるしかなかった。



『―――っ!』


勢いよく誰かにぶつかってしまい、思わず尻餅をつく。打ってしまったお尻を摩りながら起き上がると、目の前には黒髪にツインテールをした女性が、私と同じように座り込んで顔を歪めていた。


『ご、ごめんなさい!急いでいたので…、怪我、ありませんか!?』

手を差し延べると、彼女がこちらを見上げた。……あれ。


彼女は一拍の間の後に私を指して、口を開く。恐らく叫んでいるのだろう。町の人達の視線が一気にこちらに向けられるのを感じると、顔に熱が集まった。



『い、イヴさん…落ち着いて……注目されて、ます…。』


私が急いで言うと、彼女は周囲を見渡して合点がいったのか私の腕を掴むと走りだした。





どのくらい走ったのだろうか、ようやくイヴさんが立ち止まってくれたため、両膝をついて呼吸を整える。こんなに走ったのは何年ぶりだろうか。自身の止まらない息切れに苦笑するが、彼女の方は息一つ乱れてはいなかった。


彼女は若干呆れた視線をこちらに寄越しながらも、パクパクと口を動かす。私は懐からメモ紙とペンを取り出すと、言葉を綴った。


"すみません、私、難聴で…補聴器がないと聞き取りができないんです。筆談していただいても良いですか?"


彼女に渡すと、一瞬目を見開いてから私を見つめてくる。
彼女は何も言わずに、ペンを走らせた。


"貴女、まだトラファルガーと行動しているの?"


彼女の文字に、頷く。


"と、すると…基地で暴れているのはハートの海賊団ってことね。全く、余計なことをしてくれる。あまり海軍を舐めないで欲しいわ。"


彼女の勝ち気な視線に、思わず謝った。


『…でも、今海軍基地は、』


"知ってるわ。海賊に占領されているんでしょ。うちは組織だからね。知ってはいたんだけど、いろんな事情があって中々対処できなくて。でも、ようやく許可が出たの。"


『………。』


"なのに、あの男が勝手なことをするもんだから………私と兄さんの計画がパーよ。"


『じゃあ…アダムさんもこちらに?』


"当然よ。彼は、ここの住民からその話を聞いて真っすぐ基地に向かったわ。おかげで、私は宿とりを頼まれたわけ。"



イヴさんの言葉に、成る程と頷く。


"そういう貴女は?"


イヴさんの瞳が鋭くなった。




『………医者を、捜してます…。』



素直に彼女に伝えると、彼女は再び間を置いてから口を開いた。
音に出すならば、きっと、ハァァァ!?といった感じだろうか。


私は思わず周囲を見渡すが、幸にもこの周辺に人はいなかった。




"貴女馬鹿なの?今この町がどういう状態か、知らないわけではないんでしょ。"



頷く。でも、だからこそなのだ。


『……助けたい人が…いるんです。少なくとも、一ヶ月は治療が必要で…。でも、私達は数日したら…この町をでなければ…ならないし。』


暫く、私達は無言だった。


"それは…私達がトラファルガーを捕まえられないってこと?随分、自信家ね。私達が貴女達を無事にこの島から出すと?"



彼女の文字に、驚いたのは私の方だった。


『え、でも…』


"勿論、私達の最優先事項ではないけれど。この間も言ったように、海賊が目の前にいるのに放置なんてするわけないでしょ。貴女を保護するのも、諦めたわけじゃないし。"



『…………』


"けれど、手伝うわ。"


彼女の文字を二度見する。
手伝う、とは?


"貴女が仮に出航できたとして、その後の心配をするということは……医者が必要なのはこの島の住民でしょ。この状態を知りながら放置していた私達の責任でもあるもの。"


イヴさんの文字に、ついつい顔が緩まってしまう。



『………。ありがとうございます。イヴさん。』



"……勘違いしないでよね。貴女がハートの海賊団に所属している限り、私は貴女の味方ではないんだから。ただ、その住民を助けたいだけよ。"




彼女はそう言うと、プイと顔を逸らして歩を進める。
私は、苦笑しながらも彼女の後を追った。
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