崩壊への足音は

―――――――――…


「呪術師に頼みな」

「おまじないで治るよ。」


この町の人々は大抵この二つのどちらかを言った。
隣にいる娘を盗み見る。
彼女は必死で辺りを見渡していた。
私も、彼女に倣って周囲を見ると、丁度小柄なお爺さんが店先の椅子に座って休んでいる。

あの人はどう?と指し示すと彼女はゆっくり頷き、自身の腹部を片手でおさえて顔を歪めてみせた。


「すみません。」


老人はこちらを不思議そうに見つめる。私は、彼女を指し示すと彼に説明した。


「この子、急にお腹が痛いと言い出して……冷汗も酷いんです。」

「ありゃあまぁ。――それは大変じゃな。医者に見せるのが一番じゃが………早く呪いをしてもらいにいきなさい。」


老人の言葉にガクリと頭を下げる。外れだった。彼女に振り返り、首をふると彼女も彼女で落胆しているようだ。



これは彼女の作戦だった。
この町では、「あなたは医者ですか?」も「医者を探しています」も禁句だ。彼女が言うところの"患者"を直接連れて来るわけにもいかないし、その患者の症状を詳しく言ったところで非効率だし、こちらが逆に疑われる可能性だってある。こちらとしては、あまり目立つ行動は避けたかった。


"私が、お腹を痛めているふりをします。ですので、イヴさんは――――"


急にお腹が痛みだした、冷汗をかいている、ことを町の人に伝えて欲しいとのことだった。
勿論、呪いの類の返答ではダメ。医者という単語が出てきたからってその人が医療の知識を持っているとは限らない。ある問いを逆にこちらに返してきた人――その人は医者の可能性があるということだった。



彼女を再度見遣る。
こんな作戦を考えるくらいだ。頭は良い方なのかもしれない。が、彼女の息切れが激しかった。体力はあまりないのかもしれない。


「……しょうがないわね」


丁度、広場に差し掛かりベンチが見えた。
彼女から受けとったメモ紙に文字を書く。書いたのは、休憩を促す言葉だった。それを彼女に渡すと、目を大きく見開き、この場所をぐるりと見渡していた。

彼女の視線の先にはソフトクリームのワゴン車。
甘いものは好きだ。ついでに、医者かどうかも確かめてみよう。


彼女をベンチに座らせてから、ワゴン車に向かった。店員はチョビ髭を鼻の下に携えた中年男性のようだ。彼の表情はどこか暗かった。


「いらっしゃい。」


「―――すみません。観光でこの町に来たんですが、私の友人が、急にお腹が痛いと言って…冷汗も酷くて、どうしたら良いかご存知ありません?」


私はベンチに座っている彼女を指し示す。チョビ髭の男性は、彼女を確認し、少し顔色を青ざめさせると私に向き直った。


「――妊娠、されている可能性は?」


私は目を見開いた。同時に彼女の言葉が蘇る。


"私達くらいの年齢の女性が急な腹痛を訴えた場合……医療の知識がある人なら、呪いに頼るよりも、まず最初に確認するはずなんです。それは―――"



子宮外妊娠、というものらしい。私にはよく分からなかったが、卵の細い通り道である卵管等に受精卵が着床してしまった状態で……早く手術をしてその卵管ごと取り除かないと、管が破裂して、出血死してしまうとのことだった。


お腹が膨れていなくても、まずは妊娠を疑う………これが医療の知識の有無を見分ける目安になる。





「…見つけたわ。」


「―――へ?」


「……いえ。ちょっと彼女に確認してきますね。」



私はそれだけ言うと、ベンチで待っている彼女の所へと向かった。






―――――――…



海軍支部



「――ROOM」


船長が能力を発動させた。
おれとペンギンは急いで移動する。


「――気を楽にしろ。痛くはないはずだ。」


出た。決めゼリフ。大量の海賊の叫び声に口元を緩ませると、おれは目の前の海賊に蹴りを入れた。

今、おれ達は地下へと向かっている。


「シャチ、後ろは頼んだ。」


「おー。」


ペンギンと背中合わせになって、構える。相手の剣がこちらに向かってくると、剣の手元を蹴り上げて拳で相手の顔を殴った。


「へへ、ちょろいちょろい。」


「馬鹿、油断するなよ。」


「分かってるって。……アレ、そういえば船長はどこいった?」


「何言ってんだ、シャチ。船長なら――――いないな。そういえば、アザラシもいねェ。」


「………」

「………」


おれとペンギンは顔を見合わせると、手早くここら周辺の奴らを倒し、地下へと向かおうとした、のだが。



「―――参ったな。人から聞いて、ちょっと様子を見にきただけだったんだけど。」



突然の聞き慣れない声色に、動きを止めた。声が聞こえた入口付近を見遣ると、やって来たのは長身の男。肩に長剣を担いでニコニコしながらこちらに向かってきていた。



「誰だ、お前。」


ペンギンの言葉だった。



「いやー…できれば面倒事は避けたいんだよな。おれの可愛い可愛いイヴちゃんが、首を長ーくして待ってるもんでね。――お兄ちゃん、嫌われたくないからさ。」



「「…………シスコンかっ!!」」



思わず、ペンギンと声を合わせた。何なんだ、コイツ。



「一応、これでも海軍なんだけどさ。本当、ちょーっと極秘捜査に来ただけだから。」


「――自分から言った!?極秘じゃねェのかよ!」


「…あ、ヤベ。」


「おいおい大丈夫か?」


「……。」



ペンギンのツッコミを聞きながらも、アイツの顔の妙な既視感に、ナチュリ島での記憶が巻き戻った。
崩壊する建物の前ですぐに現れた船長とナツミ。それから、一目散に入口からでてきた白衣の男達。その後ろを追いかけるようにやってきたのがコイツともう一人の女だった。
確かコイツは―――


「海軍、大佐…」


「お、君はナチュリ島での一件で、一度見たことがあるな。――それじゃあ、君達はハートの海賊団で間違いないね。」


「…だったら何だ。」


「………おれ達と闘るのか?」




「うーん。君達を捕らえることが今回の任務ではないからね。」



「「……」」


「ただ、君達の船長には、ちょっと借りがあってさ。――――トラファルガー・ロー、いるんだろ?………あいつ、どこにいる。」


へらへらとした態度をしていたそいつは、一瞬で気配を尖らせた。鋭い視線に捕われて、思わず鳥肌がたつ。


「…教えるわけないだろ。」


隣のペンギンの言葉に、おれも同意した。




「そっかぁ。…まぁ、そうだろうね。じゃあ教えなくて良いから、そこ、どいてくれる。」



「……お前、海軍なんだろ。させるかよ。」



「……おれ達を馬鹿にするな。」


おれとペンギンで、地下へと進める扉の前を塞いだ。コイツを、船長のところまで通すわけにはいかねェ。


「……参ったな。これは予想外の時間のロスだ。イヴちゃんに甘いもの買っていかないと。……あー出費が痛いなぁ。」


奴は、両手でパチンと合わせてからゆっくりと開いていく。指先からサラサラと身体が崩れだすと、白い粉が辺りに蔓延していった。

「な、お前、悪魔の実の能力者かよ。」

おれの言葉に、そいつは頷く。


「しおしおの実を食べた、塩人間さ。以後よろしく。」



「……っ!」


おれ達の足元にも、塩と思われる粉末がうず巻いていた。



「――君達には悪いけど、急いでいるんだ。」




奴の言葉を最後に、視界は暗転した。
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