警鐘に連なる紅

ワゴン車から心配気に顔を覗かせているおじさんには悪いが、イヴさんから伝えられた文字に、私の胸が躍った。

イヴさんと相談して、とりあえずは海軍の一件が落ち着くまではこれ以上は踏み込まないことにしている。



"これからどうするの?"


イヴさんには、おじさんにただの生理痛だったことを伝えてもらっているところだ。彼女から渡されたメモを見て、このあとのことを考えていた。


とりあえず、宿に戻ろう。
おばあさんの点滴も換えないといけないし、きっと、リース君も心配しているはずだ。


"なら、私達も貴女達と同じ宿をとるわ"


戻ってきた彼女に、そう伝えると…イヴさんは衝撃的な文字を綴った。


"………本気ですか"


"勿論。宿も確保できるし、貴女達の監視もできるし、一石二鳥よ。"


"………二兎追うものは、なんとやら、ですよ。イヴさん。"


"へー、言うわね。誰が協力してあげたと思ってるのよ。"



そう書かれてしまえば、何も言えなかった。これは、ローさん達に何と言われるだろう。
深い溜息をつきながらも、宿での乱闘はしないようにお願いをしてから、私は渋々と宿への道筋を辿った。


その時だ。
突然、イヴさんに腕を掴まれると路地裏へと身体を押される。

不思議に思いイヴさんを見遣ると、彼女は険し気に口を動かした。

は、し、っ、て。


そう読みとった時、イヴさんは自身の双剣を取り出すと振り返り際に降りてきた刀を受け止めていた。その間、ものの数秒。


イヴさんは、剣で相手の刀を弾くと回し蹴りで相手を気絶させた。

私が呆然としていると、再び彼女に腕を引かれて走り出す。ぐねぐねとした路地裏を走り回ると、少し拓けた袋小路に迷いこんでしまった。










―――――――…




「……ミスったわ。」


行き止まりだった。
彼女を背に庇いながらも、柄を握りしめる。目の前には町人の恰好をした何人もの男達が、武器を手にニヤついていた。


「…私達に何の用?」


「―――お前達だろう?何やらコソコソとこの町を嗅ぎ回っている魔女ちゃん達っつーのは。」


「……。魔女?何のことかしら。私達は人間よ。」


「嘘はいけねぇな。特にその後ろにいる女。そいつは狩りの対象だ。」


思わず舌打ちを漏らす。ばれていた。彼女は明記しなかったが、あの知識から考えると、彼女自身医療をかじっていることは明らかだった。後ろにいる彼女の青ざめ困惑している表情を見る。一応、彼女だって一般人だ。この娘だけでも逃がしてあげたい。


私は、足に力をこめて駆け出すと、その勢いに乗せて剣を振り落としていく。人数は多いが、一人一人の能力はたいしたことはなかった。一人の武器を剣で受け止め、背後に回ったもう一人を後ろ脚で蹴りあげる。
男達は最初こそ勢いがあったが、一度乱闘となればその実力差は明らかだった。


残り、六人。


後ろ向きに回転し、側面からの攻撃を避ける。両足を広げてそいつらの顔面に打ち込めば、あっという間に吹き飛んでいった。


あと四人。


この実力差なら、こちらが有利だった。それは確かのはずだが、男達の顔から笑みが消えない。

どこか頭の奥でジンジンと鳴る警告音を覆い隠すように、こちらに向かってくる男に回し蹴りをかました。


「右斜め下に。」


「――っな!」


女の声が聞こえた。と同時に、男はその言葉通に右斜め下にしゃがみ込んだため、私の蹴りは不発に終わった。

マグレだろうか。
気を取り直して、双方の剣で男の手元を狙う。


「左に五歩、ジャンプで回し蹴りを避けて腕を振り落とせ。それから、お前はアレを奪っておいで。」


まただ、左に避けられたことで攻撃をを避けられ、苦し紛れの蹴りも当たらない。それどころか、相手の攻撃もくらってしまった。
身体を僅かにずらせたおかげで、傷は右肩のみに留まらせたことが幸いだった。


「………っ!」


『イヴさんっ!』


「来ないで!」


今にもこちらに駆けてきそうな彼女に釘をさしておく。
それから、男達の背後にいる長身の女を睨みつけた。
血のように赤いドレスを身につけている。悪魔の実の能力者だろうか?完璧に私の攻撃が読まれているようだった。


まずは、女を狙ってやる。


そう考えた私は、男達の攻撃を避けると真っすぐ女へと駆け出した。

剣を振り下ろす瞬間、女がニヤリと笑って後に下がる。剣筋が外れた。左側面からくる刀筋が視界に入ると、これからくるであろう痛みに身体を強張らせる。しまった。防御する体制が間に合わない。


そう判断した瞬間に、私の目の前に滑りこまれた人影。


ガチンと、金属音がした。私の目の前には、敵の刀と自身の短剣を交えている彼女の姿があった。


「…な、馬鹿。何してるのよ。」


来るなって釘を刺したはずだ。


「右っ!」


彼女の右側に見えた影に、思わず叫ぶ。けれど、彼女が反応を示さないことでようやく私も気づいた。闘いに夢中で欠落していたが、彼女に私の声が届くことはない。さっきの牽制も彼女には聞こえていなかったのだろう。


「…くっ!」


別の刀先に自身の身体を滑りこませて、自身の剣で押さえ込む。
肩の傷の痛みが邪魔をして、押し合いではこちらが不利だった。



『―キャっ』


短い声に彼女の方を振り向くと、彼女の短剣が弾き飛ばされている。彼女は地面にへたりこんで身体全体で震えていた。


「よそ見をしている場合か?」

「っ!」


男の声に正面を向くと、別の男が刀を振り下ろしてくる。
咄嗟に右手の剣で対応するも、その分肩への負担が大きかった。


「悪いな。こっちはもう一人だ。」


背後から聞こえた声にハッとする。次の瞬間には背中に鋭い痛みを感じ、思わず両手を離してうずくまった。


「…………この」


クスクスと笑う女の声に、精一杯の足掻きとして睨みつける。


女の手元には見覚えのあるネックレスが握られていた。恐らくあの娘のネックレスだろう。いつの間に奪われたのか。



「この者達は広場で火刑に。他の者への見せしめにもなるからのう。――わらわは少々支部の様子を見てくるぞ。」


「「「「はっ、レッドフィーネ様。」」」」





「レッドフィーネ?お前が、あの?」


顔を歪めながら、女を睨む。私の視線に気づいたのか、彼女は鼻で笑うと私の剣を拾った。



「たかが海軍風情が。わらわに勝てるとでも?」


「………」


「その目、気にくわぬ。」


「悪かったわね。生れつきよ。」



剣が私の顔に向かって振り下ろされる。悔しかった。心の中で、舌打ちをしつつも次の瞬間に再びくるであろう痛みに目をつむった。




『…………いっ!』



が、いつまでたっても肩や背中と同様の痛みはやってこない。
それどころか、あの娘の声まで聞こえるときた。恐る恐る瞼を開けると、そこには信じられない光景が映っていた。


「……なに、して…」


あの娘がレッドフィーネの持つ剣を受け止めていた。それも自身の両手でつかむようにして。
彼女の手の平からは、刃で斬れたのだろう深紅の血液がポタポタと流れ落ちていた。



「………。興が醒めた。お前達、後は任せたぞ。」


レッドフィーネは、そう吐き捨てると剣を捨て去っていく。

それで力が抜けたのだろう、彼女はその場に崩れ落ちるとまた身体を震わせていた。怖いくせに、一般人のくせに無理しちゃって。私を庇わなければ、怪我もしなくてすんだのに。そう思わずにはいられなかった。


「……馬鹿な子。」


男達に身体を縛られながら、未だに震えている彼女の背中を見遣る。



―――守ってあげられなくてごめん。


心の中でそう謝罪しながらも、重くなる瞼を抑えられなかった。
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