能力者同士の戦
―――――――…
「………。ただのルビーだな。」
「……そうみたいですね。」
ローとアザラシが地下までやってきて、この場にいる全ての海賊を倒してから訪れた静寂の中。倒した敵の一人が握っていた赤いルビーのネックレスを手に取って判断を下すと、ローはそれを放り投げた。
「…噂は噂、というわけか?」
どこか腑に落ちないといった様子で、ローは考え込む。
「……魔女の"血"によってつくられたレッドサロー、か。」
暫くして思い立ったのか、顔を上げるとアザラシを見遣った。
「……そういえばシャチとペンギンはどうした。」
気づいた時には、二人はいなかった。あの二人の実力ならば、そうそうやられることはないはずだ。……どこかで道草でもくっているのだろう、そう頭の隅でローは考えていた。
アザラシは耳に手を当てながら呟く。シャチとペンギンに向けたメッセージだった。
「―――応答しませんね。」
「………。アザラシ、お前は先に戻って二人を捜しておけ。」
「了解。」
アザラシは一つ頷くと踝を返そうとしていた。
「……アイツからの音はあったか?」
ローからのとってつけたような問い掛けに、アザラシは足を止めて首を振る。ナツミもリースも今日一日は宿から出るつもりはないと言っていた。今回は潜入ではなく戦闘目的の突入だったため、アザラシがこの間ほどあちらの音に気にかけることはできなかったが、それでも時折は耳をすましているつもりだった。
「…応答は?」
アザラシは耳に手を当てながら呟く。
「――ない、ですね。」
「……。そうか。」
ローは少し思案するそぶりをする。アザラシの能力だ。通常ならば、聞こえないはずはない。
応答がないということは、つまり寝ているか気を失っているかのどちらかになる。リースが言うに、昨日ナツミは婦人を徹夜で看病していたらしい。もしかすると単純に眠ってしまっているだけかもしれないが……。
「一応、後でリースにも連絡してみます。…何か嫌な予感がするんで。あの子、余計なこと等していないと良いんですけど。」
「―――そうだな。」
「とりあえずは、二人を捜してきます。」
「……あぁ。」
ローが頼んだ、と頷いた瞬間だった。微かな殺気と共に、辺りが白い粉に包まれていく。
気配を察知したローは、ある一点に視線を向けると臨戦体制をとった。
その先には扉。
アザラシは不思議そうに首を傾けると、自身の目の前にある扉を見つめた。それは上階へと続く扉でもあり、アザラシが正に今から向かおうとしているところだった。
「アザラシ、少し下がってろ。」
ローの言葉に反応したかのように、ギギギギと扉が音をたてて開いていく。
「―――悪いね。トラファルガー。この二人にはちょっと眠ってもらってるよ。」
現れたのは、アダムだった。
「――お前は……この間の岩塩屋、か」
「……シャチ、ペンギン!」
アダムの周囲を渦巻いている白い粉が、ぐったりとしているシャチとペンギンを持ち上げて運んでいた。
「…二人に何をした。」
冷え切ったローの言葉に反してアダムは穏やかに微笑む。
「加減したからね。少し水分が足りないだけだと思うよ。」
アダムがそう言うと、浮き上がっている二人をアザラシの前に置いた。アザラシは警戒するようにアダムを睨みつけたまま、二人の様子を伺う。
「目が醒めた時にでも水を与えてあげると良い。おれはこれ以上こいつらに何かをするつもりもないんだ。」
「…何のつもり?敵に塩を送りたいわけ。」
アザラシが口を開くと、アダムはクスクスと笑い始めた。
「上手いね。でも、深い意味はないよ。今回の目的は支部の奪還。君達を捕まえるつもりは……まぁ無くはないんだけど、それよりも優先事項があってね。」
「――優先事項?」
ローが鋭くアダムを睨みつける。アダムはアザラシからローに視線をやった。
今までシャチやペンギンを持ち上げていた白い粉がアダムの周りに集まっていく。
「そう。――トラファルガー、この間の君への借りを返そう、と思ってさ。」
「……。借り?」
「あぁ。」
「…貸した覚えはないな。まぁ、海軍妹が用意した手錠を借りはしたが。」
鼻で笑うローに対して、アダムは眉を潜める。
「前回は君の能力で……海楼石の手錠をまんまとかけられたけどね、今回はそうはいかないよ。」
「……どうだかな。」
「……あんまりナメるなよ、トラファルガー。」
ソルトクラッシュと呟いた。白い粉―――沢山の塩がローに向かって襲いかかる。
ローは、ROOMと呟いてサークルをつくると自身とアダムの背後側にある瓦礫と"交換した"。
再度、ROOMと呟く。アダム自身を包むようにサークルをつくると、ローは大太刀をかまえて振り落とす。
「……ふ。無駄だよ。」
刀身がアダム触れた瞬間、アダムの下腹部が粉末状となって拡散していく。
「―――なら、これはどうだ?…メス」
まだ粉末になっていない上半身に向かってローが腕を突き出すと、アダムは後ろに飛びのいた。
それを追って、ローは次々と技を繰り出していく。
「……飛ばすね。体力、持つのかい?」
「黙れ。お前こそ、さっきから避けてばかりだろ。」
ローが近づきアダムに向けて蹴りあげるが、アダムの身体に当たったところで粉末化してしまった。そして次の瞬間、アダムによって片足を取られてしまう。
しかし、ローは能力を使って瞬間的に移動して距離をとった。
ロギアに物理的攻撃が効かないとは知りつつも、ローは小さく舌打ちをする。
「………。アザラシ、今のうちに水を確保しておけ。」
「……はい。」
アザラシがシャチとペンギンを連れて移動するのを確認すると、ローはアダムを鋭く見遣る。口元は僅かに上がっていた。
「……それ程、おれの攻撃をくらうのが嫌なのか?岩塩屋。ロギアだろ。」
「………最近、気になる情報が入ったからね。まぁ、念には念を、ってわけさ。」
「………。気になる情報、か。それは"覇気"のことを言っているのか?」
ローの言葉に、アダムは目を丸くする。微かに息を呑む音がした。
「……っ。お前のような新米海賊が、どこでそのことを?」
一般にはまだ出回っていない情報だ。海軍の、それなりの地位にいたとしても、その情報を知らないものがほとんどである。もし別の任務の担当であったならば、大佐であるアダムでさえ知り得るはずのないものだった。
「――お前に話す義理はないな。」
ローは微かに笑うと、右手を構えて能力を発動させた。
「―――騒がしいと思うて来てみれば、海軍と海賊の喧嘩か?」
クスクスと笑う声に、ローとアダムが動きを止めると振り返る。
そこには赤いドレスを着た女が大きめの瓦礫に優雅に座っていた。
「………。」
「…君は誰かな。ちょっと今取り込み中だから、できれば邪魔されたくないんだけれど?」
女はニヤリと笑う。
「…そのまま続けてもらってかまわん。わらわは、この宝石を確かめにセイラゲーブに立ち寄っただけだからのう。だが、これを見た限りでは、それも無駄骨だったか。」
女の手元には、先程ローが放り投げたはずの宝石と――――
「―――ROOM」
ローは能力を発動させると、手近にあった小石と女の手元を交換する。ローはマジマジと自身が握っている音玉を見つめた。
この音玉は、ローが護身のためにナツミに与えたものに違いなかった。
「――なぜお前がこれを持っている。」
ローの鋭い視線を浴びた女は、それでも余裕な表情は変わらずに微笑む。それが余計にローの眉間を寄せさせた。
「――魔女の持ち物、とでも言おうか。今頃、女海兵と共に火炙りにされていると思うがのう。」
女のゆったりとした言葉に、ローとアダムが反応する。
「――魔女、だと?」
「……女海兵ってまさか。」
女のクスクス笑いが止まらない。
「おお、そうだ。丁度お前達の思い描いている女共だ。」
「「…………」」
「それでも少しは愉しめると思ったんだが、わらわの退屈しのぎにもなら――――」
女の言葉が最後まで出で終えることはなかった。二人の男が静かに構える。ROOMという声とソルトクラッシュという声が響いたのはほぼ同時だった。
「…トラファルガー、君はちょっと下がっててくれるかい?この女性には少々聞きたいことがあるんだ。一時休戦をしよう。」
「…おれに命令するな。それに、その女に用があるのは、おれも同じだ。」
女は笑みを深めると、静かに立ち上がった。