やるなら倍返し

『………あった。』


船に着いて早々、目的の錠剤を見つけた私はそれを幾つか手にとってポケットに入れる。そして、懐からナイロン袋に一つだけ入っていた錠剤を出すと一気に飲み込んだ。




「――――見つかったの?」



後ろからアザラシさんの声が聞こえたため、振り返る。この部屋の入口付近にはアザラシさんの他、心配そうにこちらを覗きこんでいるリース君やイルカさん…それに、恐らく事情を聞いたのだろう船番だったベポが立っていた。



『……はい。急いで、宿に戻りましょう。』



今は、そう伝えることしかできなかった。




――――――――…



宿に戻ってすぐにローさんの部屋に向かった。そこには、シャチとペンギンさんがローさんを見張るように椅子に座っていた。


ローさんの状態を見遣れば、冷汗がみられる外、呼吸も苦しそうである。時折傾眠はみられるけれど、昏睡までにはいたっていない状態だったため、とりあえずは安堵した。


ペンギンさんの話しによれば、少し前に自分で起きて、タルタレスの特効薬の注射も打ったらしい。


"それより、ナツミ。アンタも顔色が悪いが大丈夫なのか?"


ペンギンさんが渡してくれたメモ紙にはそう書いてあり、思わず苦笑を漏らした。思ったよりも、効きめが速いらしい。
大丈夫、とそれだけ伝えるとそっとローさんの傍に近寄った。



『……あと、もう少しだけ頑張って下さい。』



私は、それだけをローさんの耳元で呟く。皆には治療の準備をするということを伝え、一度自分の部屋に戻ることにした。



『………え。』


自身に宛てられている部屋のドアノブを回そうとした時だった。口を塞がれたかと思えば、なす術もないままに自分の部屋とは別の部屋に連れ込まれてしまった。
床にヘタリこんだ私にメモ紙が渡される。



"……貴女、大丈夫だった?"


鈴を転がしたような可愛らしい声色は今は聴こえないけれど、黒髪のツインテールをした女性がしゃがんで私を見つめていた。
連れ込まれ方も、その第一声もナチュリ島での出会いの時と全く同じだったために、思わず苦笑した。


『………イヴさんこそ。』


私の言葉にイヴさんは肩を竦めている。動きがぎこちないところを見れば、服に隠れている背中の傷は相当痛むのだろう。
隣に立っていたアダムさんが、イヴさんにベッドに戻るよう促すと彼女は渋々ながらも頷いていた。

イヴさんがベッドに横たわるのを見届けたアダムさんが目の前にしゃがみ込んでみせると彼女と同じように私を覗きこんでくる。
彼に優しく手をとられて促されるままに椅子に座ると、メモ紙を渡された。


"……妹を庇ってくれたらしいね。まずは礼をさせて欲しい。ありがとう。"


頭を下げる彼に首を振って押し止める。



『イヴさんを巻きこんでしまったのは私です。……すみませんでした。』



"……事情は聞いたよ。けれど、おれ達だって紛れも無く海軍。理由はどうあれ今回は彼女の気の緩みと力不足が招いた結果なんだ。君が謝る必要はないさ。"


アダムさんの文字に目を見開いて彼を見遣る。そこには真摯な瞳があり、海軍としての覚悟というものを垣間見れたような気がした。


"――そういえばトラファルガーの様子はどうだい?"


偵察だろうか。ローさんが弱っている今、彼はチャンスとばかりに捕まえようとしているのかもしれない。


『…………。』


"あぁ、勘違いしないで。おれだって別に弱ったアイツをどうこうしようとは思ってないよ。こっちにもプライドがあるからね。"


つまりは万全の状態ではないローさんを捕まえる気はないと暗に言っているのだろう。



『………彼は、大丈夫です。』


言葉を選んで、そう濁した。



"…へぇ。それは、アイツを君が治すってこと?君から海水の香りが微かにしているっていうことにも、関係しているのかな。"



ギクリと、肩を揺らした。鋭い彼の指摘に、背中に冷や汗が流れる。気にしないようにしていたが、第三者に指摘されてしまえば、心なしか身体全体が一段と重くなってきたような気がした。




"………彼も罪な男だね。"


『…………』



どう返せば良いのかが分からずに口を噤む。
彼は別に返事を期待していたわけではなかったのだろう、こちらの反応を特に気にすることもなくペンを走らせていた。


"―――さて、そろそろ本題に入ろう。君は、いつまで海賊に身を置いているつもりなのかな?"



『……どういう意味でしょう。』

"意味なんてないよ。純粋な疑問、かな。…今回のことで良い加減思い知っただろう?海賊に身を置けばどんなに危険が伴うのかって。"


アダムさんの視線が、私の身体全体に巻かれている包帯を行き来した。


『……この怪我は私の自業自得です。海賊に身を置いているからではありません。後悔もしていません。』


"…だけど、そもそもこの特殊な島に滞在する羽目になった理由は指針が示したから、だろ?"


頭をかきながら、アダムさんはその端正な顔を歪めた。
彼が言いたいことは分かる。けれど、私は、ローさん…それにハート皆と一緒にいると、決めたのだ。



"…分からないなぁ。どうして、悪の道に自分から進もうとする?野望や目的があるならまだしも、君は……普通の人間だろう。戦闘力もほぼ皆無じゃないか。そんな人間がこの海で生き残っていけると本気で思っているわけでもないだろう?"


アダムさんの言葉はほとんどが正論だ。少なくとも、少し前の私ならば押し黙り、うじうじと悩んでいたかもしれない。



『………海賊が悪って、どうして言い切れるんですか。』



気がつけば、そう返していた。
分かってる。アダムさんは私のことを心配して忠告してくれているってことは。けれど、止まらなかった。アダムさんの眉が潜むのを見遣って、更に口を開く。


『…悪いことをしている海賊がたくさんいるのは確かです。けれど、だからって海賊=絶対的な悪と決めつけるのはどうなんでしょう。』


「……………」


『海軍だってそうです。良い人、親切な人がたくさんいるかもしれませんけど、本当に海軍=絶対的な正義、なんですか?海軍なら皆正しいんですか?』


部屋にかけられている、海軍の制服を見遣る。恐らくアダムさんのものだろう。そこには"正義"とデカデカと誇張されていた。



『………私には、正義だと強く暗示を掲げなければすぐに崩れさってしまうかのような印象―――ッ!』


視界に剣先が見え、思わず口を閉じる。剣を握るイヴさんがこちらを睨みながら、口をパクパクと動かしていた。それを、アダムさんが諌めてくれている。



『イヴさん、生意気なことを言ってごめんなさい。別に貴女達を馬鹿にしているわけではないんです。ただ――』


「「………」」



アダムさんに続きを促されたため、自分の想いを口にしていく。



『……ただ、絶対的な悪とか、絶対的な正義とか……そんな明確に二つに分けられるほど、この世界は単純なものなのですか?――少なくとも、私の世界は、もっともっと複雑なものでした。』




アダムさんが、不機嫌なイヴさんをベッドに戻した後、ペンを走らせた。



"――なかなか、興味深い意見をもらったかな。真っ正面きってこの"正義"を切られたのは初めてだよ。君、変わってるって言われない?"


朗らかに笑うアダムさんを見て、僅かに緊張が緩む。


『……図太い、とはよく言われます。不本意ですけど。』



そう言うと彼は更に笑った。




"話しを少し変えようかな。…君ってさ、もしかしてトラファルガーに恋、してる?"



『……………はい?』



彼の文字を思わず二度見した。



『………例のシーホステッドのことですか?』


"いや…経験上、それともちょっと違うような気がしてね。だから、そんな命知らずな行動、というか言動をとるのかなーとね。ふと思ったわけ。"


『…………』



"貴重な意見をくれたお返しに……トラファルガーってさ、敵にどうやって薬を飲まされたと君は思う?"


それは私も疑問に思っていたことだった。


首を傾けアダムさんを見遣れば、ニッコリと微笑んでいる。


『…………わかりません。』


私の答えをきいて、アダムさんは頷く。
それから彼の形の良い唇がゆっくりと動いて、く、ち、う、つ、し…と象ったものを読み取れば、思わぬ回答に固まった。
能力で動けなくさせられたから、とか、海楼石をはめられたからとか、そこに至る経緯を教えて貰えるものだと思っていたからだ。


この人…。


私が、ローさんに好意を寄せている。私の本意はどうであれ、彼の中ではその前提の下で告げてくれたはずだ。アダムさんの綺麗な顔には似つかない底意地の悪さを感じた。



『……私、そろそろお暇(いとま)します。』



そう言って立ち上がると、ドアノブに手をかける。部屋を出る間際に、相変わらず朗らかな笑みを崩さない彼を一瞥した。



『……言い忘れてましたけど、まじょ……海岸沿いの森に海賊の残党が伸びてましたよ。』



お仕事、頑張って下さいね。




そう一言アダムさんに告げると、怠い身体を鞭打ちながら自室へと戻ることにした。
背後で少し慌てた気配を感じればちょっとだけ気分が晴れる。

だから。



「……どこに行ってたわけ?」




部屋内では、アザラシさんがイライラしながら私を待っていたとはこの時には思いもしなかった。


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詳細な場所を敢えて教えないところがミソ。
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