優しさとは

――――――――…


「――――で?」


あの後、予想通り私だけがローさんの部屋へと連行された。例によって彼の部屋のソファーに隣同士で腰を降ろせば、間髪入れずに横からの視線が突き刺さる。


『……。生理が……その……。』

「……。」

『……。』


「……。いつからだ。」


『………この世界にきてから…ずっと…。』


「……と、すると二ヶ月くらいか。一応聞いておくが、心当たりは?」


ローさんの問い掛けに、思わず両頬が熱くなる。私は、彼の視線から逃れるように顔を反らすと首を横に振った。


『……三ヶ月間は、様子をみようと思ってたんです。』


「そうだな。だが、何かあっても困るだろ。採血とエコーくらいはしておいた方が良い。」


『……エコー………ですか。』


歯切れの悪い私の返事から察したのか、ローさんは苦笑を零すと立ち上がった。


「経腹の方だ。…考えてみろ。男しかいなかったこの船に、婦人科用のプローブがあると思うか?」

『………確かに。』


私はふうっと息を零してから、彼に倣って立ち上がる。隣接する処置室に移動すると、採血とエコーに必要な物品を揃え始めた。


――――――――…


採血が終わった後、簡易ベッドに寝かされた私はやや緊張しながらも、視線をローさんとモニター画面の間を落ち着きなく行き来させていた。


「―――局所の情報量としては劣るが、全体像の把握は経腹式の方が優れている。」


『……はい。』


検査用ゲルをプローブに塗られ、下腹部へと宛てられる。ヒヤリとしたその感覚に身体が跳ねた。


「…楽にしてろ。すぐに終わる。」


『…はい。』


プローブの角度や深さを変えられるその感触がくすぐったかった。けれど、画面をくい入るように見ているローさんの瞳は真剣そのものだったため、下手に動くことも声を出すこともできない。出所がよく分からない緊張感のためか、掌には汗が滲んでいた。


「――今見た限りでは器質的な異常は見当たらないな。」


『…そうですか。』


プローブを離され、おしぼりを手渡されるとお腹周りのゲルを拭き取った。



「……あとは血液のFSHとLHの値次第だ。」



ローさんの言葉に瞼を閉じた。卵胞刺激ホルモンであるFSHは卵胞の発育を促し、黄体形成ホルモンであるLHはこの成熟した卵胞からの排卵を促すものだ。月経異常が生じているということは、この二つのホルモン値にも何らかの変化が起きている可能性がある。



『………。』


「自覚がなくとも、身体は案外正直だ。この環境の変化にお前の身体はまだ戸惑っているのかもな。」


『………そう、ですか。』


「――――とは言え、エコーはもう一台必要だな。今度婦人科のやつ一式も購入してみるか。」


『……え?』


驚いて彼を見遣れば、ローさんは顎元に指筋をあてて考え込んでいた。彼は、本気だろうか?


『い、いやいや、買わなくても大丈夫ですよ。落ち着いたらまた正常な月経に戻るでしょうし、エコーだって、そんなポンポン買えるほど安いものでもないですし!』


慌ててそう伝えれば、ローさんの視線と交わる。それから、彼は私の頬に手を添えてきた。少し冷えた彼の体温が温い頬に気持ち良く感じる。心臓がトクリと騒ぎ始めようとしていた。



『……ロー、さん?』


彼は、目を細めると口端を片方だけ引き上げた。随分と人相が悪い顔だ。それはまさしく――。


「おれ達は何だ?」


『………え?』


「…おれ達は何の集団だ?」


『―――海賊です。』


「そうだ。強い海賊が生き残る。金のことならお前が心配するまでもねェよ。仮に足りなくなったとしても手段は幾らでもある。お前も大体は解るだろ?」


他の海賊から奪う気だ。
彼の言葉に対して当然とばかりにおそらくは正解であろうその考えが脳裏を過ぎった。
思わずカラ笑いが零れる。


「――だが、その前に。」


突然、鋭い痛みが片頬を走った。何事かと見遣れば、ローさんが私の頬を触れるだけでは飽き足らず、頬を掴んで引っ張っている。


「…案外、伸びるな。」


『いたいです、ローさん…。』


「離して欲しいか?」


彼の言葉に何度も頷けば、彼はすぐに止めてくれた。ヒリヒリと疼く頬を自身で撫で付けながら、彼を睨みあげる。


『…いきなり、酷いです。』


「だが何かあった場合、その程度の痛みじゃ済まないことだってある。」


『……え?』


彼の意図が分からずに首を傾ければ、ローさんは苦笑している。疼く頬を今だに摩っていた私の手を取られると、代わりにローさんの掌が私の頬を覆った。それからゆっくりと上下に動かされる。



「…今は海賊だからな。新入りのお前は特に、一つ一つが必死だ。自分の身体のことが二の次になるのも分かる。だが、お前だって女だ。いずれは母親になる身だろ。」


ローさんの言葉に思考が停止した。


『……。そんな先のことなんて、分からないですよ。相手もいないし、一生独身かもしれない。第一、そこに至るまで生きていないのかもしれないですし……。』



ローさんの掌の動きが止まった。先程、「強い海賊が生き残る。」と、彼はそう言った。裏を返すなら、私のような弱い人間はすぐに殺されてしまうということだ。
そして思い浮かんだのは、先日のセイラゲーブでのこと。ローさん達に助けてもらわなければ、私は何度死んでいたことだろう。



「確かにお前は弱い。だが、だからこそ、この船に乗っている間はそう簡単に死ねると思うなよ。」


『…え。』


「お前はおれの仲間だ。お前の死に場は船長のおれが決める。」


『…………ローさんって意外と横暴なんですね。』


そう呟けばローさんは小さく笑った。


「これでも海賊だからな。とにかくそうやすやすと殺させねぇよ。おれもアイツらもな。」


私はようやく彼の意図を察すると、口元の緊張を緩ませた。



『――だったら、私も自分ができることを頑張ります。強くなりたいし、もっと医学を学んで、ローさんの…ハートの皆の役に立ちたいです。』


この船において、私が一番足手まといなのは分かっていた。けれど、このまま皆に甘えたままでいるのも嫌だった。私は私なりにもっともっと頑張りたいと思った。



「そうか。」


『はい!』



「なら話しは早いな。」


『………え?』


口端をあげたローさんを見遣れば、どことなく嫌な予感が飛び纏う。



「――明日の健診だが、お前がやってみろ。」


『…………。え?一人で、全員分、ですか?』


「当然だろ。ただしペポと−−アザラシはおれが診る。後の奴らは頼んだぜ。」



『え......あ、あの……ローさん?私今まで内診をしたことがなくて…、とても明日まで間に合うとは……。』


「安心しろ。おれが今からみっちり叩きこんでやる。」


『…………』


「もっと頑張りたい、だろ?」


『……………。ハイ、ヨロシクオネガガイシマス。』



彼の一連の言動は、あの、点滴の悪夢を彷彿させる。口車にうまく乗せられてしまった。


けれど、どことなくワクワクとした様子のローさんを見てしまえば、これからのスパルタ指導を想像して恐ろしく思う反面、正直嬉しく思ってしまう私も確かにいる。

引き返せないくらい近づきすぎてしまうのが怖い、けれどもっと彼に近づきたい。この矛盾した気持ちを持て余しながらも診察台から降りると、ローさんの指示のもとに必要物品を揃え始めることとなった。



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甘いけど甘やかさない、スパルタなローさん。
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