仲直りの仕方

ーーーーー


『あ、ベポ!洗濯はやっておいたから大丈夫だよー!』

「え?じゃ、じゃあオレが干すよ!」


『ううん、そんなに量もないし私一人で大丈夫』


「ナツミ、お前オレの風呂掃除もやってくれたのか!?」


『あ、うん!なんか時間に余裕があったし、身体動かしていたくて。』

「けど、お前、、、その顔、、、」

『あ、床掃除しようと思ってたんだ。ごめん、シャチ!また後でね。』

「あ、おい!!」



翌日以降のアザラシさんの看病は、今はあまり本人に刺激を与えない方が良いとの判断でローさんが直接行ってくれていた。けれど、ただアザラシさんの回復を待っているだけは嫌だったため、ローさんの指示のもと薬を作ったり、カルテを書いたり、処置具を用意したり、、、と自分にできるものならそれこそ寝る間も惜しんで動き回った。勿論、アザラシさんが寝込んでいる今、みんなの食事を作ったり、洗濯、掃除もしている。私はとにかく、身体を常に動かしていたかった。午後にはセイレンの入院している診療所に行って彼女の状態も知りたいし、後でローさんに相談してみようか。


「……。おい、まさかお前まで倒れるつもりか?」


廊下をモップがけしていたとこらへ声がかけられて思わず、身体が跳ねた。振り返れば、そこにはまさに今思い浮かべていたローさんがいて、両腕をくみながら私を見下ろしている。


『あ、、ローさん。えっと、アザラシさんの状態はどうですか?』

「……。大分回復した。」

『そうですか。それなら良かった。あの、セイレンの様子は、、、』

「……まだ連絡は来てねぇ。」

『そう、ですか。それなら午後にでも様子を見に行く時間をもらっても良いですか?状態だけでも、知りたくて。』

「あいつがそれを望んでいると思うか?」

『……あ、』


そういえば、彼女はローさんの診察も拒否していたのだった。それなら私が行ったところで、彼女の気分を害するだけなのかもしれない。

やや視線を下げて、自身の足元を見ながら息をこぼす。大分思考力が落ちてるな。そうしてやり過ごそうとしていたのだが、彼は見逃してはくれなかった。いつかのように、顎を掴みとられると強引に上にむかされる。否が応でもローさんのこちらを観察するような視線とぶつかった。


『………。』

「……もしかして、お前、あれから寝てねぇのか?」

『…全く、ってわけではないですけど、なかなか寝付けなくて。そんなに、隈酷いですか?』


逃れられないと思った私は、降参とばかりに正直に話した。彼は舌打ちをすると、ついてこい、と言ったきり無言で歩き始める。

やや小走りになりながら彼の後を追うと、その先に見えるのは薬品庫だった。普段医療で使う薬はここに保管され、その保管数が少なくなるとこの場で調合もできる。

用意されていた椅子に無理やり座らされると、ローさんはテキパキと様々な薬草や薬品を取り出して調合をし始めた。どうやらアザラシさんへの薬をつくっているようだ。


「−−−−少し待ってろ。」


暫くして薬が出来上がったのだが、ローさんは作った薬をそのままに一度この部屋をでていった。
それから暫くして開かれた扉には、ローさんがいてその手にはお盆に水とホットミルクが置かれている。それに先程の薬を乗せた後、彼は私にずいっとお盆を手渡してきた。

「……仕事、したいんだろ。これ持ってアザラシのところにいってこい。」

『……え?』

「……。眠剤を処方するだけでも良かったが、それじゃ根本的な解決にはならねェ。なら直接本人同士が話した方がはやい。」

『……え、でも』

「良いから行くぞ。」

戸惑う私をよそにローさんはスタスタと部屋を出て行くものだから、慌てて後を追うことになった。








「……。」

『……。』


「……。」

『……。』


そして現在、私とアザラシさんは二人きりでいて、とても気まずい思いをしている。

『……あの、体調は』

「……もう大分良い。」


まだ本調子ではなさそうだが、大分体調も落ち着いたらしい。腕の発赤もほとんど治りかけている。私は椅子から立ち上がるとベッドサイドのデスクにお盆を置いた。あまり長居しても、彼を疲れさせてしまうだけだ。


『それなら良かったです。薬、ここに置いておくので飲んだら、また休んでください。』


そう言って踵を返そうとした際、右手首を掴まれる。驚いて振り返れば、アザラシさんの切れ長の瞳とぶつかった。


「……ホットミルク」


『……え?』


「だから、ホットミルク!僕は飲まないからここにあっても困るんだけど。」

『あ、ごめんなさい。じゃあ、ミルクだけ持っていきますね。後のものはまたあとで取りに−−−−』


そこまで言った時、アザラシさんが大きなため息を吐いた。

「……なんで察せないの?ホットミルクは君がここで飲む分でしょ。さっさと座りなよ。」

『……え、でも、』

「良いから、座れ。そして飲め。」

『ハイ。』


アザラシさんの有無を言わさぬ物言いに、私は諦めて再度椅子に腰を下ろした。そのままホットミルクを数口飲み込む。ミルクが丁度良い温度まで下がっていて美味しかった。
それからデスクにカップを置くと、アザラシさんに腕を掴み取られて思わず肩をビクつかせてしまった。

「……別に何もしない。怪我はしなかったわけ?」


アザラシさんの言葉に数日前に彼の逆鱗に触れた際の記憶が蘇る。彼は怒りながらもちゃんと手加減をしてくれていたのだろう。あの時、雰囲気や言葉尻は怖かったが、私の身体には傷一つついていなかった。


『大丈夫です。……私の方こそあの時はすみませんでした。』

「………。」


『あの、アザラシさん。私は、どんな過去があっても、アザラシさんはアザラシさんだと、そう思ってます。今日はそれだけでも伝えたくて……。』

「...........」

『アザラシさ、ん?』


「ーーーーっ」


アザラシさんに腕を離され耳元に手を伸ばされる。そのままジッと待っていると、彼は私の両耳の補聴器を外した。それの真意を問う間も無く今度は手首を掴まれると力強く引かれたため、椅子に座ったまま顔だけベッドに伏しているという奇妙な体勢になってしまった。




「……僕との会話に必要ないでしょ。そのまま聞いて。」

『……はい。』


「−−−−僕は幼い頃に両親に捨てられた。」

『え?』

「黙ってきく!」

『はい!』

「−−−−正直親の顔は覚えてない。物心つく前だったのもあるし、単純に思い出したくないのもあるかもしれないけど。」

『……』

「それから、路上を転々とした。生きるためになんでもやった。それこそ、君には想像できないようなこともね。その時に縁あって悪魔の実を食べた。」


『..........』



「それから間も無くだ。……僕は天竜人の奴隷になった。能力者にはなったけれど、大した攻撃力もない僕を捕まえるのは簡単だったろうね。」


シーツに顔を押し付けられているためアザラシさんの表情をうかがい知ることはできなかったが、静かにそして淡々と言葉を紡いでいく彼の物語に、胸を締め付けられる。


「最初は掃除。ある程度要領を掴めば、その次は料理係にされた。そこにいた料理長は−−−−」


そこで不意に言葉が途切れたため、私は重たい頭を少しずらして彼を見上げる。彼の表情は前髪にかかってよく見えなかったけれど、強く唇をひき結んでいた。

「彼は料理人奴隷だったけど……元薬師でもあって、いろんな知識を僕に与えてくれた。」


『..........』


「一生ここから出られないんだから僕には必要ないって言ったんだけど、あいつは聞いてくれなかった。知識は多いに越したことはない、いつかきっと役に立つ日もくるって。.......結局、その通りになった。」


アザラシさんの薬や治療に対する知識のルーツはそこなんだな、と気づいた。


『……その方は、今は?』

「……わからない。逃げ切れたのは僕だけ。それからはこの左胸の印を隠しながら、転々と島を移動し続けた。じゃないと、いつ、またあの場所に戻されるか……そんなことばかり考えていた。船長に会ったのはそれから暫くしてから。」


『……そう、だったんですね。』


アザラシさんの話しにひと段落がついて、感謝を言いつつ頭を起こそうとしたのだが、相変わらず重たい。疑問に思いながらもアザラシさんを見上げれば、視界が酷く霞んできた。


「……ようやく効いてきた?船長に次いで二人目だよ。僕に……ここまで話さ……せるなんて。」


徐々にアザラシさんの声が遠のいていく。まだ、目を閉じたくないのに、ズブズブと身体が勝手に休息へと入ろうとしていた。



ーーーー

「船長、良い加減にしてくれる?病人を使わないでください。」

自身の足元で、すぅすぅと寝息を立てている彼女を確認してから自室の扉に背を預けている船長を見遣った。

「……使うも何も、こいつが目を離した隙にミルクに薬を盛ったのはお前だろ?アザラシ。おれはただこいつを連れてきただけだ。」



「よく言いますよ。こーんなあからさまな隈をつけたこの子を連れて来られれば、僕が眠剤仕込んでまで寝かせようとすると貴方なら分かってましたよね。ご丁寧に僕が一切飲まないホットミルクまで持たせて。」


クククと船長が笑っているのをみとめれば、僕は大きなため息をつくことしかできなかった。しかも、この子用の飲み物に、水や茶類ではなくてミルクにしたところ。効果の発現時間もこの人が作為的に調整したのではないかと勘ぐってしまう。


「んじゃ、こいつはおれが部屋まで連れていくから、お前はゆっくり休めよ。」


船長は彼女を抱きかかえると颯爽と部屋を出て行った。言われなくてもそうしますよー、そう呟きながらシーツを被って横になろうとした瞬間ーーーーバキバキ。
今嫌な音がした。そして腕に残る感触。慌ててベッドについていた肘をどかすとーーーーそこには見るも無惨な補聴器が転がっていた。


サーっと顔から血の気が引く。

「……嘘だろ。」


慌てて補聴器の部品を掴み取ると、着の身着のままで部屋を飛び出した。
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