メディカルパニック

―――――――…

ナチュリ島を無事に出発し、次の目的地へと向かうポーラータング。
この日は朝から鈍色の空が続き、怪し気な風が吹いていた。ベポの話しではあと数時間もせずに、嵐になるとのことだった。


「船長ー、おれです。」


「そろそろ天気荒れるそうですよー!」


「キャプテーン」



それを聞いたペンギンとシャチが、ベポと一緒に潜水の許可を貰いに行こうとローの部屋をノックするが返答がない。


「……いないのか?」


「……みたいだな。」


「えー!キャプテンどこ行ったんだよー、早くしないと嵐がくるよ!」


「「………確かに。」」



その時だった。船がグラリと揺れた際に、船長室の隣の部屋…所謂実験室からガチャンという割れた音が三人の耳に届いた。


これは…と思い、三人は目を見合わせると急いで隣の部屋へと飛び込む。


「船長、いるんです…………か」

「船長、嵐!あらし………が」


「キャプテ…………ン?」



三人は固まった。固まらざるをえなかった。なぜなら、目の前の椅子に座っていたのは、子供だったからだ。薬品がかかったのかその姿はびしょ濡れである。


「………しくじったか。」



彼は小さく舌打ちし、実験を続けようと小さな手でビーカーを持った。






「「いやいやいや、待て待て待て!!」」


「…え、もしかしてキャプテン!?」



「…どうした、おまえら。」


そして、ようやくドアの前に呆然と立ちすくんでいる三人に気がついたのか、彼は視線をビーカーから移した。
その姿は、まさしくハートの海賊団船長トラファルガー・ロー。けれど、身体は幼子。そして、その声は子供特有のやや高めのものだった。



「……どうした、はこっちの台詞ですよ!」


ペンギンがツッこむ。


「……あくせいのさいぼうをちいさくするくすりをつくっていた――――が、これは、そうていがいだ。」


「想定外って、オイ!悪性の細胞どころか全身が縮んじゃってるじゃないですか!!」


ローの言葉にシャチもツッコんだ。


「…………。そのうちもどるだろ。」

「本当?キャプテン。」


「たぶんな。とりあえず、しゃわーあびてくる。いいか、おれにふれる―――」




『あ、皆ここにいたんだ。そろそろ昼食の時間です………よ?え?』


ベポの背後からひょこりと現れたのは、髪を二つ結いににしたナツミだった。
ローの姿を見るや、ピシリと固まっている。シャチとペンギンは、あー…と言いながら、どう説明をしようかと互いに視線を配った。




『…………。』


「「「「…………」」」」



『あ……えっと……』


石化から状態が回復したのか、ナツミが怖ず怖ずと三人プラスベポを見渡し始めると、ペンギンがため息をつきながらも代表として口を開き始めた。


「………ナツミ、これはな。」

『あ……はい。大丈夫です。誰にも言いません。』




「「「「…………は?」」」」


ナツミの言葉に首を傾けたのは、彼女以外のこの場にいるもの全員だった。


『まさか、ローさんにお子さんがいたとは知りませんでしたけど………』


考えてみれば、このくらいの子供がいても不思議じゃない年齢だし、海賊という職業上、敵に知られるわけにもいかないですよね……と彼女は一人ブツブツと呟きながら頷いていた。



「…………勘違いって怖ェーな。」

「……ナツミの解釈のほうが現実味がある分、余計にな。」


「………。」


ローは複雑な心境なのか無言だった。そして、いつまでもこの状態のままにしておくわけにはいかないと、シャチが意を決して口を開く。


「ナツミ、あのな、この人は―――」


「るーむ。」


シャチの首元にできた僅かな空間。普通は気づかない程度のものだが、これまで何度もローの技を見てきたシャチだ。慌てて飛びのくと、ローにツッこんだ。


「ちょっ、いきなり何ですか!?」

「……………」


ローは無言で視線を逸らした。
一方で、ナツミはサークルに気づかなかったらしい。ローに近寄って膝を曲げて視線を合わせると微笑んでいる。




『―――まねっこ上手だね。今の、本物のローさんみたいだった。えーっと、僕のお名前は?』


「………。…ろーだ。」

『ローダ君ね!』

「………」

『あれ?違った?』


「…………いや、いい。」


『――?私はナツミ、よろしくね!』


シャチシャチと、小声でシャチをベポが呼ぶ。理不尽に思いながらも成り行きを眺めていたシャチは、ベポの声に振り向いた。ベポの隣には、ペンギンも複雑な表情で立っていた。

きっと、キャプテン、ナツミに知られたくないんじゃない?と、ベポは二人に囁いた。まぁ確かに、自分のガキの頃の姿なんてものは、あまり周知されたくはないものなのかもしれない、と二人は納得する。


『……それより、ローダ君びしょ濡れだよ。着替え……よりも、この天気だしまずはシャワーしよっか?』


ローは頷いた。


『じゃあ、私と一緒に入ろう。』

「「……………。って待て待て待て!」」


とりあえずは見守るに徹しようと決意したペンギンとシャチが、"思わず"と、早々にツッまざるをえなかった。それも二人同時に、だ。



『え?…二人共どうしたの?』


「どうした、って、なんでナツミまで一緒に入るんだよ。」


とシャチ。


『子供の事故の中では、お風呂場は上位なんだよ?転んだり、溺れたりしちゃうかもしれないし……一人で入らせるわけにもいかないじゃない。』


「だからって、お前がいれなくてもいいだろ。何ならおれが―――」


ペンギンの言葉を遮るようにナツミは口を開いた。


『私なら大丈夫!それに、さっきまで掃除してたから汗かいちゃって……昼食後にでも浴びようかと思ってたところだったから。』



「「………いや、でもなぁ。」」


三人の様子を見ていたベポが、ローに近寄る。キャプテン、どうする?と首を傾けた。



「―――おれなら、ひとりではいれる。」



ローが、ナツミの側に寄ると、彼女の耳にも届くような音量で言った。これで彼女には確実に伝わったはずである。


が、しかし、だった。
ローにとっては本日二回目となる"予想外の出来事"が起こった。


ローの言葉を聞いたナツミは目をパチクリとしてからローを抱え上げたのだ。


咄嗟のことで反応ができなかったローとベポは目を見開き、シャチとペンギンは「あーっ!!」と慌てていた。



ナツミは優しくローの頭を撫でると彼の瞳をじっと見つめている。



『―――ローダ君、遠慮しないで。小さい頃なんてあっという間に過ぎちゃうんだから、甘えられる時に甘えとかないと損だよ。』


「…………。」


「「「(仮にもガキに、その言い分はどうなんだろ……)」」」


内心ツっこんだのは、ご当人ら以外のギャラリーである。



「………じかんがたつと、ふれてもこうかはでないのか。」


「船長……」


船長(船医)としては大切なことでもあるのだが、ナツミの言葉を聞いても、冷静に分析しているローを見たペンギンは脱力した。



『…?あ、アザラシさんに少し昼食に遅れるって伝えてもらえる?』


「あ、あぁ。」


シャチは、もう自棄だとばかりに頷いた。この話を聞いたアザラシはどんな反応をするのだろうと予想してみる。…ダメだ。想像つかない。



「あ、ナツミ!その子、水が苦手だから気をつけてあげてね。」


ベポの言葉にナツミは頷き、再度ローの瞳を覗きこむ。



『なんだか、本当にローさんみたいだね?』


「…………。」



本人だよ!とシャチとペンギンは心の中で叫んだ。




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一応、ナチュリ島出航後〜セイラゲーブ入港前の話。
って何コレ。前回の番外と違う雰囲気にしようとしたら………こんなことに。悪ふざけも良いところだと、自分でツっこむ。
今回のナツミはいろいろとズレています。ごめんなさい。
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