誕生日の出来事

『―――――え、誕生日?』


荒々しい海域を乗り越えたのか、穏やかで暖かな気候になり始めた今日この頃。ベポの話ではもうそろそろ島に着くらしい。けれど、ペンギンさん曰く、次の島であるゴース島はほぼ無人島のため買い物やら何やらは期待できないと告げられていた。





それにも関わらず、だ。心なしか、船内が落ち着かないというか…どこかソワソワとしていることに疑問を抱き、たまたま脇を通りすぎようとしていたシャチを捕まえた。その際に告げられた事実ににべもなく身体が固まってしまう。今日は、なんと我等の船長であるローさんの誕生日だというのだ。


「……悪い!もしかして、お前、知らなかったのか?」


『…………うん。』


―――知らなかった。シャチ曰く、私とローさんが普段から一緒にいることが多かったため、既に互いの誕生日は元よりその他のことまで熟知しあっていると思っていたらしい。


『一緒にいたとしても殆ど医学の内容を教わるぐらいだし、皆が思ってるほど互いのことなんて……。それにローさんって、自分のことは殆ど話さないから……。』


「あー…まぁ、確かにそうだよな。ごめん!」


『……大丈夫。それよりシャチ達は何を用意したの?』


「…あー、おれ達は…」



彼の話を聞いたところ、シャチ、ペンギンさん、イルカさんの三人は以前に寄った島で購入していたらしい。

暫く悩んだ挙げ句、ここが食堂付近だと思い出したため、シャチに意見を求めた。


『……料理、っていうのはどうかな…?アザラシさんと一緒に。』


「…あー、でもアザラシが何て言うか。いや、でも…ナツミなら……うーん…でもなー…」



どこか歯切れの悪いシャチに首を傾けると、彼は苦笑して食堂の方を指し示した。見た方が早い、と。少しだけ開けてもらった隙間から中を覗きこめば、コォォォと妙な空気を漂わせているアザラシさんの姿がキッチン奥に見える。



『…………うわぁ』


「………な?」


アザラシさんにとっても、初めてローさんの誕生日を迎えるということらしい。ローさんに関しては変に真面目な分、大分前からこの日のためにいろいろと準備をしてきていたとのことだった。


『………これは、私が入ったら邪魔にしかならなそうですね。』


「………ははは。」


否定をしないあたり、シャチもそう思っていたのだろう。そのことに軽くショックを受けたが、まだまだ私の料理の腕は伸びしろがあるということだと、無理矢理納得するしかない。


とりあえず、もう少し自分で考えてみることを告げるとシャチと別れた。


『…………?』


そうして通路を歩いていると、ジャンジャガという妙な音楽が微かに聴こえた。音の発生源を見やれば、ベポの部屋だった。少し隙間ができている扉をそっと開けてみれば、ピエロの姿をしたベポとリース君が二つの大玉に乗りながら、バースデーソングを歌っている。


「―――あ!」



私に気づいてくれたのだろうリース君がヒョイっと玉から降りると、タタタと私の腰に抱き着いてきてくれた。


「ナツミさーん!僕の玉乗り見てくれた?」


『―――うん、すごかったよ。もしかして、ローさんへの誕生日プレゼント?』


「うん!」


ベポも玉から飛び降りると、首を傾げる。ナツミはどうしてここに?と言いたげだ。



『実は、誕生日プレゼント…まだ決めてなくて…。みんなはどうしてるのかなって。』

「え?じゃあ、僕達と一緒にピエロしようよ。」


リース君の申し出に苦笑した。マジックならまだしも、玉乗りなんて…もともと運動をそんなにしてこなかった私には無謀ってものだろう。
それに、二人の高いクオリティーを私が参加することで下げてしまう恐れを考えれば…とてもじゃないけれど、まぜて、なんて言えなかった。申し出はとても有り難いのだけれど。


残念がってくれるリース君とベポに、本番を楽しみにしている、と伝えると彼らと別れて再び通路を歩きだした。


『―――困ったな。決まってないのは結局私だけか…。』


時間が経つにつれて、焦りと不安が頭を占めはじめる。



「…何がだ。」


『………え』



まさか独り言に返ってくるとは思わなくて、勢いよく振り向いた。そこには、訝し気に眉を寄せるローさんがいて、思わず自身の言動を振り返る。
……まだ当たり障りのないことしか呟いていなかったはず。そう思えば、先程よりも少し落ち着いて彼と向き合うことができた。



『ローさんは今起きたところですか?』


「……あぁ。で?」


話題をそらそうとしたけれど、ローさんはそれを許してはくれなかった。彼に促されてしまったが、何も告げることができず、気まずさから視線を下げてしまう。今から欲しい物を彼に聞いたところで、じきに着くであろう島はほぼ無人島なのだ。これでは買い物もできない。


『……えっと…』


「………」


「あ、船長…、ちょっと良いですか?」


突然肩に置かれた手の感触に身体が跳ね上がった。見れば、ペンギンさんだ。驚かして悪い、と苦笑を漏らしている彼に私は首を振る。何たってまごつくことしかできなかったこの現状を打開してくれたのだから。



『あ、じゃあ…私、アザラシさんに呼ばれているので…』





ローさんとペンギンさんにそう告げると、踝をかえした。





―――――――…


ナツミが去った後、ペンギンは早速とばかりに口火をきった。



「―――やはりゴース島での行方不明者が出てる、という噂は本当だったようです。原因も今のところ分かっていません。」




「…そうか。」



ローは壁際によりかかると思慮深気に瞳を閉じる。



「…どうしますか?」



「ログが貯まるまで半日もかからねェんだ。船を傍に寄せるだけにしておけ。」


「…せっかく蛍花が手に入ると思ったんですけどね。」


ペンギンが神妙な顔でそう呟けば、ローは小さく苦笑する。



「…ゴース島の情報がほとんどないんじゃな。まぁ確かに惜しいが、わざわざリスクを侵す必要もねェよ。」





ローは言いながら壁から背を離すとペンギンのいる方向とは逆に歩きだした。



「……船長?」


「今の件については、お前から他の奴らに伝えておけ。」


「わかりました。………ってもしかして、ナツミの様子を見に行くんですか?」


ペンギンの問い掛けに、ローの動きはピタリと止まった。
そして、顔だけでペンギンを振り返る。


「………。まぁ、様子が少しおかしかったからな。」


「…………。」



「………何だ、その顔は。アイツはここに入って間もないんだ。気にかけるのは、船長として当然だろ。」


「…………まー。」


「……良いか。おれはアイツの思考や行動パターンがまだわからねェ。不安要素は早めに潰すにかぎる。」



どこか不機嫌になるローを見れば、ペンギンは零れる笑みを無理矢理抑えこまなければならなかった。



「………そうですね。」




ペンギンの返事を聞けば、ローは満足したのだろう。再び歩を進めた。







"おれの目の届く範囲にいてくれ"




そう思ってしまうのはおそらく......それが一番手っ取り早いから、だろう。そのように結論づけると、ローは食堂への道筋を急いだ。




――――――…


甲板に出るとイルカさんとシャチが談笑していた。どうやら島には無事に着いたらしい。少し靄がかかっているそこは、どこか不気味に感じられる。




「……お、ナツミ!船長へのプレゼントは決まったか?」


『まだ、だよ。……本当、どうしようかな。』



私の沈んだ声に、シャチから話を聞いていたのだろうイルカさんも苦笑していた。



『…ローさん、何をあげたら喜ぶんだろ。』


「……あー、やっぱここは裸になったお前に赤いリボンをかけて、プレゼントは、わ、た、し、っつーのは?」


『…………ええー。シャチ、私がそんなことしたら喜ぶどころか、ローさんに引かれるよ。』


「いや、そんなことねェよ。な、イルカ。」


「まぁ、船長も男だしなぁ。女の身体を無条件に差し出されて、喜ばねェわけはない、とは思う。」

「ほらな。」


『……………』


シャチとイルカさんの発言に、思わず固まった。けれど、そんな私の様子に気づいたのだろう。イルカさんが話題を変えるように島の方を指し示した。



「…そういえば、知ってるか?あの島、見た目は不気味だが、幻の花が生えているって話しだ。」



『……幻の花?』


「あー、蛍花だろ?だけど、ただの噂じゃねェの?」


『蛍花って?』


「希少価値が高いんだ。オークションにもなかなか出回らないらしい。」



イルカさんの言葉にへぇと声を零した。


「おれは図鑑でしか見たことはないけどさ、花弁が蛍の光のように点滅するらしいぜ。」


だから、蛍花。というシャチの言葉にフムフムと頷く。



「そういえば……前に船長が医薬品の材料にもなるって言ってたなー。貴重だから、なかなか手に入らないってボヤいていた。」


イルカさんの言葉に固まった。



『…………それ、プレゼントしたい。』



「いやいや、無理だろ。ログ貯まるまで時間も少ねぇし、あの島は蛍花を探しに行ったきり、行方知らずな奴だっているらしいしさ。」


『…でもっ、』


「危険だぜ。船長だって今回は上陸を許可するかどうかも微妙だしさ。イルカも、変に期待させるようなことナツミに言うなよなー。」



「わ、悪い。」


「とにかく、まだ時間もある。他の案を考えようぜ。」


『・・・』


「「ナツミ?」」



彼らの訝しむ声に笑顔で返した。







――――――…




ナツミの様子が少しおかしかったことに疑問を感じたローは、暫くしてから食堂に来ていた。
当然、本人の様子を直接見るためだ。けれど、そこにはアザラシただ一人しか見当たらなかった。
アザラシは下ごしらえの手を止めると、顔を上げてローを見遣る。食事時以外、あまり食堂に立ち入らない彼のことだ。何用だろうか、とアザラシは怪訝そうに首を傾げた。


「―――船長?」


「……アイツはどうした?」


「アイツ……?あぁ、彼女ですか。ここには来てないですよ。」


「……来てない?」



ローは片眉を上げると、腕を組んで思考を巡らす。



その時だった。騒がしい足音が鳴ったかと思えば、転がり込むようにイルカが食堂に入ってくる。



「た、大変だ!ナツミとシャチが、島に入って…!!」



イルカの言葉にローとアザラシの眉間にシワがよる。
先に口を開いたのは、アザラシだった。


「……船長、あの子達に上陸を許可したんですか?」


「……いや。アザラシ、あいつらに通信は出来るか?」


「ーーーーーーダメですね。応答は辛うじてあるようですけど、ノイズが多い。」


「.................ノイズ?そんなことが起きるのか?」


「.................いえ、今回が初めてです。この島、結構厄介な奴かもしれないですよ。」


ローは溜息を吐くと、とにかく行ってくると言って踵を返した。









「−−−−シャンブルズ」



その数十分後だった。霧が深くなっていたその島から、ローの手により満身創痍のナツミとシャチが無事に連れ戻されたのは。事の顛末を聞いて出迎えたアザラシ、ペンギンにそれぞれ怒鳴られながら、二人は首を垂れた。リース、イルカは彼女らの無事を確認するとホッと胸を撫で下ろす。




「あ、島が!」






ベポの言葉に一同は甲板の縁に集まると、それから数分と経たずにその島はまるで幻のように消えていってしまった。船員誰もが目を疑ったのだが、ここはグランドライン。こういった現象も起こりうるだろうと皆納得する。



「あ、危なかった........」


シャチは全身で冷や汗を垂れ流す。あと少し、救助が遅かったら........そう想像するとブルルと身体を震わせた。


『.........勝手な行動をとって、すみませんでした。シャチは、私の我儘に巻き込まれただけで悪くないんです。』


「いや、グランドラインの怖さを知らないお前を止められなかったおれの責任だ。船長、すみませんでした。.......お前らも悪かったな。」


落ち込んでいる彼女達の手には光り輝く白い花が握り締められている。それを見て事を察したペンギンは、眉間に皺を寄せるローを見上げた。


「−−−どうやら、船長を喜ばせたかった故の行動みたいですね。」



ピクリと彼の眉が上がった。



「−−−おれを?」


「おそらく、貴方への誕生日プレゼントとして幻の薬草を取ってこようとしたのだと思いますよ。」



ローは膝を折ってしゃがみ込むと、未だに呆然と床に座り込んでいるナツミを見やった。シャチが摘んだ薬草とナツミの摘んだものを合わせると、彼女は彼に手渡す。



『ご迷惑をおかけしてすみませんでした。シャチと見つけた蛍花です.........お誕生日、おめでとうございます。』


私に用意出来るものはコレくらいしか思いつかなくて−−とそう呟く彼女に彼は蛍花を受け取ると深い溜息をついた。



「−−馬鹿か。そんなもんのためにお前達を失うくらいなら、誕生日なんざいらねぇよ。」



おれの仲間が誰一人欠ける事のなく今ここにいること......それだけでプレゼントは充分だ。そう告げたローに、船員達はキャプテーン!!とハートマークをつけたように叫ぶ。リースとナツミがその光景に瞳をパチクリとさせていると、パンパンとアザラシが両掌で鳴らす音が響いた。



「........船長の気持ちは有り難いけど、パーティーはやるよ。今日は甲板で宴会だから、早く手伝って!」


そこの床の二人も!とビシリと人差し指で示されたナツミとシャチは揃ってびくりと身体を揺らす。
ベポやリースの出し物を見遣る一方で、アザラシに散々こき使われている彼女らを遠くから眺めていたローは、静かに口元を緩ませるのだった。





========
本当はゴース島には魂々の実の能力を持つ少女がいて、ちょっとした冒険をする構想だったんですけど......ビッグ・マムもといシャーロット・リンリンの能力が同様のものと判明したため、中止しました。そのためゴース島のプチ連載を一度休止、ゴース島の連載を開始してから数年後の今になって一話に収まる短編話に変更しUPしています。
top/main