オレンジ海洋

セイレンへの処遇をこれからどうするのか、その返事は保留のままこの場は解散となった。残ったのは私、イルカさん、シャチの三人だ。
やってしまった。また、余計なことを言ってしまった。両手で顔を覆ってそう後悔していれば、イルカさんが慰めるように肩を叩いてくれる。


「ーーーいや、流石にヒヤッとしたぜ。」


シャチが言う。


「そうか?おれ達の船長はそんな狭量じゃねぇって。」


イルカさんがニシシと笑った。彼はそれから傍に置いてあった紙袋を持ち上げると私に渡してくれる。



『ーーーこれは?』


イルカさんがニッコリと笑う。彼に断りを入れてから袋を覗き込めば、男物の衣類が入っていた。



「次の島の必需品だぜ。船長に言われて、この島でシャチと調達してきたんだ。」



彼はそう言うが、いまいち理解が追いつかない。そういった私の心情を察したのだろう、シャチが口を開いた。


「ーーー次の島は女人禁制なんだよ。」


『.......女性は入ってはいけないってこと?』


「あぁ。どうやらそうらしい。」


この海でも珍しい決まりを掲げる島だけれど、そういった島が全くないわけではないらしい。もう少し進んだ航路上では、それとは真逆の男子禁制の島もあるとのことだった。


『ーーーでも、男物の服を着ただけでは............流石にバレないかな?』



私だって一応、女だ。二次性徴もとっくに過ぎてしまっている。両眉を下げてシャチ達と見上げれば、彼らにジロジロと視線を向けられた。私の頭上から足先までを無遠慮に眺められて数秒、シャチとイルカさんは互いに確認し合うように頷きあう。



「「ーーーいや、バレねぇだろ。」」


『.................ちょっと!』


分かってはいた。分かってはいたのだけれど、少しは配慮をしてもらいたかった。


「ーーーまぁ、仮に難しかったとしてもサラシを巻いとけば完璧だろ?」



そういう配慮じゃない。私は大きく溜息をつくと片手で額を覆った。




「ーーーまぁ、そう落ちこむなって。お前になんともう一つ、プレゼントがあるんだぜ?」

『........プレゼント?』


あぁ。と言ってシャチは懐から取り出した物は、オモチャの拳銃のようだった。黄緑色のそれは、小さい子がよく遊んでいる水鉄砲そのものだ。

訝しむ私の心情を察した彼は、チッチッチと人差し指を揺らす。シャチはその水鉄砲の上部に付いているレバーを引くと、丁度空に羽ばたいていた鳥に向けて引き金を引いた。
ピィーと鳴いていたその鳥は、一寸と置かずにポタリと甲板に落下する。慌てて駆け寄れば、胸郭が規則正しく上下している。ただ寝ているだけの様子にホッと胸を撫で下ろした。



「ーーーおれとイルカが開発した麻酔銃だ。これなら刀と違って力で競り勝つ必要もねぇだろ。相手に不意でもなんでもついて当てりゃあ良い。」


「ーーー因みにこのタンクをチェンジすれば、普通に水鉄砲になる。夏にはお誂え向きだ。」


彼らと鳥を交互に見比べながら、戸惑う。それでも、少し強引じゃないだろうか。



「ーーー麻酔銃とは言え、殺傷力はない。言うなれば、ナツミ。お前の逃げる時間稼ぎのための武器ってところだな。」


シャチは頷くや、ブツブツと不満を漏らし始めた。本当は電流や爆発や火炎砲やら様々な改造をしたかったらしい。けれど、私が抵抗なく使える物にしろとローさんに却下されてしまったため、この形態に落ち着いたとのことだった。


『ーーーそ、うなんだ。手間かけちゃってごめんね。ありがとう。』


そう言うと、イルカさんが口を開く。


「ーーーおっと、礼はそいつを使いこなしてからな。ログが貯まるまでまだ数日あるし、明日から特訓するぞ。」


『ーーー特訓?』


「この麻酔銃の射程範囲は、水鉄砲に戻した時の射程と同じにしてあるんだ。要は、水鉄砲が的に当たれば良いってわけ。それならお前も気に病む必要ねぇだろ?」


彼らの配慮に目を大きく見開くと、コクコク頷いた。













「ーーーおい、ナツミ!どこ狙ってんだよ。至近距離だろ?」


浅瀬とはいえ、ゆらりと体幹を崩してくる波に煽られつつも水鉄砲をイルカさんに向ければ、彼はいとも簡単に発射された水を避けた。



『ーーーイルカさん、逃げるのは狡いです。』



「いやいや、黙って撃たれるわけないだろ。逆に反撃されることだって視野に入れないと。」



それから、数日。あれからセイレンは自室に籠もったまま出てこなかった。彼女の食事の配膳や下膳は私がかって出たのだけれど、彼女にはあれ以来一度も会えなかった。食事はきちんと取ってくれているのが幸いだ。
取り敢えず、カルディナまでは乗せていくことを了承してくれたローさんに、シャチ達はどうにか治療できないものか聞いてみたそうだけれど、良い返事は聞けなかったらしい。


「ーーークェー!!」


シャチやイルカさんが注視した方向を見遣れば、数日前のピクシージュゴンが複数匹飛び跳ねていた。それに合わせるように更に複数匹のジュゴンがピョコピョコと海面から顔を覗かせ始める。
首を傾げれば、赤ちゃんジュゴンがフヨフヨと傍まで泳いでくると、一回転してパシャパシャと私に海水をかけてきた。

口の中に入った水のしょっぱさと、突然の攻撃に頭が混乱する。首を傾げて、傍にいたシャチを見遣れば、彼は笑っていた。


「ーーーあいつら、もしかしておれ達がお前と水鉄砲で遊んでると思ってんじゃないか?」


『ーーー間違ってない気もするけど。』



シャチがピクシージュゴンに向けて「お前達、ナツミの的になるかー?」と叫ぶやクェー!!と元気の良い鳴き声が返ってきた。


「ーーーな?」


シャチの笑みに両肩を下ろす。遠くの方ではその光景を見たのだろうイルカさんがお腹を抱えて笑っていた。










夕方、俺とシャチが砂浜で一息を付いていると、ナツミの様子が気になったのか船長がやってきた。


「ーーーアレはなんだ?」



新しい武器の特訓をしていたんじゃなかったか?と首を傾げる船長にシャチは苦笑する。見れば、ナツミが片手でワンピースのスカートをたくし上げながらピクシージュゴンの水攻めから逃げ回ってる。ずぶ濡れになりながらも、彼女のはしゃいだ声はどこか楽しそうだ。


「ーーー途中まではあいつらも良い感じに的になってくれてたんですけどねー。」

「ーーージュゴンの水攻めが始まってからは、水鉄砲の攻撃どころじゃなくて......もはや水かけ合戦に。」


濡れるとアレなんで補聴器はシャチが預かってます、と船長に告げた。シャチは懐から補聴器を取り出すと船長に手渡す。


「ずっと、か。まぁでも、随分と体力がついてきたな。」


「あ、やっぱり船長もそう思います?丁度おれ達もそう思っていたところで。」


逃げるのを諦めたのだろうか、キャーと叫びながらナツミが二匹のジュゴンと水を掛け合い始めた。



「ーーーこうして見ると、まるでガキだな。」



船長はそう呟くとどこか眩しそうに瞳を細めた。
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