継接ぎの心

"...........だが、おれを好きにはなるな"


ローさんの言葉が、何度も脳内を駆け巡っては消えて行く。後悔や疑念、羞恥などがせめぎ合う中で日常は変わらずに過ぎて行った。あれから数日、どうにかこうにかごまかしながらやり過ごしてきたのだけれど........、私はちゃんと"私"として振舞えているのだろうか。そう考えれば考えた分だけ、自身の腹部が鈍く痛むくらいには−−−−気が滅入っていた。


『............あ、』



いつものようにセイレンの朝食を下膳しに来た際、ここ最近は固く閉じられていた彼女の部屋への入り口が開いていた。何かあったのでは?と急いで駆け寄れば、その開いた扉を背にセイレンが座り込んでいる。頭を下げている彼女の表情は影になっていてよく見えなかった。即座に傍に腰を下ろすと、彼女を覗き込む。


『セイレン........もしかして具合が悪いの?』



ゆっくりと見上げてきた彼女の顔は、すこぶる良い"笑顔"だ。今にも何かをやらかしそうな、そんな彼女の深笑みを久しぶりに見た。



「ーーーー具合が悪いのは、貴女の方でしょ?」


『.....え?』


「貴女のことが心配だったのね。ここ連日、考古学少年が相談をしに来たわ。」


『..........リース君が』



「ーー入りなさい。男共には言えない内容なんでしょ?」




どうやら私は上手く振舞えていなかったらしい。苦笑をこぼした私は、彼女の言葉に素直に従った。







『ーーセイレンは、本当に治療を受ける気はないの?』


私は彼女に勧められた椅子に座ると彼女をみつめる。セイレンは深い溜息を零すと、自身のベッドに腰をかけた。



「.........貴女まで、その話?こっちは良い加減、聞き飽きたわ。何度も何度も船長さんが治療しろって........煩いんだから。」


『..............ローさんだってきっと貴女のことを心配して』


それは分かっているから、と彼女は片手を上げて私の反論を制した。



「一緒にいる時間が長いと話す内容まで同化してくるのかしら。」


それ程仲良しならーーーー貴女達くっついちゃえば良いのに.......と呟く彼女にびくりと肩を揺らしてしまった。その私の反応を見て察したのか、セイレンは押し黙る。その気まずさに顔を下ろせば、ふーんと言葉に反して驚いたような声が聞こえた。



「.......船長さんが原因なのね。意外だわ。」


『.........』



彼に何かを言われたの?と訊ねられて戸惑う。どちらかと言えば、私が言ってしまった方になるのだけれど......これは彼女に言うべき内容だろうか。これでもし、彼女に揶揄われでもしたら、暫くは復活できない自信はある。益々腹痛の日々が続きそうだ。




「−−−言いたくないのなら、別に良いわよ。ただ、彼は今、私の事で気が立っているようだし−−−−彼に何を言われたとしても八つ当たりだと思って気にしない事ね。」


私の事で.......。彼女のその何気ない言葉に酷く心が痛んだ。その理由は言うまでもなく−−−確かな醜い嫉妬からだった。両掌をキツく握りしめて服に皺を作る。



『..........彼は、いつも優しいですよ。どうして、ローさんが私に八つ当たりをしたと?』


見上げて訊ねれば、違った?と彼女は首を傾げている。彼女は右側の袖を捲り上げると、その白い肌を私に差し出してきた。


「……この色が、彼の過去を刺激するみたい。私の体調が悪くなると特に、ね。」


『............色?』



「ーーーーそう言えば、確かあの時......貴女の意識はまだ戻っていなかったわね。」


『...........?』


「この潜水艦に乗せてもらう時に、彼、私に聞いたのよ。お前は白い町出身か?ってね。」



『..........白い町?』



頷いた彼女は、曝け出した肌を仕舞うと徐に口を開いた。白い町のフレバンス−−−−雪国のような幻想的で美しい地域であることからもそう呼ばれていたらしい。まるで童話の世界に迷い込んでしまったかのように人々を錯覚させる夢の国。周辺国と比べて一段と産業が発達していたその豊かな国は人々の憧れだった、と彼女は語った。



『..........それ程綺麗な町なら、一度、行ってみたいですね。』


「そう?でも私はあまりお勧めはしないけどね。」


『.........え?』



「その白さの実態はねーーーー」


地層から採取される珀鉛だったらしいわよ、と彼女は続けた。その鉛の影響で国全体が白色に覆われているかのように見えたのだ、と。


『..............鉛?』


「珀鉛はその国にとっては一大産業と言っても過言じゃなかったはずよ。建物の塗装だけじゃなく、化粧品や食品.......等あらゆる用品全般に用いられていたわ。」



彼女の言葉に嫌な予感がした。どこか、江戸時代の花魁に多く発症した鉛中毒を彷彿させる。



「..........それが百年続いたある日、その地域に住む多くの人々が病気に罹り、治療の甲斐なく亡くなってしまったのよ。」


『..........同時期に?」


「らしいわ。赤子から老人まで、年齢問わずにね。お偉いさん方は、その悲劇を.......未知の物による集団感染と判断をくだし、残った住民達の命の選別を行ったのよ。自衛のためにね。」


思わず眉間に力を込めた。


「ーーーーその後すぐに近隣諸国との戦争が勃発し、結果としてそこの住民は全員亡くなったと聞いていたのだけれど.........生き残りがいたのね。」


船長さんはその白い町出身らしいわよ、と言うセイレンの言葉に目を見開いた。




『.............生き残り......って、ローさんが?』



「まぁ、ピンピンしている彼を見たところ....発病はしていないようだし.....年齢的には子供の頃の話になるだろうから。さながら船長さんは、死の町から上手く逃げ延びることができたラッキーボーイってところでしょうね。」


『.................』



「彼が何を見て、何を体験したのかは私には分からないけれどーーーー」




白色の肌は彼にとってはトラウマなのかもね......とセイレンは少し寂しそうに呟く。





「おれの家族?」


『……あ、いえ。何でもな――』


「………お前とほとんど一緒だ。全員死んだよ。ガキの頃にな。」


随分前に彼が溢した会話が、脳裏を掠めた。



『...........話しをしてくれてありがとう、セイレン。』


「......私は何もしてないわよ。暇だったから貴女と話しをしていただけ。貴女の最近の不調については何も解決してないわ。」


私は彼女に苦笑した。










『...........私、ローさんにフラれたの。おれのことは好きにはなるなって。そう彼に言われちゃった。』


セイレンは驚いたのだろう、その大きな瞳を丸くさせていた。
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