ブルジアの王子

「−−−もう大丈夫なのかい?お嬢さん。」


『..........やっぱり、バレていましたか。』


「これでも医者をやってますから。」


着替えを済ませた私はレインさんに促されるように二階のリビングに案内される。そこのソファーには既にベポやローさんが座っていた。


『.........あの.....お騒がせしました。』


私がそう言えば、ベポは何ともなくて良かったねーと微笑んでくれる。レインさんに座るよう勧められた私は、ベポの向かえ側のソファーに腰を降ろした。



「−−−この島は女人禁制と聞いていたんだが。」


ローさんの言葉にレインさんはコーヒーを淹れながら苦笑した。


「外ではそう言われているみたいだね。まぁ、禁じてるというよりは、女性がいないという事実に色々と尾ひれがついた−−−というのが事の真相なんだけど。」


「−−−どういう事だ?」


レインさんは私達にコーヒーをふるまいながら私の隣に腰を降ろした。


「−−僕も元々は隣の島出身だから、聞き齧った情報でしかないんだけど.....」



ブルジアの王は元々別の島にいて、ここの長はその島から移住してきた王子が代々担っているらしい。移住したのは王子と、その男性部下のみだったため女性が全くいなかった。


うげーとベポが嘆く。


「オスだけの島なんて、面白くもなんともないじゃないか。」


「そう。それにこのままでは、当然ながら人口も緩徐に減り続け、いずれは衰退してしまう。」


そのことに危機感を募らせ対策を講じたのが、現王子だと彼は告げた。その王子はカルディナの女王と友好関係を結び、カルディナ出身の娘を定期的にブルジア島に派遣してもらう約束を取り付けた。


「その派遣された娘にブルジアの子を産んでもらうことが目的だったらしい。勿論、娘にはそれなりの額の礼金を渡し、事が済めばカルディナに帰れる−−−という条件で。」


レインさんは一口コーヒーを飲み込むと、そのまま話しを続けた。


「それが数年前の出来事。けれど、ここ最近......カルディナからの派遣がなくなってしまってね。」


王子はもうカンカンだよ、とレインさんは溜息をついた。それから、彼はジッと私を見つめてくる。


「だから、このタイミングでこの島に現れてくれた君は−−−言うなればブルジアを救う女神様ってところかな。」


パチリと右目を閉じてウインクをしてくるレインさんに呆然とする。



『.........えっと........』


「−−−コイツはおれ達の仲間だ。この島の住人にするつもりはない。」


ローさんがコーヒーの入ったカップをソーサーに置くと、淡々と告げる。


「それは勿論。だけど、君みたいな可愛い子を見れば、王子の機嫌も少しは治まるかもしれないだろう?」


どっちにしろ女性を見かけたら、王子の御前に連れて行く義務があるしね?とレインさんは言った。

私は彼の言葉を聞きながら、ベポの傍に置かれているバッグを見遣る。リース君も彼の話に興味を示したのだろう、バッグの隙間から真剣な表情でこちらの様子を伺っていた。


『−−−王子に会えるんですよね?直接、彼と話せますか?』


おい、と驚いたようにローさんは目を見開いた。


「勿論。何なら一度船に戻って着替えてくると良いよ。女の子らしい服装にね。」


『........分かりました。明日、その王子のもとに連れて行って下さい。』


えぇ、とベポは驚きの声をあげ、ローさんは片手で顔を覆うと深い溜息をついた様子だった。



「宿はまだとってないんだろう?今夜はここの二階に泊まっていくと良いよ。」




レインさんの申し出を有り難く受けた私達は彼の診療所、兼自宅に泊まらせてもらうこととなった。ベポとローさんが同室で、私は階段を昇ってすぐの個室を宛てがわれる。ベッドは一つしかなかったけれど、私とリース君が一緒に横になっても全く問題のない大きさだった。






レインさんの勧めで順番にシャワーをお借りし、私と入れ替わりでベポがシャワールームに入っていく。階段を昇って自室に戻ろうとした時だった。



「−−−おい。」


振り向けば先にシャワーを浴び終えていたローさんが、両腕を組んで壁際に立っていた。



「本当に女の姿のまま、その王子とやらに会うつもりか?」


『.............はい。その方がリース君も琥珀の指輪について調べやすいと思うので。』


「..........っ」



ローさんは私の右腕を引いて壁と自身の両腕の間に閉じ込める。影がかった身体と、妙な圧迫感に大きく目を開いた。お互いの身体からは同じソープの香りが漂う。未だに濡れている彼の髪から流れ堕ちた雫が、床に一つの染みをつくらせた。



「−−−−お前は男共の欲の捌け口にでもなる気か?」


彼が耳元で囁く。人口を増やす為の生殖行為と言えば聞こえは良いが.....要はそういうことだろと続いた言葉に、私は眉間に力を込めるとそっと掌で自身の耳を隠した。


『........私は......』



「..............」



『...........私は、好きな人に、想いも告げさせて貰えなかった......女ですよ?』


思いの外、声が震えた。女性を必要としているとはいえそういう対象で見てもらえるものか疑問です−−−そう続けて告げると、一瞬だけ緩んだ彼の隙間から逃げ出して自室の扉を開けた。



『−−−本調子ではないので先に休みますね。』



おやすみなさい、と言って私はローさんの反応を見ることもなく扉を閉めた。
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