貴公子の近親者

翌朝、気怠い身体を起こした私はリース君の姿が見えないことに気がついた。朝の身支度がてら暫く様子を見ていたのだけれど、彼は現れない。私やセイレン等の前科持ちならいざ知らず、断りなく彼が急にいなくなるなんてことはこれまでになかったため、彼の身に何かあったのではないかと気が気じゃなかった。


『......リース君、どこに行っちゃったんだろう。』


ベポやローさんに彼の所在を聞いてみても、行方が分からずじまい。ローさんもまだ彼の別行動を許可する合図を出していないと言う。またレインさんにリース君の存在を悟られるわけにもいかなかったため、堂々と彼を捜すこともできなかった。そのため一度船に戻って他のハートのみんなと合流した私達は、リース君の捜索をベポ達に任せて私とローさんでレインさんと共に王子の待つ宮殿に向かうこととなった。


「−−−どうかしたのかい?何か探しているようだけど。」



『......いえ、なんでもないです。それより、この島の王子様に謁見するというのに、本当にこの白いワンピースで良いんでしょうか?』



宮殿に招かれるにあたっては私達のことを信用してくれているのだろうか、私達は海賊だというのに武器等は特に没収されることはなかったため、先日猛特訓してもらった麻酔銃を腰につけたホルスターに差し込んでいた。特に白いワンピースの上に装着しているため、とても目立っている。船内で待機しているハートのみんなは「護身になる」と笑って送り出してくれたけれど。



「ああ。それは問題ないよ。清楚な女の子らしいし、とてもよく似合ってる。」


『......あ、ありがとうございます。』


オモチャの銃を身につけている女が果たして清楚に見えるものだろうか、甚だ疑問である。


「きっと王子も喜ぶよ。君もそう思うだろ?」


「........さぁな。」


『........。』


ローさんの持つ大太刀の真紅の足し房がゆらゆらと揺れていた。昨夜の忠告を聞かなかった私に呆れ返ってしまったのだろうか。そんな彼は、興味が無さ気な様子でレインさんに言葉を返していた。



「僕の見立てでは、少なくとも君はビル王子のタイプではあると思うよ。」


『......ビル、王子?』


「......。知ってるのか?」


ローさんの問いかけに首を横にふった。その名前自体に馴染みはあるけれど、この世界における知り合いは私には皆無の筈だ。どこか気まずい空気から逃れるように、謁見の間へと続く赤いカーペットの横端を視線で行き来させて過ごす。暫くして案内された大広間には周囲を固めるように男性が数人......そしてその部屋の中央には一人の男性が玉座に座ってこちらの様子を優雅に眺めていた。壁際にずらりと並んだ松明の炎が妖しく揺蕩っている。



「ほう......。お前がおれの女神か。」



短い金髪を靡かせながら、こちらを見下ろしてくる彼。女神、という言葉に違和感を感じながらもその彼を見上げれば、その既視感に驚いた。


『.......。』


幼くして両親と死別した私と双子の弟は、勿論二人だけでは生きていけるわけもなかったため、親の遺産が尽きるまでは、例に漏れることなく親類縁者をたらい回されることになった。その終着点として、二人揃って施設に預けられるところまできていたのだけれど、寸前で両親の友人だという夫妻が私達の養父母として無償で育てると名乗りをあげてくれたのだ。

両親の友人−−−つまり私達の養母は日本人であるが養父がアメリカ人であるため、彼との会話は全て英語(たまに片言の日本語)となってしまったのだが、それ以外は特に問題なく過ごさせてもらった。

そして更に言うと、その夫妻には私達の三つ年上の一人息子がいた。彼の名前が何の偶然か、この王子と同名のビル。幼い頃から、毛先が緩くカールした色素の薄い髪のよく似合う男の子だった。奨学金を借りて一人暮らしを始めた今でも、そんな彼や夫妻とは定期的に交流を保っている。一応幼馴染にあたるのだろうビルについては夫妻の親類が経営する病院に研修医として今年度から勤めていた。名前が同じだからだろうか、その彼に、ビル王子は雰囲気がどこか似ているように感じた。


「......どこかで見た顔だな。」


ローさんの思案気な顔に、思わず彼を見遣る。そうすると、王子は彼の言葉にフンと鼻を鳴らした。傍に控えていた男性の一人が懐から巻かれた羊皮紙を取り出しては私達にも見えるように開いてくれる。それは、まさしく手配書だった。そこに写る男性は、成る程、確かに髪型こそ異なってはいるけれど王子と同じ顔をしている。


「海賊貴公子−−−確かそう呼ばれているらしいな。」


「...お前はそいつの縁者か。」



「−−−−そうだ。巷を騒がせているキャベンディッシュという風変わりな海賊は.......おれと同様ブルジュア国王子。おれの双子の弟だ。」


この容姿のせいで祖国を追放され、"元"がつくがなと王子は自嘲する。祖国の名をもじったのだろう、この男ヶ島を支配している彼はブルジアと名付けられた島の"現"王子だった。









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ウィリアム・キャベンディッシュ公爵のウィリアムの愛称を取ってビルとしました。完全にオリキャラです。
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