駆け引きの行方


先程よりも狭い個室。サイドテーブルに飾られた数個の蝋燭に灯された火がゆらゆらと幻想的に輝いていた。


「......こちらの意を汲んでくれたことに、感謝する。」



私は現在、客室でビル王子と二人きりで相対していた。彼に勧められるがままに備えられた上質なソファーに腰をかければ、テーブルを挟んだ向こう側のソファーに王子も座る。


『いえ.....私も、ビル王子−−−貴方に聞きたいことがありましたので。』



客室の入口の扉を隔てた廊下にはローさんをはじめとして、レインさんや王子のお付きの方達が控えている。この島に嫁ぐ話しはひとまず置いておくにしても、一度だけ私と二人きりで話しをしたいと言う王子の要望を聞き入れた結果だった。そもそもこの謁見自体に反対だったローさんは渋面を示したが、それでも女性である以上この島の現状では酷い扱いは少なくともされないと思われること、リース君が知りたがっていた指輪の情報も手に入るかもしれないこと、ハートの海賊団の一人として役に立ちたいことなどをローさんに伝えると、彼は溜息をつきはしたものの両眼を閉じて了承の意を示してくれたのだ。ただし、私達が二人きりになる条件として提示されたことは二つ。30分という時間制限があること。"護身用"の麻酔銃に常に手をかけていることだった。


『−−−それで、話しというのは』


目の前の王子は用意された紅茶を優雅に口付けるとカップを元に戻し、口端をあげて両手を膝の上で組み直した。


「単刀直入に言う−−−この島の専属医になる気はないか?」


『.......え?』


「この島の隣国の一つに医療大国があるだろう。かつては頂点を極めたドラム王国と比較しても今や遜色ない技術と知識を発展させている。」


彼は、そこで医者の資格の取得を目指してはどうかと続けた。当然、その際に要する金銭的、物的な援助は惜しまない、と。


「レインは元々その国の医者だった。アイツの元について色々と教えを請うこともできる。」



『......。なぜ、私にその話しをなさるのですか?私は、ハートの海賊団のただの船員ですよ。』


「噂は聞いている。死の外科医の弟子とは、お前のことだろう?」


『......。』



「おれの話しは以上だ。」


彼はそう言うと立ち上がったため、私も立ち上がり慌てて彼を引き止めた。




『......私は、ローさんの元で医学を学びたいです。』


私の言葉を聞いた王子は、形の良い片眉をあげる。それから私の頭から爪先までを視線で行ったり来たりさせた。


「......海賊である以上、戦えない女がどれだけの弱味になるか−−−お前は自覚しているのか?」


『......え?』


「成る程、随分と甘やかされてきたんだな。」


彼はそう呟きながら近づいてきたため、慌てて銃を握りしめた。


『それ以上近寄ら−−−』


彼は左手で私の腕を掴み、銃口を逸らさせた。驚きで目を見開けば、一瞬のうちに足払いをされてそのまま床に倒される。上質な絨毯は敷いてあるものの直に衝撃を喰らってしまった頭が痛く、思わず呻いた。


「−−−海賊を潰すのは簡単だ。まずお前のような女を落とせば良い。」


海賊ではないおれにもできる、と彼はそう言いながら自身の両手を私の顔の両脇について身体を倒してくる。目の前に迫ってくる麗人の顔に、背筋が凍った。



「−−−そう言えば、お前もおれに話しがあると言ったな。」


彼は私を床と自身の身体で閉じ込めた状態のまま首を傾げたため、思わず口がヒクついた。少なくともこの状態で言うべきことではないだろう。


『......。まず、身体をどかして欲しいのですが。』


彼は異論を唱えることもなく、ああ、と頷いてくれたため安堵する。そのまま彼との距離が離れつつあるのを見やりながら、口を開いた。



『−−−琥珀の指輪をご存知ですか?』



「......指輪?」



彼は暫くして合点がいったのだろう、自身の胸元のボタンを寛げていそいそと探り出す。その時見えた彼の皮膚の違和感に目を奪われるが、王子は気づいた様子もなく首飾りを胸元から取り出して私に見せてくれた。それは人工島で見つけた琥珀の指輪と同等のものだ。





『−−−−−あの』


「………っ!」




その時だった。突然、王子が苦しみだして倒れ込んでくる。その重さに耐えきれずに再び私は彼ごと床に沈むことになった。




『……っ!助けて、ください!』



慌てて、扉に向けて助けを呼ぶ。
幾度かの振動の後に、開いたドアの向こうでは我らが船長が目を大きく開いたまま固まっていた。




「−−−−−どういう状況だ?」



床に押し倒されているこの状況を誤解したのだろう。冷静ながら臨戦態勢を取りつつ問いかけてくるローさんに、私は慌てて現状を説明する声を上げたのだった。
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