医師の資格
「ベポ、お前は船に戻って人工呼吸器と輸液の準備をしておけ!」
「アイアイ!」
ローさんに抱えあげられた私は、すぐに船室に運ばれた。
呼吸器をつけられる……特に挿管されてしまうと、当分は言葉を話せなくなってしまうから、今のうちにと口を開く。
『……ろ、さ、……イ、カさ、撃たれ…』
「――分かってる。アイツは大丈夫だから黙れ。ベポ、コイツの身体をしっかり押さえてろ。入れるぞ。」
「ア、アイアイ、キャプテン!ナツミごめんね、ちょっと苦しいよ!」
『……!……ッう"!!ん"んっ!』
「ごめんね、すぐ終わるから………キャプテン。」
「――あぁ、とりあえずは大丈夫だ。」
ローさんは機械を操作してから私が生理的に流した涙を軽く拭ってくれた。彼によってテキパキと輸液が施され、腕の傷口が洗浄されていく。酸素が直接肺に送られたことで息苦しさもなくなり、少しずつ安定していっているのが自分でも分かった。
――――――――…
治療が施されてから、8時間程経った。殆どの毒が抜けて身体の麻痺も呼吸状態も安定したため、先程呼吸器も抜去された。だから、今は輸液だけ左腕にされている。
「―――どうだ?」
『だ…いじょうぶ…です。』
呼吸器が外れたばかりだからか、喉に少し違和感があるけれど…特に異常は感じなかった。
「……なぜ、おれの部屋で待っていなかった?下手をすれば、お前は死んでいた。」
ペンギンさんが落ちていた補聴器を先程届けてくれたため今はローさんの言葉をクリアに拾えていた。ベッド脇の椅子に足を組んで座っている彼は、無表情だけれど、明らかに機嫌が悪そうだ。
「しかも、海賊相手にフォークとナイフか?」
『………すみません。剣もあったんですけど…使ったら…その…相手が死んじゃうと思って。』
「……………………。」
イルカさんはどうやら本当に大丈夫だったようで、先程わざわざこの部屋に見舞い?に来てくれた。もちろん、それを知ったローさんに安静にしてろと怒られていたが。
『………みんなが…怪我をしているかもしれないと思ったんです。』
ゆっくりとあの時の自分の気持ちを言葉にしていく。
『気づいたら身体が動いていたんです…。』
「………。」
『…でも、役立たずでしたね。ローさんがすぐに対応してくれなかったら、私は死んでいました…………ごめんなさい。』
ローさんの顔が直接見れなくて、反対側に向きを変える。彼に呆れられていることは、すでに予想できていた。
「今回のお前自身にも言えることだが、迅速な応急処置をするかしないかでは、その後の状態が大きく変わる。」
『………。』
「イルカの傷の場所が違ったらというあくまでも仮定の下でだが……お前があの場にいなかったら――――まぁ、イルカも危なかったかもしれねェな。」
『………え?』
「今回はアイツもお前も運が良かった。」
ローさんの立ち上がる気配を感じて振り向くと、彼は自身の両手をベッドにつけ上半身のみ覆い被さってきた。ローさんの距離が近づくにつれて、小さく私の鼓動が跳ね始める。彼は口元を私の耳に寄せてきた。
「一度しか言わねェからよく聞け。」
耳元の微かな吐息。
ローさんの真剣な表情に、私も緊張から唇を強くひき結ぶ。
「耳が悪い?だから夢を諦める?そんなものは――――ただのお前の甘えだ。」
『………え?』
「さっきの話の続きだ。良いか、なりたいものがあるなら、健常者に負けないよう人一倍努力しろ。………おれも、お前が努力しつづける限り…協力してやる。」
それから、すぐにローさんは身体を起こすと扉に向かい始めていた。
『…あ、…え?』
「まずは、自分の身は最低限守れるようになれ。」
ローさんの後ろ姿を見ながら、完全にフリーズしている頭を無理矢理起動させる。そうして、再度、ローさんが言った言葉を頭の中で反芻させた。
『……ローさ―――』
その瞬間、微かな笑い声が聞こえた。気のせいかと思っていたが、ローさんの横顔は確かに笑っている。
「……図…いな。」
彼が呟いた言葉は、結局何だったのだろう。この遠く離れた距離では、うまく聞き取れなかった。
第1章ポーラーラング編完