ミニ旅行2

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私は自分に宛がわれた部屋のドアを開くと、驚きで言葉を失った。

天蓋つきのキングサイズのベッド。
近くにあったクローゼットを開くと色とりどりの上質なドレスが何着もかけてあった。

洗面所やシャワー室、トイレなども完備されているらしい。


目を見開いている私を見計らってか、父様の下僕である死喰人が上質なシルバーブロンドをたなびかせながら恭しく一礼してきた。


「……ご満足していただけましたか?」

『……。』


「……姫様?」

『父様は?』


私の言葉にその男は気まずそうに目をそらす。


『……会えないの?いつ会える?』

「…恐れながら、闇の帝王はお忙しい身分にあらせられます。正確な日付は私共からは申しあげることができません。」


『……。』


「この部屋のものは好きに使って良いとの我が君からおおせ付かっております。しかし、この部屋からは決してお出にならないようにとも。」


『それを守ったら、父様は私に会いに来てくれる?』


「……。おそらくは。」


『……そう。っていうか、貴方は誰。』


「……。失礼しました。私は、我が君より貴女様のお世話を任せられました最も忠実なる下僕、ルシウス・マルフォイでございます。今後、何かございましたら……なんなりと申しつけください。」


『分かったわ。ありがとう。……今日のところは、もう下がっていいわ。』


「…………畏まりました。」


再び恭しく一礼すると、彼は部屋を出ていった。



"ルシウス・マルフォイ"


魔法界の中では純血の名家中の名家であるマルフォイ家の現当主。魔法族ならば誰もが知っているであろうその名前。
もちろん、私も例外じゃない。鬱憤晴らしがてらに、その名前に覚えがないと告げた途端、彼の眉間に僅かなシワが寄っていた。恐らく、彼のお高いプライドが傷ついたのだろう。


私は、ドアを一瞥するとクローゼットの中にあるドレスを全て呪文でビリビリに破くとフカフカのベッドに倒れ伏した。



『………綺麗なドレスなんかいらないのに。』


ぽつりぽつりと言葉がこぼれ落ちる。それからゆっくりとベッドから起き上がると杖を振って静かに呪文を唱えた。


『……。』


暫くして、破かれたドレス達は破かれる以前の状態のままクローゼットに仕舞われていた。
…なんて呆気ないのだろう。
高価な物であれ安価なものであれ、物なんてすぐに壊せてしまうし、壊れてしまってもすぐに直せてしまう。そういうものに、私は価値を見出だせないでいた。



『……なんで一番欲しいものは手に入らないの?』


言葉が思わずこぼれ落ちた。




ここは、父様が所有するお屋敷……らしい。私は元々母様と共に住んでいたけれど、三年前に母様の死と共に父様に引き取られ、今回から父様の仕事が忙しくなるらしくこの屋敷へと移ってきた。

巷を騒がしている闇の魔法使い。通称"名前を呼んではならない例のあの人"、それが父様だ。
私は、その人の娘だと教わりながら育てられてきたけれど、実際はまだ一度も会ったことがない。

父様の下僕の記憶を覗いて、容姿と性格は把握しているものの……やっぱり本人に会いたいという気持ちは抑えられなかった。



(姫様…)


相棒の蛇語。限られた人にしか理解することができない言葉。この屋敷内でこの言葉を理解できる人は私と父様しか存在せず、つまり誰にも聞かれることがないということ。だからこそ、私は素で話すことができる。ラスクとの会話は、私を私でいさせてくれていた。



〔ラスク…どうして?どうして父様は一度も会いにきてくれないの?〕


(それは…ルシウスが言ったように、闇の帝王も、お忙しいんですよ。)


〔でも…、私は父様の……娘、なんだよね?家族は一緒にいるもんだ、って本に書いてあったよ?〕


(……。本に書いてあること全てが正しいとは限りません。)


〔………。父様に…愛されていないのかな。〕


(姫様!……そのようなことは決して―――)

〔……ごめん。冗談よ。ねぇラスク…〕


(はい。)



〔私が良い子にして、魔法もたくさん覚えて…素敵な一人前のレディーになったら…そしたら…父様も会いにきてくださるかなぁ?〕


(……もちろんです。だから、頑張りましょうね。)


〔………うん。大丈夫、私ならやれる。だって、偉大な闇の魔法使い・ヴォルデモード卿の娘だもん。〕



グシグシと目元の涙を拭った。もう、泣くのはこれきりにしよう。

"父様と会うまでもう泣かない"そう誓った十の夏。







――――――――…



『(……夢見、サイアク。)』


「……。」


『……何よ。』


眉間にシワを寄せ、部屋に用意してもらった朝食をもぐっと食べていたサヤは、向かい側で箸を止めてこちらをじっと見つめてくるナルに視線をむけた。


「いや…なんでもない。」

『……?そう。なら良いけど。変な人ね。』


「……。」


再び、食膳に視線を戻したナルに倣って、サヤも再び箸を持ち直すと塩鮭や干物をつつき始める。初めはサヤとて、箸の扱い方に業を煮やしたものだが、一度コツを掴んでしまえば後は楽なもので、今では普通の日本人とそう変わりなく食すことができていた。



『……今日もどこかに出かけるの?』


「……先に夕飯を食べていてくれて構わない。」


『……。』


つまりは、夕飯が過ぎる頃までナルはこの旅館に帰ってこないということ。


ご熱心ね…と内心呟きながら、サヤはみそ汁を啜った。


『……そう言えば、ナルはいつまでここに滞在するつもり?』


「むしろ、サヤがいつまでここに滞在するつもりなのか…僕の方が問いたい。君にいられても、今のところ僕には何一つメリットがないのだが。」


『…意地悪ね。マグルの分際で、この私を厄介者扱いするなんて。……。父様の下僕が聴いたら、真っ先に殺されるわよ?』


「僕は事実を言ったまでだ。君達の仲間に殺される謂れはない。………………そもそも、"マグル"…とサヤは僕達のことをこう呼ぶが、それは何だ。」

『何って…貴方達非魔法族のことを指すのよ。言ってなかったかしら?』


「いや。その言葉の意味自体は理解している。では、その非魔法族と魔法族の具体的な違いは何だ。」


『…そんなの決まってるじゃない。ま――』


「魔法が使えないか、使えるか…か。」


『ちょっと!言葉を遮らないでちょうだい。』


「……例えば、サヤが使う"魔法"。僕達はまだ全てを見せてもらったわけではないし、全ての記録と分析を行ったわけでもないから、明確なことは言えないが…」


『……。』


「一般的な人間……つまり、君達の世界で言う"マグル"とは三次元空間内の物理的法則に縛られている者、一方魔法族は想念の法則に縛られている者を指すと思われる。違うか?」


『…………。難しく言えばそうなるわね。……だから?』


「…この定義に沿って考えるならば、マグルと枠ぐられている"超能力者"もまた、魔法族となる。」


サヤはみそ汁のお椀と箸をカタリ…と静かに置くと、ゆるりとナルを見つめた。


『……意味がわからないわ。なぜ、そうなるの?』


「かみ砕いて言うならば、超能力…というのは、結局のところ想念が必要となるからだ。スプーンを曲げたい、カードの内容を読みたい…など、それらの意思に基づく力がうまく発揮されうる者達――それが俗に言う超能力者とされている。」


『……理屈はわかるわ…けれど、貴方の言いたいことがわからない。つまり、貴方は何が言いたいの?』



ナルは茶碗を置いて立ち上がると、部屋の入口の襖の前まで歩いてピタリと止まった。



「僕達は便宜上、君を"魔女"と認識している。……君もまた僕達を"マグル"と位置づけている。が、そもそも、そのような枠組みは存在しない。ただ、そう思っただけだ。」



『……』



「……。サヤ、今日僕が帰ってきてから君に聞きたいことがあるのだが。」



『…何?今じゃ、ダメなの?』



「あぁ、帰ってから聞くことにする。」



そう告げた後、ナルは静かに部屋を出ていった。部屋に一人残されたサヤはじっとナルが去った後の閉められた襖を見つめ続ける。


暫くそうしていたら、先程まで透明だったラスクが甘えるようにサヤの膝もとへと首をもたげていて、その僅かな重さによってようやくサヤは我にかえることができた。




『彼、一体どうしたのかしら?』




ぽつりぽつりと呟きながら、ラスクの喉を擽るように指で撫でる。僅かによじったラスクを見て、サヤはくすくすと笑ったのだった。




『……オリヴァー・ディヴィス
―――早く私の物になっちゃえばいいのに。』




サヤは浴衣から黒のワンピースに着替えると、杖を振って赤目を黒色に変える。そして最後にラスクを透明にしてから、そっと懐にか杖を仕舞うと、そのまま部屋を後にした。




―――――――…



『……やっぱり、マグルの品はつまらないわね。』


旅館(主に売店)を散策しながら、サヤはフーっと溜息をつく。ナルがいない今、とても手持ち無沙汰な彼女は時間つぶしに…と探検を開始したのだが、ものの十五分でそれも飽きてしまった。



「ねー、聞いた?また例の教会で花嫁の幽霊が出たんですって。」


「例の…ってお化け教会でしょ?私達でさえ近寄らないのに。」



噂話で盛り上がっている女将達がサヤの脇を通りすぎていく。
その瞬間、サヤはニッコリと微笑んだ。



『なーんだ、あるじゃない。面白いこと。……良い暇つぶしになりそうだわ。』



サヤは近くにいた売店の従業員に教会の位置を教えてもらうと、颯爽と旅館を後にした。



2011/8/6

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