放課後の呪者2
――――――…
「ん、しょっと。サヤちゃん、ここで良い?」
さっそくぼーさんに事務所の一室前に運んでもらったキーボードを眺めると、サヤは頷いた。
「んじゃ、行きますか。」
ぼーさんにドアを開けてもらい促されるままに、室内に入る。
中で何やら微妙な雰囲気を醸し出していた麻衣とナルは一斉にこちらを向いた。
『ただいまナル。そしてお疲れ様、麻衣。』
「あぁ。」
サヤの優雅な挨拶に麻衣は呆然してから慌てて寄ってきた。
「スカートじゃないサヤが新鮮!今日はどうしたの?」
『ライブに行ってたの。それで――』
麻衣の言う通り、今日のサヤの服装はクリーム色のVネックにデニムのショートパンツという出で立ちだった。サヤが麻衣の質問に答える前に「おーっす。」というぼーさんの言葉で遮られる。
「………誰?」
麻衣はサングラスに白色のカウボーイハット、そして同色のジャケットと、派手な格好をしている彼をぼーさんだと認識できていないようだ。
『麻衣、彼はぼーさんよ。』
「へ、ぼーさん?………って。えぇぇぇ!!?」
助け船を出したサヤの言葉に予想通り驚く麻衣。そんな彼女の反応を楽しむかのように忍び笑いを零しながら、サヤは一人ソファーで無感情に座っているナルに近寄った。
『……リンは?』
「奥で資料の整理をしている。」
『なら、手伝ってくる。』
「………あぁ。」
ナルの言葉を聞いたサヤは、静かにその場を後にした。
ノックもなしに入った部屋の奥に、パソコンに向かいあって頻りに手元を動かしている背中が見えた。
『ハロー、リン。』
カタカタと忙しなく動いていた彼の指が一瞬ピタリと止まったが、すぐに何事もなかったように動き始めていた。
『リンちゃん、こんにちは。』
「……こんにちは。」
繰り返すサヤの言葉に、リンは画面から目を離さず口を開く。
おそらくここで反応を示さなければ、ずっとサヤは同等の呼びかけをし続けるのだろうと判断したからだ。
呼びかけならまだしも、挙げ句の果ては魔法まで飛んできかねない。
「…滝川さんのライブに行っていたのではなかったのですか?」
相変わらずナル同様無機質な声色だ。
『終わって帰ってきたの。そしたら、ナルにリンの資料整理を手伝えって言われた。』
「……ナルが?」
サヤの言葉に、リンは漸く手元の作業を止めるてクルリと向かい合う。そこにはバッチリと訝し気な表情が浮かんでいた。
『うん。』
「サヤ………今度は何を企んでいるのですか?」
『………。つくづく思うけれど、貴方はあたしを何だと思っているの?』
「魔女です。」
『それは認めるわ。けれど、貴方があたしを見る目は、まるで爆弾が一人歩きしている様を見ているように思えるの。』
「的確な比喩ですね。自覚があるようで何よりです。」
それを皮切りに再びリンはパソコンに向きなおると、手元を動かし始めた。
『…………貴方、まだあのケナガイタチを根に持っているわけ?』
「……いいえ。」
言葉こそ否定だが、声色は肯定だ。
サヤは溜息をついてから、傍にあった椅子に腰をかけるともう一台のパソコンの起動スイッチを入れた。
『貴方のことはもっと分別のある人だと思っていたのだけれど…買い被りすぎたかしら。』
「………。」
『ま、いいけど。リン、私も処理手伝うから未処理の資料の半分、頂戴。』
一度サヤは立ち上がって、リンの傍まで近寄る。リンは「助かります。」と言いながら未処理の資料の束をサヤに渡した。
その瞬間にかちあう瞳と瞳。
リンの黒色の片目が、すぐそばの赤目に捕われたように魅入っている。
サヤは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
『……一つ質問。あの軽井沢の旅行の時のこと、ナルからは何か聞いた?特に私のことについて。』
「……サヤの?いいえ。ナルからは何も聞いていませんが。」
サヤの言葉と同時に、リンの脳裏にはまるでフラッシュバックのように光景が浮かんだ。
周りの音が聞こえなくなり、まるで自分がその場にいるような感覚を覚えた。
真夜中に差し掛かった際のナルからの電話。
ナルの指示でぼーさんを呼び、さらに車に詰め込んだ機材。
軽井沢に着いた後の教会と、サヤを抱きあげるように座っていたナルの姿。
そして、どこか疲れきっていたサヤが泥のように眠りこけた後の調査とその結論。
ボロボロのサヤを見て、"病院に"と進言したリンに首を振ったナルに疑問を抱いた記憶はまだ新しい。
そこまで浮かんだ際に、リンは目の前の紅い瞳が揺らめくのを感じてハッと我に帰った。
「―――今のは……」
『知らないのなら良いの。これを処理すれば良いのね。』
サヤは瞳を逸らしてリンから資料を受け取ると、再びパソコンの前に座った。
暫く聞こえるのはキーボードのカタカタカタというリズミカルな音と、時折資料をめくる紙擦れの音。
そして、隣室から洩れてくる微かな麻衣とぼーさんの声だけだった。
隣室のドアが開く音がする。
この時に訪れた男性が、ぼーさんが話を持ってきた内容に登場する湯浅高校の校長であったことをサヤはその後に知らされた。
彼の正式な依頼により、SPRは調査に乗り出すことになった。
――――――…
翌日の月曜日。
サヤは眠い目を擦りながら、湯浅高校の正門前に立っていた。
昨夜もナルから資料整理に呼び出された後、魔法で彼を眠らせてキスをした。
けれど、サヤはその後もきちんと資料の処理をし続けていたのだ。
やるからには最後まで完璧にやり遂げるという、サヤの完璧主義がサヤを睡眠不足へと陥れていた。
生徒達の登校前の時間帯のせいか、辺りは酷く静かだ。
ふぁ…とサヤが欠伸を零すと、目敏くナルは視線を向けたのだが、彼お得意の厭味は飛んでこなかった。
ただ、リンだけが呆れたようにサヤを見ては溜息を零している。
「サヤ、おはよう。」
「随分と眠そうだな、サヤ。」
一足早く来ていた麻衣とぼーさんは、ぼんやりとしているサヤを見ると苦笑を零した。
「この度は宜しくお願いします。部屋を一室用意ということでしたので、小会議室内を開けておきました。生徒達にも相談がある際には小会議室に行くよう説明致しますので…」
どこか顔色の悪い校長がもう一度頭を下げてきた。
校長室で一通り説明を受けた後、校長から生活指導の吉野を紹介された。彼がこの学校の案内をしてくれるらしい。
案内された小会議室は、機材を置く分には申し分ない広さだった。ナルは手早く、リンに機材を運び込むよう指示を出す。
「あの、責任者の方は貴方ですか?」
吉野はぼーさんを見遣ると彼は否定し、代わりにナルが名乗り出る。
責任者がまだ学生と思える程の若さから、吉野は一瞬驚いたようだけれど、今はそれどころではないのだろう。生徒が来る前に相談したいことがあるとのことだった。
「伺います。どうぞおかけ下さい。」
ナルと吉野が椅子に座ると同時に、リンはパソコンを開く。
聞く態勢は整っていた。
「夜中…窓からノックの音が聞こえるんです。」
吉野が寝ていると、毎日窓を叩く音がする。思いきってカーテンを開けたら、そこには手首が浮かび上がっていたというのだ。
それを聞いた麻衣が声にならない悲鳴を上げた。
「ご家族の方にもそのノックの音は聞こえますか?」
「はい。ですが、私程は気にならないようで…」
サヤは暫くその会話を眺めていたが、飽きてしまいそっとその場を後にした。
2012/4/22