放課後の呪者3
屋上を見て回り、図書室で本を読む。ここに来た目的もそこそこに、サヤはブラブラと校内を歩いていた。登校時間となり、疎らだけれど少しずつ生徒達の姿が増え始めると、サヤに向けられる視線が増えていくのを肌で感じていた。


『…視線が煩いわね。』


サヤが一人ごちた言葉に、ポケットに入っているラスクが同意を示す。蛇語を話したわけではないのだが、そこは長年の連れ。
ラスクにはサヤの言いたいことが雰囲気で理解できたのだろう。

「あの、」

『―――はい。』


か細い声にサヤは歩みを止めると、笑顔を張り付けて振り返る。振り返った先にいたのは、この学校の生徒だった。


『貴女は?』

「湯浅高校陸上部二年の笠井充(みつる)です。」


浅黒い肌に、真ん丸の瞳はまるでこんがり焼けた屋敷下僕を想起させる。けれど、屋敷下僕とは異なり、彼女はスラリとした長身の身体を有していた。


『……ご丁寧に。SPR助手のサヤ・リドルです。SPRへのご相談なら、小会議室で行っていますが。』


不可思議現象の相談だと踏んでいたサヤは暗にそちらへ行け、と促す。
けれど、彼女は首を振って相談を否定した。


「あの、私にも調査を手伝わせていただけませんか?」


『………は?』


彼女の思いもよらない発言に、サヤは一瞬言葉を止めるが再度笑顔を張り付けた。


『貴女は幽霊が見える能力を?』

「いいえ。」

『では、除霊する能力はありますか?』

「…ないです。」

『超能力は?』

「………できません。」


次第にか細く答えるようになった彼女に、サヤは心中溜息をついた。


『何か能力は?』


「………………ありません。」


『………。お気持ちは嬉しいのですが私は一助手ですので、そういった話は所長に―――』


自分ならともかく、ナルは良い具合にバッサリと断ってくれるだろうとの目算から考えた言葉だった。



「あの……私、どうしてもリドルさんの手助けをしたいんです。お願いします。私に手伝わさせてください。」


尚も引き下がろうとしない彼女に、サヤは再度溜息をつきながら首を傾ける。


『どうして、そこまで私のことを?貴女とあたしは初対面のはずでしょ。』


サヤの問いに、ブワっと顔を赤らめる彼女。その様子をすぅっと瞳を細めて観察していたサヤの心は酷く冷めていた。


正直面倒臭いと思いながらも、一方でサヤは頭の隅で思った。
父様だったら、自分に好意を向けた者を上手く利用したはずだ、と。



『……良いわ。ただし、この学校の調査が終わるまでの間だけね。』


「……っはい!」


『とりあえず、移動しましょう。ここは目立つわ。』


辺りから遠巻きに笠井充とサヤに向けられた好奇な視線が数を増したことに気づいていた。充と場所を移動しながらも、この平凡極まりない彼女をどう扱うのが最良かしら?とさっそく考え始めたサヤだった。





―――――――…


『テレビ、ゲーム、冷蔵庫……結構なんでもあるのね。この小屋。』

「いえ、ここが陸上部の部室なんです。暇な時は大抵部員はここで過ごすんで、暇つぶしになる物は割と揃っていると思います。」


充に連れて来られたサヤは興味深そうに内部を見渡していると、充はサヤが座りやすいように机と椅子を取り出して整えていた。


『―――で、ここって部員のたまり場なんでしょ?けれど、この様子だと最近では使われていなかったみたいね。その理由を教えて。』

カタリとどこかで物音がなる。
振り向いて囁くサヤの言葉に、充は下を向いて黙り込むが、それも一瞬のこと。
すぐにバッと顔を上げて意を決したように充はサヤを見つめた。

「………」

『………』


当然、反射的にサヤも充をじっと見つめ返す。
しかし、予想以上に至近距離が近かったためか充はあたふたしながらも口を開き始めた。


「実は―――…!って危ないっ!」


充は目の節にロッカーが揺れるのを見留めた。

彼女は陸上部の練習で鍛えあげた瞬発力を駆使し、ロッカーの真下にいるサヤに駆け寄ると自らを上にして彼女を庇うように覆い被さる。直に来るであろう衝撃に備えるように瞳をキュッと閉じ、身体を強張らせた。


「………ッ!」


が、予想されたガシャーンという物音と衝撃は―――――いつまでたっても届かなかった。


代わりに、ハァ…という微かな艶めきのある溜息が耳に伝わる。


『……そうね、こういうことが多発していたら、当然誰も利用しなくなるわね。』


サヤの独り言に、充はそっと瞳を開ける。


と、同時にぱっちりとした瞳、そしてそれを縁取る長い睫毛に囚われた。陶磁器のようにきめ細やかな白い肌、形の良い桃色の唇。もはや人形のような美貌を真近に見た彼女は呆けることしかできない。


「……綺麗な顔ですね。」


つい、思ったことが口をついて出てしまう。サヤは、訝し気味に充を見つめ返した。



『……。助けようとしてくれたことに対しては礼を言うわ。もう大丈夫だから、身体を退かして貰えるかしら?』


サヤの無感情の言葉に充は我に返ると、ようやく自身の現状を悟った。そして、体勢を意識してぶわっと顔を赤らめつつも、どうにか両腕に力を入れて身体を起こす。


その瞬間、ゴンっと充の頭に何かがぶつかった。
「ッ!」と声に鳴らないうめき声を上げながら背後を振り返ると、そこには今正に倒れようとしているロッカーがその状態のまま固まっているのを見て、彼女は目を見開く。


「ロッカーが………倒れずに静止している?」


充の声に、彼女の背後で起き上がったサヤは『あぁ』と呟き、気怠げに杖を振った。当然、ロッカーは元の場所に戻る。


「今の……もしかしてリドルさんが!?」


充はサヤに振り向くと感嘆の声を上げた。サヤは無言を貫き妖し気に微笑むと、彼女は肯定と捉えたようだ。


「リドルさんって超能力者だったんですね。千秋姉さんみたいだ。」


『―――千秋姉さん?』


「笠井千秋。ここの三年なんですけど、私の従姉妹なんです。」


コクりと唾を飲み込んでから、充は徐に口を開いた。


「……あの…リドルさんはスプーン曲げって出来ますか?力技とかじゃなく、念力のようなもので、こう…クイッと。」


充は説明しながら、傍に落ちていたスプーンを拾いあげると、指で曲げるような格好をしてみせる。それを見ていたサヤは、首を傾けながら目を細めた。


『…………できないこともないわ。』

「なら…」


『だけど、それをした所で何か役に立つの?』

「えっ?」


『例えば、それをすることによって敵を欺けて攻撃できるの?防壁にして身を守れる?もしくは誰かの役に立つことができる行為なのかしら?』


「…役に立つというか、その人が普通の人とは違う能力を持っている…ことを証明するために必要なんです。」

『分からなくもないけど、本当に能力を証明したいのならば――その行為では安直ね。芸がない。』



サヤは充の手にあるスプーンに向けて杖を振ると、スプーンが彼女の手元からフワリと浮いてサヤの目の前の宙に固定される。それから、呪文を呟くとクイッと曲がった。

「うわ」と彼女から無意識の言葉が零れる。


『それ程自己を顕示したいのなら―――このくらいはして欲しいものだわね。』


これで最後、とばかりにサヤは杖を横に振ると、スプーンはパーンと弾けて四方八方に流星を散らして消えた。


「ほ、」

『?』

「本物だ…」

『………』

「本物の超能力者だ!私の手から勝手にスプーンが抜けて、リドルさんは全然触れてないのに曲がって、それで最後はたくさんの綺麗な光の粒になって―――すごいです!!」


充はガシリとサヤの両手を握りしめる。興奮しているためか、先程のような恥じらいは今の彼女には見られない。
自ら積極的に攻めるのはまだ良いのだが、相手に接近されるのはあまり好まないサヤは眉間に皺を寄せ、これでもかという程不機嫌を露にしているのだが、それすら彼女には伝わらなかった。
純粋な感動。
彼女に邪心がない分、サヤにとっては余計に扱い辛く感じられる。


『……。良い加減放して。怒るわよ。』


「え、あ…すみません。私、つい感動しちゃって。」


固い声色で言葉少なに注意すれば、すぐさま放されてションボリとする充。その頭と尻に犬の耳と尻尾がダランと垂れ下がっているように見えるのは、気のせいであって欲しいとサヤは願うばかりだった。




ナルやリンはまだ楽だ。
心理戦はサヤにとってはお手の物なのだから。





2012/12/26

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