放課後の呪者5
――――――…

翌日の朝。
湯浅高校に向かうため、リンが運転する車に乗り込みながら、サヤは隣に座るぼーさんに話しかけた。

『ぼーさん。昔の日本の雑誌とか見たいんだけど…そういうのってどこに保管されているの?』

「――雑誌?」

『少し調べたいことがあって…。』

「そういえばサヤ、昨日予想がどうとか言ってたよね?それに関係あるとか…?」


麻衣の言葉にサヤは小さく頷く。ぼーさんは宙を見上げて、考えるそぶりをみせると徐に口を開いた。


「何を調べたいかにもよるだろーが、図書館辺りで保管されている場合もあるな。」


『図書館ね……ね、リン。この近くに図書館ってある?できれば、そこで降ろして欲しいのだけれど。』

フロントミラー越しに運転席のリンを見遣ると、彼は「少しいった先に国立図書館が―――」と言いかけながら一瞬ナルの顔を伺った。


「――駄目だ。」


淡々とナルはサヤの願いを両断する。


『………。なんでよ。』

「今日はいろいろとやることがある。馬鹿の手も借りたいくらいだからな。」


馬鹿ってもしかして私のことじゃないでしょうね、と頬を膨らませるサヤの脇では、麻衣がぼーさんを見上げて溜息をつく。


「そこで敢えて"猫の手"を変えちまうのが、ナル坊ならではだよな。」

麻衣の言いたいことを察したぼーさんは苦笑した。


「素直に人手が足りないって言えば良いのにね。」


―――――…

結局、湯浅高校まで連れてこられたサヤはすこぶる機嫌が悪かった。彼女の回りにはどす黒い雰囲気が見え隠れしていて、麻衣は冷や汗をかいている。

そのような中でも、そもそもの要因であるナルは素知らぬふりを決め込んだのか、先程到着した綾子、真砂子、ジョンに指示を出していた。


『………』


ジト目でナルを見ながら、サヤは考える。行動を束縛されるのは嫌だ。ナルの本当の狙いがどこにあるのかまでは知らないが、サヤにだって自分の思う通りに行動したい。


「すみません…サヤさんはいますか?」


麻衣、ナル、リン以外の四人が小会議室を出ていくと、見計らったように控えめなノック音と声。
サヤはこれ幸いとばかりに、『少し出てくるわ。』と言うとナルの咎める声を聞く前に逃げ出した。


『―――貴女、意外と役に立つわね。』


笠井充と並んで歩きながら、サヤはニッコリと微笑む。使える奴は大好きだ、ということを顔全体によって如実に表現されている。一方、充は、そのようなサヤの言葉を素直に受け取ると心底嬉しそうに顔を赤らめたのだった。

『貴女、学校は良いの?』


「……今日は、あまり気分が乗らなくて。」


『……そう。なら好都合ね。じゃあ、早速だけど生物準備室まで案内してくれる?』


「生物……準備室…ですか?」


明らかに慌て始める充に、サヤは微笑む。『彼女がどういう子なのか、見ておきたいのよ。』と有無を言わぬ目線を充に向けると、彼女は諦めたように頷いた。




―――――――…

閉め切られている扉。
その扉の上には、"生物準備室"と書かれている。


『…………ねぇ。入らないの?』

「は、はい。」


返事は立派だ。しかし、充はそう言ったきり動こうとしない。
サヤは呆れたようにため息を一つ零すと、扉に手をかける。

「あ、あのサヤさん!?」

『悪いけど、貴女に付き合ってたら、日が暮れるわ。』

「そうですけど…でも…その…心の準備っても―――」


充の言葉途中にガラガラと扉が開かれる。もちろん原因はサヤではない。サヤが扉を開く前に、それは勝手に開いてしまったのだから。

開いてすぐに「あら?」という、落ち着いた女性の声が聞こえた。

「聞き知った声だと思ったら、やっぱり笠井さんね。えっと、そちらの方は?」


サヤはニッコリと外用の完璧な愛想のよい笑顔を貼付けると、丁寧にお辞儀をした。サヤにかかれば日本風の挨拶も手慣れたものである。


『初めまして。SPRに所属していますサヤ・リドルです。本日は、笠井千秋さんにお話しを伺いに参りました。』

「えっと…すみませんが、もう一度お名前を伺っても?」

『サヤ・リドルです。』

「リドルさんね。ごめんなさい。外人さんの名前ってどうも聞き慣れないものだから。」

『いいえ、お気になさらず。』


「私は、産砂恵です。笠井千秋さんに用事があるのよね?どうぞ。」


『……。失礼します。』


産砂先生に促されながらサヤが中に入ると、充も慌てて後を追ってきた。そして、サヤはキシレンやホルマリンの匂いがする室内をグルリと一通り見渡していると、準備室の椅子に座っていた髪の長い女子生徒が、切れ長の瞳でギロリと二人を睨みつけていることに気づき、再び外用の笑顔を貼付ける。


『はじめまして。貴女が笠井千秋さんね。あたしは渋谷サイクリック・リサーチ所長の助手のサヤ・リドル。貴女に会えて嬉しいわ。』

「………。私に何の用よ。」

『この子にスプーン曲げができる女子生徒の話を聞いたものだから。ちょっと気になって。』

サヤが充を指して正直にそう言うと、笠井千秋は僅かに眉を潜めたが、それだけに終わった。ちらりとサヤが充を見遣ると、どうやら彼女はこの教室に入ってきてからずっと俯き続けているようだ。


「――どうせ、貴女も私のこと、インチキだって言いに来たんでしょ!?」


笠井千秋の言葉にサヤは整った両眉を僅かに上げる。


『……インチキなの?』


「違う!!私は本当にスプーン曲げができた!」


『……そう。』

「ほら、そうやって――貴女だって内心では私のこと馬鹿にしてるんでしょ!スプーン曲げなんてインチキ。超能力なんて存在しないって!」


彼女の興奮しきった声色に、サヤは溜息をついた。マグルに生まれたこの子も哀れなものだ、と内心思いながらそっと口を開く。

『……。"絶対に"ないって証明できた人はいるの?』


「……は?」

『少なくとも私がいた所では、皆できて当たり前だったわよ。―――スプーン、貸してくれる?』


サヤの言葉受けた彼女は、訝し気にスプーンをサヤに渡そうとすると、サヤが『そのまま持ってて』と告げたため、ますます眉間に皺を寄せた。


サヤは呪文を呟き、杖を振ると、スプーンは千秋の掌の中でポンっと音をたてる。次の瞬間には、千秋の悲鳴が室内に響き渡った。

彼女が驚き、床に落としたものはスプーン――ではなく、ギャオッとハサミをチョキチョキしている10センチばかりの海老の怪物だった。



「な、何!?海老?」

『海老じゃないわ、エビギラスよ?』

「はぁ?」

『あら。貴女、もしかしてこの子のこと知らないの?』


顔を青ざめた千秋に代わり、サヤは床に落ちたエビギラスを拾いあげると首を傾ける。


「それって、もしかして今幼い子の間で流行ってるミラクルマンの敵の怪物ですか?」


充の怖ず怖ずとした声に、サヤはニッコリと微笑む。
エビギラスも、ギャオギャオ鳴いて肯定しているようだった。

「知らないわよ、そんなの!」


『でも、可愛いでしょ?ちゃんと生きてるのよ。触ってみる?噛み付かないから大丈夫よ。多分。』

サヤは、千秋にエビギラスを差し出すとビクリとしながらも恐る恐る撫でだす。エビギラスは、その撫で具合が心地良いのか、ギャオと一つ鳴いて身体を丸め、目を細めていた。


「私も、触っても…良いですか?」

「………」

『良いわよ。』


充は瞳をキラキラさせながら、エビギラスを触ろうとするが……エビギラスのハサミに跳ね退けられてしまう。


『……エビギラスは、貴女のこと嫌いみたいね。』


サヤの率直な言葉に、充はズーンと落ち込み、千秋はクスリとかすかに微笑んだ。それは充を馬鹿にしたような笑みではなく、ふとこぼれたような微笑みだった。


「――リドルさん。ちょっと良いかしら。」


落ちついた声色に、サヤは振り向くと笑みを浮かべている産砂先生がいた。

『何ですか?』


「今のが…貴女の能力ということね?それに……エビギラス?だったかしら―――自然界には存在しないものよね。」


『ええ。』


「架空の生物を創る、なんてことは、現代の超能力分類のどれにも当てはまらないような気がするのだけれど……」

「………」


『………産砂先生は超能力にお詳しいのですね。』


「……。ええ。元々昔から興味があった分野なの…。それに、笠井さんのこともあるから、最近またいろいろと自分なりに調べているところなのよ。」

『…そうだったんですか。先生は随分生徒想いなんですね。笠井さんが羨ましいわ。』


ニコニコと微笑んだ産砂先生に対し、サヤも微笑みを返す。


『――それで、先程の質問に対してですが、私が行ったことを分類に示すとPK-STをした後にPK-LTをしたこと、ただそれだけですよ。』

「PK-STをした後にPK-LT?」

『一旦、物質であるスプーンに対して生物変化をし、生物変化したものを、さらに自分なりにアレンジしてみました。』

いわゆるこじつけである。
予備知識としてナルからPK分類を教わっていたのだが、こんなところで役に立つとは思わなかった、とサヤは内心苦笑した。


「そんなことが…じゃあ、先程の呪文と杖のようなものは何かしら。」

『………。』


予想できた質問だが、ナルから口止めされている以上、どこまで話して良いのやらと迷う。一般人より超心理学的知識を持っている彼女に対し、どうやってごまかそうと考えると、無言にならざるをえなかった。


無言、と言えば…。


実の所、無言呪文を完璧に習得していないサヤには、まだ呪文なしで使える魔法は少ない。何より、かなりの集中力・精神力を使うし、強い意思も必要であり、ひどく疲れる。だから、使えるものとしては、ほとんど日常生活で使うような程度のものばかりだった。そして、杖は言わずもがな魔法使いにとってはなくてはならないものである。それがなくては、魔法が使えない。


「もしかして杖や呪文がなければ、能力が使えない、とか?」


随分と痛いところをつく。
彼女は開心術でも使えるのだろうか?


『……。いいえ。結局は集中力を高める媒体に過ぎませんから。質は劣りますが、あまり変わりはありません。ただ、幼い頃からの癖、みたいなものですね。』


「そう、なの。不躾にごめんなさいね。でも、とても参考になったわ。」


『……いえ。では、私達はそろそろ。』


どうやらエビギラスを気に入った様子を見せている千秋に、『どうぞ、貰って』と伝えると、充を連れて扉に向かった。

そして、ドアに指をかけた瞬間、少し振り向いて産砂先生と笠井千秋を見遣る。


『そう言えば、ゲラリーニって…知ってますか?』



僅かに反応したのは、一人だけだった。それを見届けたサヤは満足げに微笑むと、今度こそ教室から出ていった。






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