放課後の呪者8
あれから数日が経った今日。怪奇現象が起こったとされる場所から次々と見つかるヒトガタにどうやら確信を持ったらしい。まだ見つかっていないヒトガタを捜しにサヤと麻衣は校舎裏にきていた。



『ーーー麻衣、どうしたの?最近何だか元気がないわね。』


「ーーーあー、うん。あたしがナルは陰陽師なんだって教えちゃったせいで、ナルも襲われちゃったもんだから、皆、益々笠井さんを疑っちゃってて。余計な事言わなきゃ良かったなって。」


『ーーーでも、陰陽師は』


「うん、本当はリンさんの方なんだって−−−−ってアレ?」


だから、余計に怪しまれているのだそうだ。麻衣の話に相槌を打っていると、彼女は金網の傍に走り寄っていった。学生会館の建設予定地とされるそこは立ち入り禁止区域である。


「ーーーねぇ、誰かいるの?」



金網の向こう側の草むらーーー麻衣が声をかける方向にサヤも視線を向けるが、そこには誰もいなかった。


『ーーー麻衣?』


「子供が泣いてるの。あそこにランドセルがあるでしょ?何かあったのかも。」


そう言った彼女の行動は無駄に速い。金網に足をかけて向こう側に行ってしまったため、サヤも仕方なく彼女の傍まで姿現しの魔法を使った。


「ーーー見てよ、サヤ!マンホールの下に子供が落ちちゃってる!」


麻衣の言葉にサヤも不自然にズラされたマンホールの蓋の底を覗き込んだ。



「ーーー麻衣!サヤ!そこで何をやっている。」


背後でナルの声が聞こえ、麻衣が子供の事を話し始めようとした瞬間だった。サヤの懐から杖が抜き取られると同時に身体がマンホールの中へと投げ出されたのだった。


『ーーーっ!』


「「サヤ!!」」


サヤの右手がマンホール内側の梯子に捕まることでどうにか落下を防ぐことができた。穴の外側ではナルと麻衣がサヤの左手に向かって腕を伸ばしている。


マンホールの遥か底にいた子供は、いつの間にか消えていた。


「ーーーサヤ、上まで瞬間移動できるか?」


ナルの言葉に首を振る。


『ーーー無理ね。杖を盗られてしまったもの。アレを身につけてないと、流石に高度な技は使えないわ。身体がバラバラになっちゃう。』


サヤの言葉にナルの眉間に皺が寄った。

「ーーー冗談を言ってる場合か。」


『.......。とりあえず、ゆっくり上に昇るからーーー』



ミシミシミシと嫌な音が鳴り響けば、サヤの掴んでいる梯子が揺れ始める。
しまった、と彼女が気づいた時には既に梯子が崩れて身体が地面に叩きつけられようとしていた。



『ーーーえ、』



叩きつけられる瞬間、フワリと身体が一瞬だけ浮かんだような気がする。







「ーーー大丈夫か」


ナルの言葉に強張った身体を解けば身体は無事に地面についていて、すぐ傍には彼の姿があった。


『ーーー私は、ね。貴方は?』


「誰かさんが自力で脱出できたのなら、僕が落ちることもなかったのだがな。」


どうやら、私が梯子ごと落ちた瞬間に彼もマンホールの中に落ちてしまったらしい。どこか顔色の悪いナルの姿に眉間を寄せた。


『ーーーねぇ、』


「ナル!サヤ!大丈夫!?怪我してない??」


「ーーー大丈夫だ。麻衣、リンかぼーさんを呼んできてくれ。梯子かロープもいる。」


二人が無事だと知って麻衣も安心したのだろう。ナルの指示に、彼女は元気よく返事をすると駆けていった。


「ーーー。」


途端に静かになる暗闇の中で、ナルは口元を綻ばせた。


『ーーー何?』


「ーーーいや、軽井沢の教会を思い出しただけだ。」

『..............。それ、忘れてもらえない?』


「残念だが、生憎記憶力は良いんだ。嫌なら自分だけ忘れれば良い。」


『生憎と、私も記憶力は良いのよ。残念な事に。』


「ーーーだろうな。こんなモノに記憶を仕舞い込むくらいだ。」


そう言って彼が懐から取り出したのは、私のピアスの片割れーーー憂いの篩だった。真紅のソレを彼から奪いとると、ナルを睨みつける。


『ーーー何故、貴方が、これを?』


「軽井沢の旅館の部屋に落ちていた。」


どうしてすぐに返してくれなかったのだと大声で詰りたい気持ちと同時に、"記憶を仕舞い込む"といった彼の思わせぶりな言葉に動揺が走る。


『ーーー貴方は、このピアスが何か...........知ってしまったの?』


思った以上に溢れでた言葉は弱々しい。ナルが無言で私を見つめてくる、その視線こそが何よりの答えだった。


何とも言い表せない恐怖に、後ろ向きのまま少しずつナルから距離を取ろうとすれば、ナルに片手をとられる。


『ーーーは、放して。』


「知った....というより厳密にはサイコメトリーとして視たと言った方が正しいな。」


『プライバシーの侵害よ』


「それはそっくり君に返す。」


『うるさい。』


「ーーー良いから逃げるな。一つ確かめたいことがあるんだ。」


ナルの言葉に眉間に皺を寄せた。


『ーーー確かめたいことって、』


ナルの雰囲気が変わり、私は彼に庇われるように背中に隠された。




「ーーーサヤ、何があっても離れるな。落ち着いて。」




『落ち着くって、何をーーーっ!!』


彼が注視している天井を見上げれば、長い黒髮が垂れ下がっている。ズズズと不気味な音を出しながら徐々に露わになる顔を確認すれば、ホテルの天井に現れた奴だった。


「大丈夫だ。」


ナルはそう言うが、本当だろうか。奴は血が流れる口元から草刈り鎌を出し始めていた。不気味に笑い続けるその姿に背筋が凍る。杖のないこの無防備な状況に、こくりと唾を飲み込んだ。




その時だった。
突然前触れなく奴は消えた。


「ーーーナル!無事ですか?」


リンの声だった。あぁ、成る程。リンと鉢合わせるという危険を本能的に察知して逃げたのか。


ナルは警戒を解くと、リンに指示を飛ばしていた。徐々に顔の白さが際立ってきているような気がするのだけれど、大丈夫なのだろうか。


『.........ねぇ、ナル。貴方、顔色悪すぎるわよ。それに、さっきの確かめたいことって』


リンが、私達を救助するための準備を進めている様子が穴越しに見えた。
それから、死角にあったのだろう、たった今ナルが見つけたらしい段ボールを眺める。その中にある山盛りのヒトガタを調べていた彼の背中に話しかければ、あぁとだけ返事が返ってきた。



『...............ねぇ』



「ーーーこれは、君の杖じゃないか?」



ナルの言葉に溜息をつくと、彼の隣にしゃがみ込む。彼の持つ杖を見下ろせば、間違いなく私のものだった。


『ーーー段ボールに入っていたの?』


「いや、段ボールの傍に落ちていた。」


『ーーーそう、ありがと。』



そう言って、右手を出せば杖を載せられる。と、同時にナルと視線がぶつかった。


「ーーー今、何時だ。」



『え?......そうね、』


ルーモスと呟いて手首の腕時計を見れば、17時半を丁度過ぎた頃合いだった。


「とすると、無理に能力を使わなければ通常のリミットは明日の17時頃、か。」


そうね、と言いながら首を傾げる。彼は一体何を言いたいのだろうか。それに、今気づいたのだが、杖も戻ってきたのだし魔法が使えるのなら、わざわざリン達の助けを待たなくとも姿現しをすれば良いのでは......と思い始めた。



『ーーーねぇ、ナル』












その時だった。


ナルは私の右腕をひくと、いつものように口付けをしてくる。今日はいつもよりも早いのねと思いながらも甘んじてそれを受け入れれば、突如として後頭部を押さえこまれた。歯列を器用になぞり出した彼の舌が隙間を縫って口内へと浸入してくる。いつものナルとは異なる行動に思わず目を見開いた。



『ーーーっ!!?』


驚いて彼を突き飛ばそうとするが、彼はそれすらも予想していたのだろう。右手は彼の左手で押さえ込まれ、左手は彼の密着する身体の間に挟まれて動けない状態だった。カタン、と右手から杖が落ちる。ナルから逃げるように舌を動かしたものの、容赦無く彼は絡め取っていった。

『…っ…ぁっ…や…』

自然と溢れていく、どちらのものとも分からない唾液。それが混ざり、溶け合う度に、じんと身体の奥が熱く痺れた。耳に響く卑猥な水音は肌を粟立たせ思考は一気に奪われていく。


『............な、......る......』


苦しみの合間に彼の名前を呟くが、今度は息継ぎの暇も与えず貪るように唇を塞がれた。彼のそんな"らしくない"性急さに戸惑い、思わず身を捩る。


『待…っ!』


中断された言葉など気にも留めず、何度も角度を変え、味わうように口内を蹂躙するナル。柔らかで、少しだけざらついた表面を擦り合わせると、気持ちよさに喉が鳴るが、そろそろ本当に限界だった。脳内が痺れていくような感覚に苦しくなりどうにか彼の胸を叩くことができれば、彼はやっと唇を離してくれる気になったようだ。


ようやく満足に与えられた空気を吸い込みながら呼吸を落ち着かせる。落ちてしまった杖を拾って睨みつけたのだが、ナルは至って冷静だった。


『一体、どういう、つもりなのかしら?』


「ーーーライトで約1日。特に急を要する際は、より長く接触する程君の回復も早く翌日のリミットまでの時間が延びていた。それなら今のようなクロスキスーーーつまり、濃厚接触をした場合はどうなる?」


『ーーーそんなの知らないわよ。仮に、それで時間が延びたとして何だっていうの?』


ナルは眉間に皺を寄せると静かに瞳を閉じた。


「ーーーもし.....も、の為だ」


途切れがちな彼の言葉に不審に思う。



『ナル.......貴方、本当に顔色悪いわよ?』


「.............」



呟くように言えばナルの身体が目の前でグラリと傾いたため、慌てて彼の身体を支えた。既に意識を失っている彼の様子に、慌てて姿くらましを行いマンホールから抜け出した。





『リン!!ナルの様子がおかしいのよ!!』

「ーーー!?まさか、ナル!!」


姿現しをして、マンホールの出口傍にいたリンに彼を預ける。同じく傍にいたのだろう意識のないナルの様子に麻衣やぼーさんから驚きの声が上がった。


「と、とにかく救急車呼ばないと!!」


「あ、あぁ!」


麻衣の言葉に頷いたぼーさんは、懐から携帯を取り出した。












マンホールの中にあった段ボールの中身をみんなで手分けして処理をしていた翌日の夕方。ナルは漸く意識を取り戻したらしい。その知らせを聞いて、サヤはSPRのメンバーと共に病院までやってくれば........ナルは至って通常運転だった。


どうやら、今回の依頼は彼の中では解決しているらしく.......彼とリンのみで犯人と話をつけるから席を外して欲しいとのことらしい。後からやってきた産砂先生と笠井さんが病室にやってくると、ナルに同室を許可された麻衣、ぼーさん以外のメンバーは渋々といった様子で廊下に出ざるを得なかった。





「私達だって当事者じゃない。どうして中に入れないのよ!!」


「まぁまぁ、」


ジョンが綾子を宥めていれば、彼女の怒りの矛先はサヤに向けられた。


「アンタも何か言ったら良いじゃない!?ナルと一緒に襲われた当事者でしょうが!!」


『ーーーそうね.......』



サヤは溜息を吐くと廊下の壁に寄りかかる。サヤは既に事の次第を掴んでいた。今回の一連の騒動の犯人は産砂恵ーーー元ゲラリーニとして、幼い頃にメディアに一度は上げられ、その後地の底まで落とされた過去を持つ哀れな女性だ。


『ーーー正直、あまり興味ないのよね。』



はぁぁ!?と叫ぶ綾子の言葉に苦笑すれば、硬く閉じられた病室の扉を眺める。


『ーーー濃厚接触、ね。』



ナルの予想通り、私の身体は丸二日間、例のリミットから免れていた。







『退院おめでと。』


「.........あぁ。君も元気そうで何よりだ。」


あれから数日後、ナルは大分元気を取り戻したため本日の午前中に退院となった。


「ーーーそういえば君は死の呪文を自身にかけたといったな?」


彼に突如として振られた話題に戸惑いながらも、頷き肯定を示した。


『.......えぇ。確かに自身の左胸に当てたわ。一般的には防御不可な魔法だから、その呪文を防ぐことは出来ない筈なんだけど。』


不思議なことに、今、彼女は生きている。



「.......一般的に、か。随分と含みのある言い方だな。」



サヤは溜息をつく。確かにその呪文を防御した前例はあるにはあるのだけれど。



『ーーー古の保護魔法よ。誰かさんは愛の魔法、なんて殊勝な名前で呼んでいたけれどね。自身の子供を庇い、母親がかけて護った前例が.....一例だけ。』


「ーーー愛の魔法か。」


『でも、そう簡単にかけられるものじゃないのよ。それをかけたところで死の呪文を受けた者は生き延びるけれど、愛の呪文を使った呪者は死んでしまうの。まるで身代わりよね。』



「ーーーそうか」



暫くしてから、ナルは泊りがけで出かける準備をしろと告げた。あの軽井沢の宿に一月.....いや、二月ほど滞在する、と。


『ーーーは?もしかして、それって私も?』


「そうだーーーそこでサヤ。君を抱く予定だからそのつもりでいてくれ。確か、君も望んでいたことがあったな。」


サヤは大きく目を見開いた。





『ーーー待って待って。今抱くって言った?その抱くって本当にそっちの意味で?』



「ーーー他にどんな意味があるんだ。君は馬鹿か。」


彼女は眉間に皺を寄せた。



『ーーーナル。貴方、正気なの?』


「あぁ。僕の仮説が正しいと証明されたんだ。それなら次も検証をする必要があるだろう。」


2ヶ月だ。2ヶ月の間に君の身体を解明する。そう言った彼は、あの入院の際に病室に頭のネジを落としてきたに違いない、と本気でそう思った。








蜜月

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