怪獣たちの眠る場所1
――――――――…



SPRの事務所に突然やってきたのは、セーラー服を着た少女だった。少女はソファーに座り、麻衣に出されたお茶を静かに口に含む。反対側のソファーにはナルが座りジッとその少女を見つめていた。麻衣とサヤはナルが座っているソファーの後ろに立つ。




「私は並木未愛(みえ)です。私の家族はつい数週間前に今の家に引っ越してきたの。開発地区で、周りは雑木林しかないけれど、家の造りもしっかりしていてお父さんもお母さんも満足していたわ。」






そこで未愛は一旦会話を途切れさせると、どこか躊躇ったような感じで麻衣とサヤを見る。





「この二人は気にしないでください。続けて。」






ナルの言葉に麻衣とサヤはムクれる。









「十日くらい経ったある晩、夕食の最中にテレビをつけて弟の好きな《地球の戦士・ミラクルマン》を見ていた時のことなんだけど……」



『あ、それ知ってるわ。怪獣エビギラスが出てくる奴でしょ。』



サヤの言葉に反応して、未愛はピクリと肩を振動させる。



「ってか意外。サヤって戦隊もの見るんだ。」



『くだらなすぎて逆に笑えるのよ。』



「あ…そう。」






サヤの言葉に麻衣は口端を引き攣らせる。次いでナルの、邪魔をするなと言わんばかりの鋭い睨みを浴びせられた二人は同時に肩をすくませた。







「それで?」



「はい……」









「―――何だ?」と父親である並木雄介がご飯を食べる手を止めて言った。並木家では、父親の言うことは、一回目は無視してよいという、一般的な家庭の習慣が成立していたため、家族全員聞き流していた。




「今、揺れなかったか?」






尚も懲りずに言ってくる父親に母親である麻子は仕方なく答える。





「地震?揺れてないわよ、どこも。未愛。何か揺れてる?」





「別に。」






中学三年生になる未愛は、しゃべるエネルギーを、夕食後、友達とのケータイでの会話で取っておくためにいつも極めて短い一言で答えるのが常だった。





「そうか?しかし確かに……。」





雄介は息子であり未愛の弟である十才の忠士の方へと目をやったが、テレビを食い入るように見つめていて、大地震が来たとしても気づく様子がないだろう。雄介は諦めて食事を続けることにした。






だけど、確かにズシンと何か重いものでも落ちたような震動が――――。


ズン。







雄介は、手にしようとした湯呑み茶碗のお茶の表面が細かく震えるのを見た。今度はさすがの麻子と未愛も気づく。だけど、一人、忠士だけはテレビに夢中だった。気がついてはいるのだろうが、テレビの画面から目を離すほどの大事件ではなかったのだ。






「何だろうね。」




「未愛、窓の外を見てよ。」





「何とかザウルス、なんてのが、ノッシノッシ歩いてるのかもよ?」





窓に近い椅子に座っていた未愛が立って行ってカーテンを開ける。





「何も見えないよ。」






中は明るく、表はまだ開発中の雑木林で真っ暗である。これでは外の様子が見えない。






「開けてみようか、窓。」




「そうね。でも―――」






ズン。今度は床を介して、足の裏にはっきり震動が伝わって来た。





「怖いわ!何なの?」





「母さん、落ちついて!工事でもやっているのかもしれない。」







今度は雄介が宥める側に回っていた。未愛はそれを横目で見ながら、窓のロックを外し、ガラス戸を開ける。そしてそのままその暗闇をジッと目をこらして見つめた。






「お父さん見てよ!何か……暗がりの中で動いているみたいなんだけど。」




「まるで恐竜の出てくる映画みたいじゃないか。」



「でも、まさか……」






ズン。――それは確実に近くにやって来るようだった。






「なんなの?あなた。」





「分からんよ。こう暗くちゃ……。月も出てないしな。」




「エビギラスだよ。」




「――何?」





テレビを見ていた忠士が、画面から目を離さずに呟く。





「怪獣エビギラスが出てくるところなんだ。ミラクルマンが戦って、やっつけるんだよ。」




「勝手に戦ってな。」






弟の発言に呆れた未愛はスパッと切り捨てる。





「懐中電灯ないの?」




「ペンシルライトならあるけど。」



「それじゃ見えないよ。あ、カメラのストロボたいたら?」






未愛の言葉によし、と雄介がカメラを持ってくる。






「いいか、光らせるぞ。よく見とけよ。」





その頃には大分闇にも目が慣れて、確かに黒い影が動いているのを認めていた。





「熊でも出たんじゃないの?」



「分からん。シャッターきるぞ。いいか。」






雄介はカメラを窓からくらい戸外へ向けて、ちょっと躊躇ってからシャッターを押した。青白い光が一瞬目の前のものを照らし出す。光は消えても、残像は闇の中でしばらく残っていた。そして――雄介と未愛が悲鳴を上げたのは、それを見てから数秒後のこと。









――――――…



「エビ?」




麻衣が驚いて未愛を見つめる。コクりと未愛は頷いた。





『エビも幽霊になるのね。』




「くだらない。」





ナルはギシリと音を立ててソファーから立ち上がった。






「申し訳ありませんが、この件はお引き受けできません。」


「そんな!?」






ナルの言葉に、未愛は勢いよく立ち上がる。目には涙が浮かんでいた。






「本当に困ってるんです。エビのお化けが出るって評判になって…玄関に悪戯書きされるし……お父さんは怖がっておじいちゃんの家に逃げちゃって……忠士も友達の家に泊まりきりで……あの家には私とお母さんしかいなくて……もう家族がぐちゃぐちゃ、で……」






ボロボロと泣き出してしまった未愛につられたのか、麻衣は少し涙を浮かべながらそっと未愛の肩を抱いていた。





「ナル!未愛ちゃん、こんなに辛い想いしてるんだよ!?引き受けてくれたっていいじゃん!」


「……。」


「ナル!」


「……言ったはずだ。僕はこの件を引き受けない。」







それだけ言うと、ナルはスタスタと資料室に消えていった。







「ど、どうしよ。」





再び涙を流す未愛。それを見て、麻衣はオロオロしながらも慰めていた。






『……それなら、私達だけで調査する?面白そうじゃない。』


「え、…………えぇぇぇ!?」






――――――――…






「んで、何で俺まで巻き込まれているわけ?」




『いいじゃない、ぼーさん。どうせ暇でしょ。それに、何かあった時に頼れるって言ったらぼーさんだもの。』




「頼れるって……これどう見ても、運転手として俺を連れてきたんじゃ…」




『頼りにしてるわ。ドライバーさん。』




「なんか俺、目から汗が……」







車を運転しているぼーさんがどこか遠目をしている一方で、サヤは助手席からミラー越しに後部席を見つめる。後部席には麻衣と未愛が楽しそうに会話をしていた。





「んで、サヤちゃんや。勉強はどうなのよ。」






ぼーさんの言葉に、ハッと我に返ったサヤはニコリと笑う。






『順調よ。今中学二年生あたりかしら。』


「おいおい。試験は確か五日後じゃなかったか?こんな所で油を売ってる暇ねぇじゃねーか。」






ぼーさんが呆れたような顔をしながらため息をついた途端、前方の道路の道端に一台の車が止まっていて、一人の男性が大きく手を振っているのが見えた。




「なんだぁ?」






ぼーさんはその男性のそばで車を止めると車を出ていく。しばらくその男性と会話をした後、ぼーさんはその男性を引き連れて車に戻ってきた。その男性は五十才くらいの、どこかくたびれた印象を持つ人だった。





「こっちは玉井敏和さん。この近くの雑木林を探してるんだとよ。未愛ちゃん知らないか?」



『玉井敏和?……どこかで聴いた名前ね。』





サヤの独り言は誰にも聞かれることはなかった。






「雑木林なら、うちの近くにあるわ。」


「んじゃ、俺達と進行方向一緒だな。」







ぼーさんがついでに乗せていくと言う発言で車の後部席に乗り込んだ玉井。かなり無口な方なのか、ぼーさんにお礼を言ったきり彼が口を開くことはなかった。



「あ……麻衣ちゃん寝ちゃった。」


未愛の声にサヤは後ろを振り返る。そこには、グースカと気持ちよさそう眠っている麻衣の姿があった。




『おやすみ三秒ってところかしら?さっきまでは起きていたのに。』




暗い夜道を車のライトで照らしながら進んでいく。目的地はすぐそこまで近づいていた。



2011/3/21

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