怪獣たちの眠る場所2
――――――――…
麻衣はどこかの崖の下に立っていた。
殺せ!殺せ!
突然、麻衣の頭の中でその声が響いてくる。
「……な、に?」
声だけじゃない。足音――何人、何十人もの足音だ。
ふと人の気配を感じて後ろを振り向く。
「……ナル?」
ナルはゆっくりと崖の上を指差す。つられて麻衣も崖の上を見上げた。
足音。それはずっと高い場所――この空き地を見下ろす、あの崖の上から聞こえてくる。
殺せ!――殺せ!
その声も、麻衣の頭を抜け出して、崖の上から聞こえてきた。
――――――――…
『麻衣。着いたわ。』
サヤの言葉に麻衣は目を覚ました。
「あれ…あたし、いつの間に寝ちゃったんだろ……」
「玉井さんが車に乗ってすぐよ。ね、サヤちゃん。」
未愛の言葉に頷くサヤ。クスクス笑う二人の様子を見ていた麻衣は少し頬を赤らめた。
車から降りて、雑木林へと向かう。
「この林を抜けて、向こうの空き地とうちの間をエビ―――って言っても、弟はエビギラスだって言い張るんですけど…とにかくその化け物が行き来するの。」
未愛が説明すると、一同は手に手に懐中電灯を持って林の中を歩いていった。
「あれ?サヤ、懐中電灯は?」
『懐中電灯?……。あぁ、大丈夫よ。ルーモス。』
サヤが懐から取り出した杖の先っぽが明るい光で満たされる。一同はオーッと感嘆の声を上げた。
「サヤちゃんって魔法使いみたいね!どうやったの?」
未愛の言葉にサヤは苦笑する。
『残念だけど、これはただの玩具よ。電灯搭載なの。』
「へー。」
そんなサヤをぼーさんはジーッと見つめていた。
「ぼーさん?」
「……ん?どうした麻衣。」
「え!?いや、やっぱなんでもない!」
ブンブンと首を横に振る麻衣を見て、ぼーさんは苦笑すると麻衣の頭をくしゃくしゃに撫でる。
しばらく歩くと林を抜け、空き地になった所へ出た。目の前には崖がある。それを目にした途端、麻衣があ…と呟いたのが分かった。
『どうしたの麻衣?』
「え…あ、ううん!なんでもない!」
その時、崖の上から、「アーッ!」という叫び声が聞こえた。その声はここにいる皆が聞こえたらしい。
「あれは?」
玉井はぽつりと呟いた。
何かが――目には見えなかったが、崖の上から落ちてきて、空を切る音が感じられた。そして――ドシン、という衝撃が、足に伝わってくる。砂埃が上った。
ゆっくりと砂埃の中心にぼーさんは近づいていくとそのまましゃがみこむ。
「――見ろよ。何かが落ちて来たんだ。」
柔らかい地面に窪みができていた。
『けど、落ちたもの……って言うより人ね。叫び声も聞こえたし。肝心のその人はどこに行ったのかしら?』
「でも、この高さだとほぼ即死だぜ?動けるはずはないんだが……。」
サヤが首を傾け呟くと、ぼーさんも、うーんと唸りながら手で顎を掴んで考えこむ。サヤとぼーさんの発言に、未愛と玉井はゾーっと顔を青ざめさせていた。
「落ちたんじゃないと思う。」
ぽつりと呟いた麻衣の言葉。皆の視線が麻衣へと集まる。麻衣の頭の中には先ほど夢に見た光景が浮かんでいた。
「大勢の誰かに、上から突き落とされちゃったんだ…………って、あ………なーんてね。ごめん!あたし何言っちゃってるんだろ。」
「いや…あながち間違ってねーかもな。」
麻衣の言葉にぼーさんは崖の上を見上げた。
その時、ゆらりとサヤの視界に大きなエビが映った。キャァァと隣にいた未愛の悲鳴が響き渡る。
ぼーさんが一人前に出て「オン…」と唱えようとした途端、エビはすーっと消えていった。
「いた…エビの化け物。」
「だな。逃げられちまったが。俺も初めて見たぜ。エビの化け物。」
『あら、今のはただのエビの化け物じゃないわ。』
「「は?」」
『エビギラスよ。』
―――――――…
「――まぁ、お疲れ様。」
並木麻子はサヤ達にウーロン茶を出してくれた。
『すみません、お構いなく。』
「いえ、いいんですよ。貴女達のおかげであの化け物から解放されると思うと、嬉しくて。」
その言葉に続いた麻子の「もし、できなかったら、貴女達を訴えます」発言に麻衣は苦笑した。どう見ても、麻子は本気だ。
「――お母さんったら、無茶言って。気にしないで、麻衣ちゃん。サヤちゃん。」
『いえ、お気持ちは分かりますから。』
実際、並木家の玄関は酷かった。おそらく見物客の人達が面白半分に悪戯をしたのだろう。
「――忠士、帰ってたの?」
未愛が弟を見つけて言う。
「今、帰ったんだ。何かあったの?」
普通の家に、四人の客。それも年齢がバラバラの男女が上がり込んでいるのだ。びっくりするのも無理はない。
「こちらが、麻衣ちゃん、サヤちゃん、そして滝川さん。SPRの方達よ。あ、それとこちらが玉井さん。えーと、この子は弟の忠士です。」
「やぁ、玉井敏和だ。よろしく。」
玉井はニッコリと笑いながら忠士と握手をした。
「玉井敏和?――もしかして、あの玉井敏和?」
忠士が頬を染める。
「その玉井敏和だよ。」
「すごい!ねぇ、サインして!いいでしょ?」
「いつもはクールな子なのよ。ねぇ、忠士。どうして玉井さんを知ってるの?」
「誰だって知ってる。この人、〈ミラクルマン〉の脚本家なんだもん。」
『あ、どうりで。』
毎週流れるテレビに映ってる名前だったんだとブツブツサヤは呟いた。
「え、じゃあ、お前さん。」
ぼーさんの言葉に玉井は頷く。
「この辺りでエビギラスが出ると言う噂を聞き付けて……そもそも、エビギラスは僕が作り出したものだったんですよ。」
「待っててね!僕、〈ミラクルマン〉のファイル、持ってくる!それにサインして。」
『あ、ちなみに私も。このカードにお願いします。』
忠士が部屋から飛び出していく一方でサヤは懐からエビギラスのカードを取り出した。
「「カード、完全常備!?」」
ぼーさんと麻衣は驚いて声をハモらせる。カードの裏にサインされていくのを見ながらサヤはニッコリと笑った。
『だって可愛いじゃない。エビギラス。』
サヤの言葉に麻衣とぼーさんはエビギラスのカードを覗きこむ。
「「……ハハハ。(これのどこが!?)」」
感想はあえて言わなかった。
『このカードのエビギラスも動けばいいのに。』
「動くかいッ!」
麻衣のツッコミが炸裂すると、サヤは無言でエビギラスカードを懐にしまった。
『そう言えば、最近エビギラス出てないわね。ミラクルマン外伝になってるもの。』
「えぇ。スタッフ内でいろいろありましてね。外伝ってのは誠に便利な逃げ道でして……」
『そう。残念ね。』
サヤの言葉に玉井は苦笑した。忠士が息を切らしながら戻ってくると、透明なファイルに玉井のサインをもらい、飛び上がって喜んでいる。
「ねぇ、エビギラス出してよ!」
忠士は玉井に注文した。
「あれがもっと暴れ回らないと面白くないよ!」
「今、色々考えてるんだ。もっと面白くなるようにね。」
「頑張ってね!」
忠士は玉井と握手してご満悦のようだった。
――――――…
麻衣、サヤ、ぼーさん、玉井の四人はもう一度あの空き地に向かっていた。
「に、しても…今回は分かんねぇな。エビの化け物に、さっきの落下音。幽霊だったら俺にも対処できるが……化け物はなぁ。」
「落下音……もしかしたら、ポルターガイストかも。ほら、未愛ちゃんローティーンだし。」
「落下音はそれでもいいが、化け物は?」
「……だよね。ハァ。こんな時ナルがいてくれたらなぁ。」
『ナルって頼られてるのね。』
「あ、そっか。あたし達とこういう仕事するのサヤ今回が初めてだもんね。怖くない?」
『大丈夫よ。』
「麻衣、サヤ。空き地の方に誰かいるぜ?」
ぼーさんの言葉にその方向を見遣れば、確かにあの崖下の空き地にチラチラと明かりが動いている。
空き地の、さっき丁度「何か」が落ちて窪みのできた辺りに、女の人がしゃがんで手を合わせていた。傍で蝋燭の火が揺れている。
「あの…すみません。」
麻衣がゆっくりと声をかけた。
「はい。」
立ち上がったのは、四十代らしい女性で、髪が大分白くなっているので老けて見える。
『こちらで、どなたかがお亡くなりになったんですか?』
「主人です。今日は命日で。月は違いますけど。」
「君――しのぶさんか?」
玉井がその女性をまじまじと見た。
「え?――お義兄さん!」
「やっぱりか。いや、どこかで見たような、と思ったんだ。―――弟の奥さんでね。」
「玉井しのぶです。」
サヤ達は自己紹介をするとここへ来た事情を説明した。
「まぁ、それじゃここにそんな幽霊が?」
「いんや、幽霊と言うよりはエビの化け物だな。」
『エビギラスよ。』
しのぶの言葉にぼーさんは訂正し、そのぼーさんの言葉をさらにサヤが訂正する。
「――何てことだ。じゃあ、明男はこの場所で死んだのか。」
玉井は崖を見上げた。結局、今日はここでお開きとなり、サヤ達はぼーさんの車で渋谷に帰ることとなった。